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草木の匂いや湿った地面の泥臭さ、顔に落ちてくる冷たい雫に目を覚ました少女は、ふらふらと立ち上がり周りを見渡して絶句する。


なんだこれは、と。


どうしたんだこれは、一体何が起きた。焦って目を擦りもう一度周りを一通り観察してもそこには一面緑が広がるばかりで、謎は深まるだけだった。

待て待て、私は死んだんじゃなかったのか?!いったいここはどこだ。


大学入学を機に上京して、引越し先であるアパートに向かおうと駅から歩いていた途中、唐突にそれは起こった。

落とし穴に落ちるように、ジェットコースターのような勢いでもって自分の体がどこかに急降下していく感覚。それは目を見開くほど一瞬で、それでいて感じたことのないほど永遠に近い時間にも思えた。


都心部で、というか日本に暮らしていれば早々ありえることじゃないけれど、的確な表現を無理やり当てはめるのならば、北極でクレバスにでも落ちたならきっとこんな感覚なんだろうなって、振り返ってみるときっとそういう類の状況だったって思うんだ。

死ぬって思った。後悔の念とかが走馬灯のように浮かんでしまうくらいすぐに理解出来た。私は今この場所死ぬのだと。それくらいの出来事が起きて、意識を失った……はずなのだ。

それがどうだ、今の私はどう考えたって生きていないか……?心臓は至って正常に脈を打ち、手足にできた擦れたような傷が訴えてくる痛みが、これが夢ではないのだと明確に示していた。


「おいおいどういう事だよ……」


思わず頭を抱えてしまう私を非難できる人間など誰もいないはずだ。だっておかしいだろ!私はさっきまで都心部にいたはずなんだ。大きなビルやあたりいっぱいに広がる人の海に少しの不安を感じつつ。それでも新生活への期待も感じながら、私は都会を歩いていた、はずだ。

それがどうした、自分は死んだのだと悟り覚悟するや否や森の中に放り出されているなんて体験をしたら、そりゃあ頭の一つや二つ抱えたくもなるだろう。

これが異世界トリップもののヒロインなら、ここら辺で神様を名乗るイケメンとか天使を名乗るイケメンとかが出てきて状況を説明してくれるはずなのに、なんて考えてしまうのは我ながら頭がお花畑すぎるだろうか。


「あっはは、あながち間違いじゃないから、自称ヒロインってことでもいいんじゃなぁい?ま、それを心の底から喜んじゃいそうな頭の痛い女じゃない方がボク好みなんだけど」


「……は?え、えぇ?!誰ですかあなた……?!」


はは、と乾いた笑みを零した私の横から軽やかな笑い声と共に現れた少年の存在に驚いて、盛大な尻もちをついてしまう。無意識に目を大きく見開いて混乱を口にするが、突然気配を感じる暇もなく現れた存在への戸惑いは止まらない。


「そーんなに驚かなくたってよくなぁい?お望み通りイケメンな神様が現れたんだからさぁ、もっと喜んでもいいと思うわけよ、ボク的にはね」


「いやいやいや神様ってなんだよ私の事自称ヒロインとか言ってる癖に自分も自称神様(笑)ですか笑っていいんですか」


ぱちんっとウインクをしながら少しだけ屈み、片方の手を腰に当てたままもう片方で私の鼻先に指を突き出すようなポーズをとった少年は、不満げに口を突き出してぶーたれていた。

サラリと短く切りそろえられたブロンドの髪や深海のような瞳をはじめ、この世のものとは思えないほどに整った容姿は確かに眩いほど神々しかったが、だからといってイコール神様といった安直な思考回路に至れるわけもなく。あーそうか、擦り傷が痛かろうがなんだろうがこれは夢なのだ、そうに決まっていると遠い目をした私はそこでふと気付く。


「ちょっとまって、なんで私がヒロインだのなんだの考えてたってわかったの……?」


「だーから、自称でもなんでもなく、ボクは正真正銘の神様なんだってば。君が元々住んでた地球の神であり今立っているこの世界……名前は特にないんだけど、便宜上反転世界って呼んでおくね。その反転世界の管理もしている神様。ボクからしたら君だってわが子も同然なんだから、もっとボクを敬うべきだと思うんだよね」


「反転、世界?ちょっとまって、ここはそもそも天国でもなければ地球でもないってわけ……?私生きてる?それとも死んでる??一体これからどうすればいいのよ!」


「あーもうそんなにいっぺんに文句と質問のオンパレードじゃあ答える気なくなっちゃうんだけどぉ……はぁ、まぁしょうがないから説明してあげるけどさ」


やれやれ、とでも言いたげな様子で首を振って面倒くさそうな顔を隠そうともせずに晒した自称……もういいか、神様は。まずはそうだなぁと言いながらポケットを漁りだした。

ごそごそと何か大したものが入っているとも思えない小さなポケットの中をしばらく探していると目当てのものが見つかったのか、小さくよーしっと呟いてその変哲もないポケットから彼はとんでもないものを取り出した。


「さて、えーえーごほん。これからなぜ桜瀬冬華さん、あなたがこの世界にくることになったのか、ざっと説明させていただきます」


「ちょっとまてその前に今ポケットから出したそいつの説明をしなさいまてまてそのポケットは4次元ポケットなのかな?そうなのかな?なんでホワイトボードが出てくるんだよ」


「あーもう!せっかく先生ぶってやる気出してるんだからしっかり聞いててよ、ほらついでに椅子も出してあげるから。ポケットはあれだよ、神様パワーでハッスル的なあれ」


「わかんねーよ!あぁー、やだこの子、話が通じないつらい……」


椅子と同時に何故か白衣とメガネも取り出した彼はそれを装着して、先ほどのめんどくさげな表情とは打って変わって何とも楽しげな雰囲気を纏わせる。

なぜわざわざ白衣なんだ、先生ぶりたいからか。とか、いやまず神様パワーってなんだよ本気で神様だと思ってんのか自分のこと厨二病か。とか、色々言いたいことは沢山あるんだけれども。

ひとまず今はこの人の解説を聞かないことには何も始まらないということだけは理解できる。

仕方がない、と何とか色々と尋ねたい気持ちを抑え、出してもらった簡易的な椅子に腰掛けてホワイトボードと対面する。

高校時代にお世話になったものとよく似たどこにでもありそうなホワイトボード。次に会うなら大学の講義室かどこかで、きっと二枚組でスライドするタイプのやつだぜ、大学だもん!なんて友達と笑って話していた卒業式が懐かしいような、そうでもないような。

卒業して1ヶ月もたたないうちにこんなびっくり仰天な謎世界に来てしまうなんて思いもしなかったものだから、未だに夢だと疑ってしまう気持ちもある。

でも分かってるんだ。たしかにあの瞬間、死んだと確信した自分の気持ちと、今もじんじんと痛む擦り傷が真実だと伝えてくる。


彼は本当の神さまで、私にもう一度人生をくれたのかもしれない。きっと、そうなのだろう。



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