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南雲くんとはあれから話をしなかった。視線だけの訴えだけだった。
向こうは掃除当番だったし、彰子はすぐに保健委員会に出かけなくてはならなかった。別に無視したわけではないけれども、泣きついてくる水口くんの面倒も見なくてはならなかった。非常に信じがたいことだが、水口くんもしばらく、「一緒に解剖してくれないかもしれない」と周りの男子に脅されたとかで、何度も「週刊メディカルイン」のバックナンバーを丸めて叩いてよこした。ご両親の読み終わった分だろう。
頭を撫でなだめているうちに、今度は立村くんが戻ってきた。
さすがに掃除はさぼったらまずいと思ったのだろう。だまってごみ箱を片手にぶら下げ、南雲くんへ廊下に出るよう声をかけているのが聞こえた。
保健委員会でも、帰り道でも、すれ違う女子たちみなに言われる言葉は、
「彰子ちゃん、大変だったよね。でも大丈夫だよ。きっと何かの間違いだからさ」
だった。
──そうだよね。きっとそうなんだよ。でもね。
男子たちだけが無言のままでいるのが意外だった。女子たちの態度の方がはるかにあっけらかんとしているのは、ふたりの間のストーリーが見え見えだったからだろう。
彰子に南雲くんが大真面目に告白したというのは本当のことだ。
嘘はないと分かっている。
でも「彰子ちゃんと付き合いたいイコール、彰子ちゃんのことを好きで好きでなんない」ということではないと思う。
他の子たちが言うように、
「きっと南雲くんは彰子ちゃんと、もっと真面目な話をしたかっただけだろう。付き合いたいというのはその場ののりに過ぎず、額面どおり受け取ったら今度は彰子ちゃんがもっと傷つくことになる。だから誤解を解いてあげなきゃ」
一番近いような気がする。
何よりも、南雲くんの祖母にあたる人が、循環器系の病気を持っているというのは、一年の頃から聞かされていたことだった。
──そうだよ、あきよくんのおばあちゃん、動くことはできるけれどもいつもベットに横になっているって聞いたよ。心臓だけじゃなくて、難聴、白内障、その他いろいろなところが悪くなっているって。だからあきよくんは学校帰りに、自転車でいろんな病院を回って薬もらっているんだって。偉いよね。でも、確かにそうだよなあ。おばあちゃんの病気の具合って、なかなか同い年の友だちに話してもあんたなに?って言われそうだもんね。心配なんだよきっと。だから、私と。
一番納得いく答えだった。でもその陰に、髪の毛一本程度の違和感が残っていた。
──そうだよね。私のご面相じゃあ、ふつうそう思われるよね。
──二年D組の王子様だもんなあ。並んだら、私ってば護衛の人みたい。
自転車で家に戻り、誰もいない部屋でクラスの集合写真を開いて眺めた。
去年の遠足写真だった。みなブレザー制服姿でそれぞれ並んでいるけれども、一枚だけ羽飛くんと隣り合ったものが真ん中に張られていた。趣味だ。もちろん他の男子女子も混じっているけれども、ささやかながらの主張。
──なんか私ってつりあい取れないなあ。わかってても。
別のアルバムを開くと、そちらには小学校六年の修学旅行写真がいっぱい並んでいた。台紙に八枚、キャビネット版で並んでいる。フィルムの重なる面積が少ないので、実質写真を保護する役割を果たしていない。ぺろっとめくれたまま落ち着いた。
ナッキー、時也、その他の男子たちとそれぞれツーショットがたくさん並んでいる。女子もいるけれども、みな男子たちの表情は笑顔だった。肩を組んだりしているのもある。彰子はひたすらにこにこしている。クラスには美人さんもたくさんいたのに、どうしてみんな男子たちは彰子に懐いてくれたんだろう。
結論は見つからなかった。
彰子はもう一度、青大附中バージョンのアルバムをめくり、南雲くんの写真を探してみた。あまり気にしていなかったからどういう顔をしているか覚えていなかった。真ん中で人懐っこい笑顔を振り撒いていることには変わりないが、周りに映る女子たちがつんと澄ましているのが目立っていた。一緒にけらけらしているのは彰子くらいのもの。
いわば、小学校修学旅行バージョンの彰子と南雲くんが入れ替わったようなものだった。
こう言う時相談するのは、全く青大附中の内部事情を知らない友だちに限る。
さっそく三人に電話をかけてみることにした。
最近全然連絡を取っていないけれども大の仲良しばっかりだ。
父の担任している子は、いない。
話す内容はひとつだけだ。
「今日ね、クラスの仲良しの男子にね、付き合って欲しいって言われたんだ。ううん、きらいじゃない子だよ。すっごくやさしくて思いやりのある子。見た目は『パール・シティー』のボーカルに似ているんだけど、家族思いなんだって。嫌いじゃないんだけど、ただ、付き合うとか付き合わないとか、そういうことをその子相手に一度も考えたことないのよね。どうしよう。どうやって、返事すればいいと思う? 断って友達付き合いできなくなるのはいやだよ。仲良しでやっぱりいたいもん」
やはり女子同士が一番相談しやすいと思う。
三人とも電話で捕まった。塾に行く直前だということで、ゆっくりと説明はできなかったけれども、三人それぞれが素直な感想を述べてくれた。
──彰子ちゃんは小学校の頃からもてもてだったからねえ。やっぱり青大附中でベタぼれされるのは時間の問題だと思ってたよ。今度その彼の写真見せてよ。「パール・シティー」のボーカル似? すっごく美形じゃない! いいなあー、彰子ちゃん、絶対それOKしなよ。
──奈良岡さんは真面目な人だから悩んでるんだね。私だったらあっさりと付き合ってみちゃうけどなあ。きっと相手も深い意味もって付き合ってっていってるわけじゃないと思うよ。もともと友だちだったんでしょ。今、そう思えなくても、一応彼氏彼女になってみれば、ね。ああ、でもいいなあ。「パール・シティー」かあ。超かっこよすぎ。
──私思うんだけど、人は顔で決めるもんじゃないと思うんだ。もし「パール・シティー」似の彼が本気で彰子のことを好きだったら、外見なんて気にしないでアタックしちゃうと思うよ。でも彰子はまだいまいちなんでしょ? っていうか、夏木のことどうするのよ。夏木、今だに「花散里の君ファン倶楽部会長」やってるよ。好きでないなら断る、好きだったら付き合う、これだけでいいじゃない。ただし、付き合うんだったら夏木の怒りは覚悟すべきね。以上!
好きになってもらえる要素はある、ってことだろうか。気づいてはっと赤くなる。ひとりで戸惑う。
──やだなあ、やっぱり私って性格が悪いなあ。
──あきよくんが好きになってもらえるようないいところがあるって、無意識のうちに信じ込んでたんだもんなあ。D組のみんなが言うとおりあきよくんはただの友だちとして、「付き合い」たいってことだと、理屈ではわかってるんだけど。でも、他の子たちの言うとおり、私のことを好きだってことになるんだったら……ちょっと嬉しいって感じてたりする。
──自分のことを認めて欲しいなんて、ああ、なんかいじましいなあ。私。
もし、告白してきたのが羽飛くんだとしたらどうしてただろう。改めて考えてみる。ただ素直に、ありがとうと言えただろう。なのになぜ南雲くんなのだろうか。全く、恋愛の対象外として扱ってきた男子が、いきなり豹変して想いを告げるというのは。OKしていいのか悪いのか、それ以前に自分は羽飛くん以上に南雲くんのことを好きになれるのか。いやいやまだいうなら南雲くんは本当に彰子のことを好きだと想っているのか。周りの意見を聞けば聞くほどわからなくなってきた。
彰子の本音は「今までどおり、消しゴム忘れたらあげちゃうくらいの仲良し」でいるだけでいい。
でも南雲くんは、「友だちだなんて思ってねえよ!」と断言した。彰子の求める甘ったるいぬるま湯づきあいでは満足できないということだろう。あくまでも、南雲くんの言葉を百パーセント信じれば。
夕焼け空が黒っぽくなるまでずっと、ベットの上で膝を抱えていた。シーツカバーがずれて落ちていた。そろそろ父に料理を作ってあげよう。時期が早いけれども、この前送られてきた海草入りそばをゆでてあげよう。解剖が必要な料理は、今の自分だと指まで切ってしまいそうで危険だから。
彰子は部屋から下りてなべにたっぷりと水を汲んだ。時刻は夜五時半をさしている。
電話が鳴った。父からだった。
「彰子さん、悪いが今日は遅くなるからな。食事は用意しなくていいよ」
手短に切れた。急いでいるようだった。父の背後から気配がなかったところを見ると、たぶん中学校の職員室からだろう。この時間帯でまだ動けないというのはきっと部活かなにかの付き合いだろうか。いつものことだしあまり詳しく聞かなかった。二人分ゆでるまえで良かった。少し減らし、扇形にそばを散らした。きもちよくなべに納まっていく。ちょっと早いけどさっさと食べよう。
と、同時だった。呼び出し音が続いた。
「はい、奈良岡です」
ガスの火を見ながら出る。ごほんと咳、またすすり上げる声。じゅるじゅる言っている。
「あの、俺」
「時也? あれ、どうしたん?」
鼻水の音だけで判断してしまう自分も自分だけど、ある種、時也のトレードマーク化しているのもまた確か。電話で判断する限り、薬が効いているとは思えない。咽にたんを詰まらせた風な声がした。
「奈良岡、今、お前、ひとりか」
「うん。ちょっと待ってね」
まずは火を止めた。そばが伸びるかもしれないけれどしかたない。
「今、そばゆでてたんだ。でももう火止めたから大丈夫」
「今、塾」
そうだった。あのどふりふりお母さんの命で、時也は一年の頃から塾に通わされているのだった。
「あれ、じゃあ今、あんた授業中なんじゃないの? まずいよ」
「まずくない。今から電話たくさん鳴らす」
「は?」
言う意味がわからず問い返す。
「奈良岡のうち、留守伝入ってるか」
「入ってるよ。もちろん、けど」
時也はもう一度咳をした後、こつんと告げた。
「じゃあ、今から五回電話鳴るが、絶対に出るな。留守電かけたままだ。わかったか」
偉そうな口調はくせなのだ。思わずほころぶ。
「はいはい、わかりました。何か、たくらんでるのかなあ」
答えず切れた。腑に落ちない点はあるけれども、ナッキーならともかく時也がそれほど深いことを考えているとは思えない。すぐに留守伝ボタンを押した。赤いランプがてかてか光った。
三十秒後、鳴りつづけた。本能でとってしまいたくなるのをこらえ、彰子はそばをゆで直していた。幸いのびてはいない。水にさらして美味しくいただけそうだ。実は二人分、自分のためにこしらえている。母にばれたらまた怒られるかもしれないけれど、今日はなんとなくやけ食いしたい気分でもある。
呼び出し音を五回鳴らして誰も出なかったら自動的に留守番電話が作動する。後片付けが終わるころには五回目の電話も終り、留守電の入っている合図のランプが黄色に変わった。
──いたずらだったら、あとで時也に文句を言おうっと。
自動再生ボタンを押した。特製そばつゆをおちょこに移しながら利いていた。瞬間、手が震えてほんの少し、こぼれた。
──時也、みんな……。
頭の中が、すうっとしてきた。回りがぼやけてきた。
──あの、名倉です。今から奈良岡への伝言を、ここにいる男子一同から録音するから、ちゃんと、聞く、こと。
受話器を置く音。連続再生。
──あ、もしもし奈良岡さん? お久しぶりっす。いろいろ大変みたいだけど、がんばれ。じゃあ。
──もっしー、彰子かあ。青大附中のバカ野郎どもにいろいろ苦労しているようだが、もしなんかあったら俺たちに言えよ。ナッキーだけじゃねえってこと、覚えとけよ。
──彰子ねーさん、こんちは。相変わらず俺たちもやってます。もしなんだったら俺たちとダブルデートって手もあるぜ。やばい相手はきっちりと俺たちがチェックしてやるからな。じゃあ。
三人の声は、聞くだけでわかる。小学校時代いっしょのクラスだった男子たちだった。いつも、消しゴムや給食の揚げパンやプリンをくれた子だった。中には彰子が仲を取り持ってカップルになった子もいた。
最後に締めた声は、時也だった。
──以上。聞き終わったらすぐに消すこと。先生に見つからないようにすること。いいな。
そばが伸びてしまう。そんなのかまわなかった。何度もマイクロテープを巻き戻し、時也たちの声を聴いた。後ろからは「おーっす!」とか「授業はじまるよ」とか、大人の声が聞こえたから、たぶん時也の通っている塾からかけてきたものだとは思った。でも、みんなが十円を握り締めて、たぶん赤電話からかけてきている。彰子の家に、一声録音するためにだけ、かけてきてくれている。どうしてなのかは、わからない。でも、時也がまとめて声をかけてくれたことだけは、確かだと思った。
──時也、ありがとうね。私みたいな思い上がった子と友だちでいてくれるなんて、すごいことだよ。みんな、ありがとう。
自分の性格がすごぶる悪いことを思い知らされていた時、あまりにもタイムリーだった。みんなが味方でいてくれたこと。どうして、時也がそんなことしてくれたのかわからないけれど、彰子はただ「みんながいい人ばっかり」だと思い続けることができそうだった。
──そうだよね、みんな、私の身の回りの子はいい奴ばっかりなんだもん。
そばをすすり上げながら食べた。たれを付けなくても美味しかった。留守電テープを消さずに、また繰り返し聞いて、泣いた。
約束どおり留守電を消した後、彰子は母からの電話を受けたりなんなりしながら後片付けをしていた。水の音といっしょに、自分のことばと答えが出た。
──あきよくんには、ちゃんと、友だちでいようって伝えよう。
──もちろん、おばあちゃんの循環器系のことが心配だったら、いつでも相談に乗るからって。
──まだ私は、あきよくんのことを好きだって、言えないもん。「付き合いたい」って言うくらい、言えないから。
──あきよくんが利用しようだなんてそんなこと思ってないよ。みんな他の子たちは、私のご面相が不細工だから、心配してくれたけれど、きっとあきよくんなりの真実で、私に声をかけてきたんだって、私は信じる。だから精一杯、きっちりと答えなくっちゃ。そして、ありがとうって言わなくちゃ。
父が帰って来たのは十時過ぎだった。彰子が部屋に上がっている時にいきなり電話がかかってきた。ナッキーのお母さんからだった。
「彰子ちゃん、先生はいらっしゃいますか?」
恐る恐るという雰囲気。本当はナッキーとも話をしたかったけれども、言葉の端々にまずいものが混じっている様子だった。すぐに父へ渡した。父も無言で受け取り、何度か短い言葉で受け答えしていた。笑みはない。
「……はい、宗くんとは明日、ゆっくりと話をさせていただきます。はい、はい、はい。私の不行き届きで申しわけありません。この件についてはまた、ゆっくりと」
ふだんは「ナッキー」と呼ぶのに、なぜ「宗くん」なのか。
電話を切り終わった後、彰子は尋ねた。
「ねえお父さん、どうしたの。ナッキーになんかあったの?」
父は無言だった。彰子をじっと見つめると、おもむろに、
「彰子さん、いいかい」
ひよわそうな父の言葉ではない静かな響きだった。彰子も頷いた。テーブルについた。
「たぶんこれから、宗くんの周りが騒々しくなるだろう。周りの友だちも、あの子のことを悪く言う子が増えるだろう。でもな、彰子さん」
「何があったの.お父さん」
首を振って、父はゆっくりと言葉を継いだ。
「外見や、目に見えるものや、そんなものだけで判断してはいけないよ。お前はあの子のいいところをみんな知っているから、それだけを信じてやってほしい。これから何を言われてもな」
「だから、具体的になにがあったのかわからないと。今からナッキーに電話してみるのもだめ?」
首を小さく振り、観念したかのように父は口を開いた。
「一週間の自宅謹慎だ。クラスの女子に手を挙げてしまい怪我させてしまったんだ」
──ちょ、ちょっと! ナッキーが? なんでなんでなんで!
さっき電話した時誰もそんな話してくれなかった。時也も、誰も。
口を数回動かした。言葉がなかなか出てこない。
「ナッキーは理由のない暴力なんてやらかさないよ! お父さん。知ってるよね。父さんのクラスでナッキーが時也をかばっているってこと。私もわかんないけど、クラス大変なんでしょ。父さんはナッキーのこと知ってるでしょ。先生になる前に、ナッキーの性格知ってるでしょ。ね、お願いだから教えてよ」
父は沈黙したままだった。ただ彰子を見つめて、頷いた。
「父さん、言わないんだったら、私が聞くよ。ナッキーがどうするのかわかんないけど、理由がわかんないんだったら、私だってかばいようないよ!」
止めなかったのはきっと、父からのOKが出たということだろう。彰子は小学校時代の友だちでかつ、仲の良かった女の子にもう一度電話をかけた。
「あ、彰子、『パール・シティー』の彼とはどうするつもり?」
「そんなのどうでもいいから、ナッキーのこと、分かってることだけでいいから教えてよ。お父さんも話してくれないの」
「なら先生、いるんだよね」
「いるよ」
友だちもやはり沈黙していた。彰子の背から父の気配が消えた。自分の書斎に戻ったのだろう。ふたりで話せってことだろう。
「ううん、でも父さんいなくなった」
ほっとした吐息が聞こえる。彰子は友だちの言葉が返ってくるのを待った。
「誰がいいか悪いかなんて、わかんないからね」
頷いた。友だちに一人でしゃべらせておいた。相槌打つととめどがなくなってしまいそうだから。だってナッキーのことなんだから。
──相変わらず夏木が名倉のことをかばっているのは彰子も知ってるよね。たまたまその時に、夏木がかっとなってその女子をひっぱたいたのよ。でも、まあねえ。そのひっぱたき方が本気だったんだ。拍子に頭を教壇にぶつけて、血が出てしまって。その子のお母さんが文句をいいに教室に飛び込んできて、なら先生に食ってかかるんだ。その時、まずかったなあと思うんだけど、そのお母さんがね、夏木のお父さんのことについてきついこと言っちゃったんだよね。完全に夏木がぶっちぎれてしまって、手に負えなくなっちゃって、あやうくそのお母さんに殴りかかりそうになったんだ。
──夏木の父さん、なんとかっていう右か左かの政治結社っていうとこに入ってるでしょ。でほとんど、家にも顔出さないでしょ。みんな知ってるけど、これは暗黙のお約束ってことで内緒にしてるでしょ。でもそれを一気に、お母さんがまくし立てちゃったもんだから、もう騒然。あれは名倉をかばったんじゃなくて、夏木のプライドそのものの問題だったんじゃないかって思うんだ。今の夏木は怖くて近寄りたくないっていうのもわかるよ。
彰子は受話器を置いた。
父が話さないのも当然だと思った。
小さい頃からナッキーが彰子の家に入り浸っていたのも、中学入学の時にあえて父が、自分のクラスに入れてもらうよう頼んだらしいということも知っている。ナッキーの家が、彰子の知る限りかなりややこしい状態だということも。もちろん、政治結社関係の問題でしょっちゅう警察のお世話になっているらしいことも。
──ナッキーは、ナッキーだよ。私はナッキーの味方だよ。
「お父さん、自宅謹慎って、別に私が遊びに行く分には問題ないんだよね」
階段の下から声を張り上げた。返事をもらいに階段を昇った。
「あした、ナッキーのうち行くなら、私も一緒に連れてって。五時間で授業終わるんだもん。大丈夫、よけいなことなんて言わないから。いいでしょ。お父さん」
ドアを開けて、父は彰子の頭を軽く撫でた。