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第九十七話 抱きたいと思ったことがありますね?

『ようこそ、タイプ――二十(ヴァン)(vingt)』


 起伏の無い女性の声が、ヴァンとレオ、二人の頭上に降り注いだ。


 周囲をキョロキョロと見回して、レオが問い掛ける。


「レオが申し上げます。お知り合いですか?」


「い、いえ、塔に知り合いはいないと……思います」


 声だけを聞く分には、軽口の様にも聞こえるが、二人の顔は明らかに引き攣っていた。


 次の瞬間、戸惑う二人を脅かそうとした訳でも無いのだろうが、ガタンと大きな音を立てて、壁面の溝に囲まれたアーチ状の部分が凹み、内側に向かって開いていく。


「開きました……ね」


「レオが申し上げます。……開きました」


 見たまんまである。


 言葉を幼児のレベルにまで落としてしまう程に、二人は戸惑っていた。


 二人は怯える様に身を寄せ合って、おどおどと扉の内側を覗き込む。


 人が二人横に並べるぐらいの細い通路。


 奥の方は暗くて全く見通しが利かない。


 あくまで見える範囲の話ではあるが、左右の壁は外壁と同じ黒曜石の様に見える。


「ど、どうしましょうか……」


 こういう時、思い切りが良いのは、大体女性の方である。


「レオが申し上げます。どうしようも何も、行くしかありません。レオが先に入りますから、後をついてきてください」


 そう言うや否や、レオは扉の内側へと足を踏み出し、


「ちょ、ちょっと、レオさん!」


 と、ヴァンは慌てて、レオのシャツの袖を掴む。


「レオさん、ダメですってば! レオさんは今、魔法が使えないんですから、ぼ、僕が先に行きます」


 レオは、一瞬ムッとしたような顔をしたかと思うと、大きな溜息を吐いた。


「はあ……。レオが申し上げます……仕方がありません。じゃあ……」


 そう言って、レオはヴァンの目の前に手を差し出す。


「せめてアナタが怖くない様に、手を繋いで差し上げます」


 この国では本来、女性が男性を守るものなのだ。


 これは、レオなりのプライドなのだろう。


 そう理解して、ヴァンはレオの手を取った。


 二人が扉の内側に入ってしまうと、背後でひとりでに扉が閉じて、光一つない闇が訪れる。


「「ひっ!?」」


 二人が思わず、喉の奥で声を詰めた途端、左右の壁に掘られた溝が薄い緑の光を放ち、周囲を照らし出した。


「な、なんなんでしょうね……この塔は」


 ほっと胸を撫でおろしながら、ヴァンが口を開くと、レオは考え込む様な素振りを見せる。


「レオが申し上げます。分かりません。分かりませんが……この壁といい、光といい……明らかに人の手に拠るもの。レオが知る限り、この煉獄には似つかわしくないものです」


 二人はゆっくりと歩を進めると、ちょうど塔の中心と思われる辺りで、十字路に行き当たった。


 正面には上階へと続く螺旋階段が見える。


 左右へと目を向ければ、壁の両側にそれぞれ三枚づつ、目盛のように一定間隔で扉が並んでいるのが見えた。


 扉とは言っても、塔の入り口のような、溝で形作られたアーチではない。


 それはまさしく、ヴァン達の知るいわゆる普通の扉。


 ()びついた鉄枠で縁取られた、赤茶けた木の扉である。


「レオが申し上げます。上へ向かうべきなのでしょうが……」


 ヴァンにしろ、レオにしろ、ここへは、()()()()()という感覚がある


 何の根拠もある訳では無いが、もし、煉獄からの脱出口があるとすれば、上の方だという抗いがたい思いがある。


 本来の目的を思えば、真っ直ぐに螺旋階段へと向かうべきなのだ……が、二人は余りにも疲弊しきっていた。


 ヴァンはともかく、レオに至っては魔力は枯渇寸前。


 いつ昏倒しても、おかしく無い状態である。


「そうですね。レオさん……扉を当たって見ましょう、もしその先に何もなければ、少し休むぐらいの事は、出来るかもしれませんし……」


「レオが申し上げます。アナタがそういうなら……仕方がありません」


 物言いとは裏腹のホッとした様な表情に、ヴァンは密かに苦笑する。


 二人は十字路の右側へと足を踏み出し、一番手前の扉の前に立った。


 そして注意深く左右を見回し、耳を澄ます。


 聞こえてくるのは二人の呼吸音だけ、他には何の気配もない。


 ヴァンが指先を震わせながら、ノブへと手を伸ばすと、彼の上着の裾を掴むレオの指先にも力が籠った。


 軽く押しただけで扉は、あっさりと開きはじめる。


 ギッという軋みに、ヴァンの背中で冷たい汗が流れた。


 (わず)かに開いたその隙間から、ヴァンがそっと中を覗き込む。


 その途端、部屋の内側がパッ! と明るくなった。


「ひっ!?」


「きゃっ!」


 思わず飛び退いたヴァンに驚いて、レオが短い悲鳴を上げる。


「レオが申し上げます。中に何があったのです!?」


「あ……灯りがつきました」


「レオが申し上げます……それは見ればわかります」


 どうやら、ヴァンは驚いて灯りがついた事以外、部屋の中の事は全く見て無いらしい。


 レオは思わず呆れる様な顔をすると、扉の内側を覗き込んで、ヴァンの方を振り返る。


「レオが申し上げます。どうやら宿舎の様です」


「へ? 宿舎……ですか?」


 レオが静かに扉を開き、ヴァンが恐る恐る中を覗き込むと、思わずそのままぽかんと口を開いて固まった。


 そこにあったのは、カントで泊まった安宿より、すこしマシな程度のベッドが二つ。


 まさに、レオが口にした通り。


 宿舎の一室としか表現しようのない部屋が、そこにあった。


「レオが申し上げます。これこそまさに、神の恵みとしか言いようがありません。扉には内側から鍵が掛かる様ですし、少しは休めそうです」


 つかつかと、部屋に入っていったレオの後をついて、ヴァンが足を踏み入れる。


「何というか……ふ……普通ですね」


「レオが申し上げます。はい、びっくりするぐらい、普通の部屋です」


 漆喰造りの白壁に、木製の簡素なベッド。


 壁際には小さなキャビネットの様な、四角い家具が設置されている。


 アンティークというよりは、ただ古めかしいだけの家具が設置された、まさに普通としか言い様の無い部屋だった。


「レオが申し上げます。たとえば貴族の屋敷なら、衛兵の宿舎がまさに、こんな感じです」


「衛兵?」


「レオが申し上げます。もしここが衛兵の宿舎なら……」


 レオはそう呟くと、つかつかとキャビネットの方へと歩み寄り、遠慮なくそれを開いて、手を突っ込む。


「レオが申し上げます。ありました!」


 そう言ってレオがベッドの上に放り出したのは、一枚布で造られた服。


 青地に黄色の糸で刺繍を凝らした、袖の無い貫頭衣の様な服である。


「レオが申し上げます。おそらく支給品の制服なのでしょう。サイズを考慮すれば、これは男性用だと思われます」


「ちょっと待ってください。衛兵でしょ? 男性ってことは無いんじゃないですか?」


「レオが申し上げます。その感覚は、レーヴルだけの物です。この服は明らかに、現在の王国のものではありません。他国のものか……それとも」


 レオがヴァンを見据えて言った。


「レーヴル王国が成立する以前、相当昔の物だと思われます」


「まさか……そんな馬鹿な……はは……あはは」


 思わず顔を引き攣らせるヴァン。


 言葉にし難い静寂が、二人の間に居座った。


「ううん! レオが申し上げます。ところで……」


 レオがわざとらしい咳払いと共に、話題を変える。


 ヴァンがホッとしたような顔をしたのも、つかのま、


「告白の返事をいただいていない事を、今、思い出しました」


 その内容に、ヴァンは思わず間抜けな顔になる。


「え、あの、だって、僕、好きな人がいるって……」


「レオが申し上げます。以前にも申し上げましたが『男性は同時に何人もの女性を愛する事が出来る』そう伺っています。好きな人がいるというのは、拒絶される理由にはなりません」


「ええっ!?」


 まさかの話の展開に、思わずヴァンは()け反る。


「レオが申し上げます。あらためてもう一度、間違えようの無いようにはっきりと申し上げます。レオはアナタを心から愛しています」


「いや、あの、そ、その……」


 レオは、あわあわと宙を掻くヴァンを、真剣な表情で見据えて詰め寄る。


「レオが申し上げます。では、『はい』か『いいえ』でお答えください」


「え、あの……レオさん? あの……」


「質問その一、レオのことはお嫌いですか?」


「え……い、いいえ」


「質問その二、どちらかと言えば、レオの事が好きですね」


「ちょ、ちょっとレオさん!」


「お答えください!」


「…………はい」


 その答えにレオはニコリと笑う。


「質問その三、レオとキスした時には、ドキドキしましたか?」


「そ、そんなこと」


「はい、か、いいえでお答えください」


「ううっ……はい」


「質問その四、レオを抱きたいと、思ったことがありますね? ちょっとでもあったら、はいと答えてください。」


「あ、いや、そ、そんな……」


 ヴァンの顔がみるみる真っ赤に染まっていく。


 そして、羞恥に赤らめた顔を、思わず手で覆った。


 途端に、レオは小さくなって(うずくま)るヴァンを、満足そうな顔で眺めて言った。


「レオが申し上げます。もしレオが、今にも倒れそうな程疲れていなければ、今すぐにでも押し倒すところなのですけど……」


 あまりにも不穏なその一言に、ヴァンが慌てて顔を上げる。


 すると、レオは、そのままベッドに倒れ込んで、動かなくなった。


「レ、レオさん!」


 ヴァンが、思わず飛び起きて駆け寄る。


 そしてレオの顔を覗き込むと、


 彼女は幸せそうな顔をして、寝息を立てていた。


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