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第九十四話 煉獄? バトルロード

 実を言えば、ヴァンはずっと迷っていた。


 今、ヴァンが使用できる魔法は、『黒く塗れ(ペイントブラック)』唯一つ。


 相手の視界を黒く染めるこの魔法は、言うなれば、眼くらましでしかない。


 殺傷能力はゼロ。


 使いようによっては、効果的な魔法ではあるのだが、魔物達は本能に突き動かされて、捕食するためだけにヴァン達に襲い掛かってくるのだ。


 この煉獄においては、トリッキーな戦闘など望むべくもない。


 これを別の魔法で上書きしようとすれば、あらためてキスするしかないのだが、ここにいる魔女はレオ、ただ一人。


 無論、レオとキスする事がイヤな訳ではない。


 はっきり言って、レオは可愛い。


 エステルとどちらがと言われれば、答えに窮するしかないが、胸の大きさで言えば、完全にレオに軍配が上がる。


 レオも、少なくともヴァンを嫌っている様子は無さそうなので、ちゃんと説明すれば、キスぐらいならば、許してもらえそうな気はする。


 だが、問題はキスさせてもらえるかどうかでも無い。


黒く塗れ(ペイントブラック)』は『光』系統と『吸収』系統の魔法が融合してできた魔法である。


 最後にキスした相手はミーロ――『吸収』系統の魔女だ。


 つまり、レオとキスすることで『吸収』+『雷』系統の魔法が構成されることになるのだが、現時点では、それ以上の事は分からない。


 どんな魔法が構成されるか分からないのだ。


 文字通りに雷撃を吸収するだけの魔法にでもなってしまったならば、もう手も足も出ない。


 ヴァンは、魔法による攻撃手段を完全に失う事になる。


 そう思えば、賭けだとしても、余りにも分の悪い賭けだった


「……ナタ。アナタ!」


 気が付けば、レオが心配そうにヴァンの顔を覗き込んでいた。 


「す、すみません。少し考え事をしてしまって……」


「レオが申し上げます。ぼうっとしたまま、返事がないものですから少し焦りました」


「す、すみません」


「レオが申し上げます。それはともかく、おそらく、そろそろ一日の区切りが来ます」


「区切り?」


 ヴァンが首を傾げた途端、ザワッと背筋に嫌な感触が走って、周囲の風景が揺らいだ。


「な!? なんです!」


「大丈夫です。害はありません」


 自分の声もレオの声も筒の中で声を出した時の様にぐわんぐわんと、おかしな反響を伴って聞こえてくる。


 周りの風景がのっぺりとした絵画のように現実感を失って、赤い風景と真っ黒な空隙が明滅した。


 だが、ヴァンには見えた。


 黒と赤、入れ替わる風景の中に、一瞬だけ自分のいるこの場所の周囲に、緑の風景が垣間見えたのだ。


 それは、ほんの瞬き程度の時間。


 すぐに視界はまた、黒と赤の明滅に戻って、最後は元の赤い荒野で終わった。


「な、なんだったんですか?」


「レオが申し上げます。わかりません。わからないので、私は世界が(まばた)きしたのだと思う事にしておりました」


(まばた)き……ですか」


 視野の中で風景と黒い色が入れ替わることを思えば、ヴァンには(まばた)きという表現は似つかわしい様に思えた。


「ええ、正確には分かりませんが、(およ)そ二十四時間に一度、世界は(まばた)きします。ですので、それでレオは日数を数えておりました」



 ◆◆◆



 森を出てから、今日までに、世界は四回(まばた)きをした。


「『黒く塗れ(ペイントブラック)』ッ! 『黒く塗れ(ペイントブラック)』ッ!」


 赤い荒野に、ヴァンの声が響き渡る。


 結局、キスの事を言い出せないまま、ヴァン達は歩みを進め、今日で五日目。


 顔を挙げれば、視界の一番奥に、黒い塔が見えるところまで来ていた。


 それは、真っ直ぐに天を衝く黒い円筒形。


 高さは大聖堂を大きく凌ぐ。


 どうみても人工的な建造物にしか見えなかった。


 だがそこまで来れば、魔物の攻勢も、既に尋常なものでは無くなっていた。


 塔とヴァン達の間には、地面が見えない程に無数の魔物が(たむろ)している。


 二人は既に丸一日、戦いながら魔物たちのど真ん中を進み続け、背後へと回り込んだ魔物たちによって退路も断たれている。


 上空から見下ろせば、さながら黒いドーナツの真ん中。


 そこが、ヴァンとレオの現在地であった。


 ヴァンが『黒く塗れ(ペイントブラック)』で、のべつ幕無しに魔物達から視界を奪い、レオが正面を塞ぐ魔物を倒して前へと進む。


 その繰り返し。


 徐々に塔の方へと進んではいるのだが、その歩みは余りにも遅い。


 まるで波が数百年掛けて岩を削るかの様な、遅々たる繰り返し。


 どこから湧いて出てくるのか、魔物達の出現は一向に途切れる気配がない。


 今も見える範囲には、例の茶色の竜が大小合わせて八匹。


『肉』は数知れず。


 他にもレオが『(はさみ)』と呼ぶ鰐のような魔獣や、『(かご)』と呼ぶ半獣半植物の魔物。


『鳥』と呼んでいる、見たまんまの魔獣が、空を埋め尽くしている。


 とりわけ厄介なのは、『泡』とよんでいる黒い粘液状の魔物。


 これには元から目が無いのだろう。


黒く塗れ(ペイントブラック)』が全く効かない。


 その上、レオの雷撃も吸収してしまうらしい。


 幸いにも動きは極めて遅いので、逃れる事は訳も無いのだが、これが進行方向に現れる度に、迂回を余儀なくされるのだ。


「『黒く塗れ(ペイントブラック)』ッ!」


「レオが申し上げます! 正面の二体を続けて殺りますから、走り抜けてください!」


 視界を塗りつぶされて狂乱する魔物達から逃げまどいながら、魔法を行使し続けているヴァンに、頭上からレオの声が響く。


「わ、わかりました!」


 ヴァンは竜の頭から頭へと飛び移るレオを目で追って、周囲へと視線を移す。


 既にこの周りの魔物には、一通り『黒く塗れ(ペイントブラック)』を掛け終わっている。


 実際魔物たちは混乱し、身体に触れるものに反応しては、互いに牙を立て合っている。


 魔獣とは言っても、所詮は(けだもの)でしかない。


 この調子なら、『黒く塗れ(ペイントブラック)』で乗り切れるかもしれない。


 そんな希望めいた思いが頭を掠めた途端、ヴァンの頭に何かが引っかかった。


 考えてみれば、何かがおかしい。


 そう、おかしいのだ。


 リュシールの言葉通りであれば、ヴァンが落とされたのは煉獄。


 煉獄とはなんだったか?


 ヴァンの魂に隷属する七十一の悪魔がいた場所。


 そのはずだ。


 だが、ここにいる魔獣はどれも、魔法を使う気配すらない。


 ロズリーヌのキスでヴァンの身体を乗っ取った『眼』の悪魔は多分に残虐なものではあったが、明らかに知性を持っていた。


 だが、ここにいる魔獣には欠片ほどの知性も感じない。


 いうならば、力が強いだけの、ただの獣でしかないのだ。


 どう考えても、ヴァンの中に巣食う七十一の悪魔とは、本質的に違う。


 ――ここは本当に……煉獄……なのか?


 余りにも根本的過ぎるその疑問に、ヴァンが眉根を曇らせたその瞬間、


「キャアア!」


 頭上でレオの短い悲鳴が聞こえた。


 一匹の竜の頭上で、レオが(とど)めを刺そうと掌を押し当てたその瞬間、『黒く塗れ(ペイントブラック)』に視界を奪われて狂乱した別の竜が、レオの乗る竜へと突っ込んだのだ。


「レオさんッ! くそッ! 間に合え!」


 宙に投げ出されるレオの姿を目で追って、ヴァンは我を忘れて駆けだした。

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