第八話 第十三小隊の魔女達
湿り気の多い地表を、生まれたばかりの太陽が嬲り、夜露が気化して山肌が烟る。
木々の間を白い湯気が麓の方へとじわじわと滑りおちていく。
そんな光景を見下ろしながら小柄な少女が二人、まるで比翼の鳥のように手を繋いで、マルゴ要塞の上空をゆっくりと旋回していた。
黒のブレザーに紅いプリーツスカートを纏っているのを見れば、軍人であることに間違いはないのだが、二人の容姿は余りにも幼かった。
「おーい! 報告ぅ! 敵の斥候部隊っぽいのをみつけたよぉ! 数はねぇ、一、二……全部で六ぅ!」
宙を飛び回りながら、少女の片方が城壁の上にいる味方に向かって大声で叫ぶ。
二人の少女の名はリルとルル。
機動力の高い魔女ばかりが集められる第八小隊に所属する双子の魔女である。
「ねえルル、こんな朝早くに帝国さん達は、何しようとしてたんだろうね」
「うんリル、夜の間に何か仕掛けたんじゃないかな?」
「何かって何?」
「わかんないけど……。帝国さん、最近しょっちゅう侵入してくるじゃない。絶対何かたくらんでると思うなぁ」
二人が話している内に、当に敵の斥候部隊の居るあたりで、突然、地上に閃光が走った。
「えっ? 何? 戦闘がはじまったの!?」
「でも、でもぉ! この時間には他の部隊はいない筈だけどぉ?」
◇◆
時間を一時間ほど遡る。
早朝、宿舎の廊下に整列する第十三小隊の面々の姿があった。
所謂、朝礼である。
「皆さぁん、今日から我が第十三小隊にぃ、仲間が二人増えましたぁ、はぁい、拍手ぅ!」
リュシールのすっとぼけた紹介に、ぱらぱらと気だるげな拍手の音が響いた。
「じゃあまず、兎ちゃん。自己紹介よろしくぅ」
「えっ!? 自分でありますか!」
突然、話を振られて、ミーロは視線をあらぬ方向に泳がせながら、あたふたと口を開く。
「じ、自分は……ミーロ=アパン伍長であります。この要塞を東に半日程のところにあるウォルビク村の駐留部隊から転属してきたであります。ふ、ふちゅちゅか者でありますが、よ、よろしくお願いするであります」
絵に描いた様な見事な噛みっぷりであった。
ミーロが自己紹介を終えると、自然と皆の視線がヴァンの方へと集まってくる。
女しかいない要塞にたった一人の男、それはもう皆気になって仕方が無いのだろう。
周りを見回せば、他の部隊の宿舎の辺り、扉の影から、こちらを覗き見ている少女達の姿もある。
「はい! 次! ヴァン君」
リュシールが楽しげにヴァンの方を指差して、ヴァンは鼻先まで伸びた前髪の間から、目の前に居並ぶ少女達の表情を伺う。
好奇の視線、蔑む様な視線、無関心。
その表情から読み取れる感情は様々だ。
「ヴァンで、す。えっと……予備タンクで……す」
その自己紹介に、リュシールはわずかに顔を引き攣らせ、ミーロは苦笑い。エステルはあからさまに気持ちの悪い物を見る様な顔をし、あとは皆、怪訝そうな表情になった。
困った様な表情で、リュシールが口を開く。
「えーと、ヴァン君は男の子なんですけどぉ、皆も気づいている通り、ものすごく膨大な魔力の持ち主で~す。ですが今はまだ魔法を使えません。使える様になるまではぁ、皆さんへの魔力の供給役として頑張って貰うことになってま~す」
「あははっ、だから予備タンクなんだね」
ヴァンの斜向かいに立っている、明るい色をした短髪の女の子が楽しげに笑った。
「私とエステル准尉は昨日会ってるから良いとして、じゃあ右から順番に自己紹介よろしくぅ」
リュシールがそう言うと、一番右側に立っている背の高い少女が、髪を掻き上げた。
年齢は十八ぐらいだろうか、腰の辺りまである青みがかった白髪。
涼しげな目元に真っ白な肌。
全体的に少し冷たそうな印象を受ける。
シュゼットの言う通り、魔術系統は人間性とほぼ同一という言葉通りなら、多分氷雪系魔法の使い手ではないかと、ヴァンは当たりを付けた。
「私はザザ。階級は上級曹長。覚えて貰う必要はないが、魔法系統はおそらく君が想像しているものでは無い」
取り付くしまも無いザザの自己紹介に、リュシールが苦笑する。
「エステルとザザ。それにヴァン君と兎ちゃんでチームを組んで貰いますから、仲よくしてくださいねぇ」
リュシールがそう言うと、エステルは悔しそうに唇を噛み、ザザは小さく鼻を鳴らした。
そんな二人を他所に、ザザの隣の少し幼い雰囲気の少女が、不満げに口を尖らせる。
「中尉。配属は二人ですのに、こちらのチームには一人も配属はありませんの?」
それは金髪を縦巻きにした華やかな雰囲気の少女。
見るからに良家のお嬢様然とした風貌。
そして十人に聞けば十人ともが「わがままそう」、そう答えるであろう雰囲気を湛えている。
「仕方ないでしょう。この二人はセットで運用しない訳にいかないのよぉ。フロルの分の補充なんだから、エステルのチームに入るのは当然でしょう?」
フロルと言う名前が出た途端、いきなり空気が沈んだのを感じとって、ヴァンとミーロはそっと目を見合わせる。
「……まあ、よろしいですわ。自己紹介でしたわね。ワタクシはロズリーヌ。階級はそこの小火女と同じ准尉。魔法系統は『眼』ですわ」
「誰が小火女よ!」
エステルが速攻突っ掛かったが、まあまあとリュシールがそれを押し留めた。
「ロズリーヌの魔法系統『眼』は、王国内でも三人しか確認されていない希少系統なのよぉ」
「三人でありますか!?」
ヴァンには良く分からないが、身を乗り出す様に驚くミーロの様子を見るかぎり相当すごい事らしい。
ミーロの驚き様を見て、ロズリーヌは薄い胸を反らして嬉しそうな顔をする。
どうやら感情が顔に出やすいタイプらしい。
「あはは、じゃあ次はボクだね」
明るい色のショートカットの少女が楽しげな声を上げる。
「ボクはノエルっていうんだ。よろしくね。階級は上級曹長。魔法系統は光だよ」
「明るいだけが取り柄のアホですわ」
「あはは、ひどいなぁロズリーヌは」
ロズリーヌの茶々入れにも、ノエルはにこにこと朗らかに笑っている。
「アホかどうかはともかく、ノエルは光の速さで敵を貫く魔法『光速指弾』の使い手で、二人目の『無窮』の砲手になることを期待されてる逸材なのよ」
「無窮?」
リュシールの言葉にヴァンが首を傾げた途端、ここぞとばかりにエステルが突っ掛かってくる。
「無窮も知らないの? どうしようもないバカね。ほんとバカ。いい? 無窮っていうのはね。王国が誇る決戦兵器で、その魔力消費量の大きさから、撃てる人間は極わずかなの。マルゴ要塞では、リュシール中尉唯一人なんだから」
「へぇ……」
「へぇってアンタねぇ!」
「ま、まあまあであります」
いきり立つエステルをミーロが宥める。
魔女では無いヴァンとしては、いくら「すごいんだぞ」と言われても、どうにも実感が湧かない。
「じゃ最後はベベット、お願い」
一番左端に立っていたショートボブの髪に黒と白のストライプのリボンをつけた無表情な少女が頷く。
「ん。……上級曹長。系統は闇」
あ、うん。
魔法は人間性で決まる。
あまりにも的確過ぎて苦笑する。
「自己紹介も済んだところで今日の予定だけどぉ、エステル班は私と一緒に導入研修をしま~す。今回入ってきた二人の扱いはかなり特殊ですからぁ、エステルとザザの二人にも良く聞いておいて欲しいのよぉ」
「気が進まないけど、ま、仕方ないわね」
エステルが肩をすくめる。
「で、ロズリーヌ班は哨戒任務をお願い。マルゴ要塞の東半面をお願いねぇ。西の半面は第八小隊の担当よぉ」
「了解ですわ」
ロズリーヌは特に嫌がる様子も無く返事をした。
……のだが。