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第七十五話 王都侵攻(キャラクターラフデザイン公開その7)

「交渉決裂……でございますね」


「最初から、交渉などしたつもりもありませんけれど」


 ブルージュ男爵と、ミュラー家の家宰マルタンが、鉄柵越しに含みを持った微笑みを交わし合う。


「では、お言葉通り、実力行使に移らせていただきましょうか」


 マルタンが微笑みを浮かべたまま、そう口にした途端、ブルージュ男爵は思わず目を()いた。


 マルタンが足元の影の中へと沈み込み始めたのだ。


「馬鹿な!? 男が魔法を使うですって!?」


 それは紛れもなく『闇』系統の魔法、『暗い部屋(ダークンドルーム)』。


 影から頭だけを出した状態のマルタンは、驚愕するブルージュ男爵を楽しげな表情で見遣って、口を開く。


「ははは、語るに落ちるとは、(まさ)にこういう事を言うんでしょうな。そうです。男が魔法を使う事など有り得ません。これには種も仕掛けもございます」


 その言葉にブルージュ男爵はハタと気づく。

 

 確かに言われてみれば、彼自身の魔法である必要は無い。


 誰か別の者が、彼に魔法を行使しているだけなのだ。


「男が魔法を使う事などあり得ない。その通りでございます。つまり、あなた方が奉じるシュヴァリエ・デ・レーヴル様の再来を語る少年にも、何一つ正統性は無いと言う事でございますよ」


 マルタンのその言葉に、ブルージュ男爵は静かに(うつむ)く。


 マルタンは自分の言葉に打ちのめされた。そう思ったのだが、実際はそうでは無かった。


 ブルージュ公は喉の奥でクククとくぐもった笑いを零した。


「語るに落ちる? その言葉、そっくりそのまま返させてもらいましょうか。さんざんミュラー公の娘の引き渡しを求めておきながら、それは口実。結局、あなた達が狙っているのは、次代の王シュヴァリエ・デ・レーヴル様の再来ではありませんか」


「それが何か?」


 マルタンは悪びれる様子も無く言い放つ。


 今更、そんなところを糾弾されたとしても、痛くも痒くもない。


 既に、この屋敷は完全に包囲済み。


 マルタンが一つ指示を出せば、ミュラー公の私兵である魔女達が一斉に攻撃を開始する。


 戦いなど、始まる前に終わっている。


 だが、彼のそんな確信にも似た思いをあざ笑うように、ブルージュ男爵はニッと口元を歪めた。


「兵を挙げる大義名分が出来たのですよ。今、(まさ)に」


 その途端、唐突に耳を(つんざ)く様な轟音が響き渡った。


 どこからともなく飛来した火球が、マルタンのすぐ後ろに着弾して爆ぜたのだ。


 爆風が周囲の魔女を叩きのめし、炎がその場の女達を焼く。


 狼狽(うろた)える魔女達。


 地に倒れた者達を隠すかの様に黒煙が立ち昇り、穿(うが)たれた石畳の床からはじけ飛んだ石礫(せきれき)が降り注ぐ。


「ど、どうしたというのですか、これは!」


 それまでの張り付いた様な微笑みをかなぐり捨てて、マルタンが声を荒げる。


 そして周囲をぐるりと見回して、思わず目を見開いた。


 屋敷を取り囲む建物の屋根という屋根に人影が見える。


「ふっ、気付いたようですね。私が兵を、魔女達を引き連れておらぬことを不審には思わなかったのですか?」


「ぐっ……」


 思わず唇を噛むマルタン。


 ブルージュ男爵は、それをさも得意げにあざ笑う。


「私は貴方達が今日、我が屋敷を包囲する事を知っていました。知っていれば、それを取り囲む事など造作もありません。つまり、貴方達は猟犬のつもりだったのでしょうが、狩られる側だったということです」


 そしてブルージュ男爵は、胸の内で付け加える。


 私も、あなた達も一人の女の手の内で、踊っているだけなのです。

 

 私の野望が果たされるならば、それでもかまいません。


 私は全力で踊り切ってみせましょう。


「貴様ァ……」


 マルタンが血走った目で、ブルージュ男爵を睨みつけると、彼女は唐突に空を指差す。


 マルタンが思わずそちらを(かえり)みれば、王都の周囲から、ここと同じように幾筋もの黒煙が立ち上っているのが見えた。


「な、なんです? あれは」


「全土の原理を奉じる者達が兵を率いて終結し、ここに立ち昇る黒煙を合図に、侵攻を開始したのだ!」


「ば、馬鹿な! 反乱を起こす気ですか!」


「ふっ……あなたには礼を言っておきましょう。あなたの言葉によって、我々は大義名分を得たのですから。これより我々、原理を奉じる者達は、この国の祖、この国の本来の主、シュヴァリエ・デ・レーヴル様の再来であらせられる、ヴァン=ヨーク陛下を旗印に、簒奪者たる女王、専横をほしいままにする三大貴族。これを誅滅します!」


 そう宣言してブルージュ男爵が手を掲げると周囲の屋根の上で、幾つもの太陽が現れたかのように、火球が膨らんでいく。


「総員退避ッ! 退避いいいっ! 防御の魔法を展開しろおおお!」


 マルタンが上擦った叫びを挙げると、まるでそれを切っ掛けにしたかのように、濃紺の軍装を纏った魔女達の上へと、無数の火球が降り注ぐ。


 立ち込める黒煙。


 爆音の間に間に、魔女達の阿鼻叫喚の悲鳴が響き渡った。



◆◆◆



 同じ頃、巨大な尖塔が大きな影を落とす路地裏。


 そこに今、ベベットの小さな影があった。


 彼女達は『暗い部屋(ダークンドルーム)』を出たり入ったりを繰り返しながら、ミュラー公の私兵達から逃げ続けていたのだが、いつの間にか私兵達に出会わなくなっていた。


 諦めて撤収したのかと思ったが、さにあらず、私兵達はブルージュ男爵の屋敷を包囲していたのだが、ロズリーヌ達にそれを知る術は無い。


 王宮の北側、大聖堂の巨大な尖塔が落とす影に紛れて、裏路地に(わだかま)る小さな影。


 その内側。


 魔法によって作り出された空間では、


「せっかく守ってあげるって言ってんだから、大人しく守られなさいよ! この分からずや!」


「護衛の押し売りなんて、聞いたことがありませんわよ。ワタクシには、ベベットさんがいるんですから結構。お断りですわ!」


「守ってもらったらいい……私が楽」


「ほら、ごらんなさい。アナタがそんなこと言うから、ベベットさんが、また自堕落な事を言い出したじゃないですの!」


「ちょ、私のせいなの!? それ」


 そこには、追われている真っ最中だというのに、緊張感の欠片も無い三人の魔女の姿があった。


 キャンキャンと、角を突きつける様に言い争う二人の令嬢。


『毒』の魔女エリザベスはともかく、ベベットの目には、ロズリーヌのその態度は、空元気の様にしか見えなかった。


 無理をしている。


 そう見える。


 だがそれも仕方の無い事だ。


 目の前で母の死を看取って、それほど時間が経った訳では無いのだ。


 二人の言い争いを他所(よそ)に、先ほどからベベットは外の様子が気になっていた。


 影の内側にいる限り、外の音はベベットにしか聞こえてこない。


 先ほどから、断続的に地鳴りの様な爆発音が響いている。


 大聖堂の周辺は静かなものだが、微かに悲鳴とも歓声ともつかない様な多くの人の声が聞こえてくる。


 尚も言い争う二人を影の中に置き去りにして、ベベットはそっと顔を出して、外を覗き見る。


 大聖堂と周辺の建物に阻まれて、通りの形に切り取られた空は、相も変わらず抜ける様に青い。


 だが、遠くの方へと目を向ければ、まるで狼煙(のろし)の様に幾筋もの黒煙が立ち上っているのが見えた。


 そして、それを眺めている間にも、地鳴りの様な爆発音が響いていた。


 ベベットは再び、影の中へと頭を引っ込めると、ロズリーヌの袖口を引っ張った。


「どこかで戦ってる」


「戦ってる? 誰がですの?」


 ベベットは、ふるふると首を振る。


「分からないという事ですわね。……なんにせよ、皆さんと合流した方がよさそうですわね。ともかく一旦外に出て、ブルージュ男爵の屋敷を目指しましょう」


「わかった」


ベベットはこくりと頷くと、影から抜け出る。


 そして、ロズリーヌ達を引っ張り上げる為に、しゃがみこんで影の中へと手を伸ばした。


 その瞬間の事である。


 突然、ベベットの視界が明滅する。


 バチッという音と共に、ベベットの全身を激しい衝撃が駆け巡った。


「ぎゃん!?」


 自分の意志とは無関係に喉の奥から、まるで蹴られた犬の様な声が漏れて、ベベットは勢いよくその場から弾き飛ばされる。


 そしてそのままゴロゴロと転がって、地面に倒れ込んだ。


 体中が痺れている。


 指一本動かせそうにない。


 ――何が起こった?


 その疑問を最後に、ベベットの意識は暗闇の中へと飲み込まれていった。 


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7人目にして、ついにメインヒロイン登場です。


エステル=オーリエ准尉(16歳)


この、メインヒロイン以外の何物でもない造形。


挿絵(By みてみん)


そして高低差の激しいツンデレ。

完璧。THE ヒロインです。

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