第七十四話 望まぬ再会(キャラクターラフデザイン公開その6)
「全く、呼びつけておいてこんなに待たせるとは。ジョセフィーヌのヤツは、何を考えておるんじゃ!」
「昨晩から、ミュラー家の私兵の動きが慌ただしい様で……、何か善からぬ事が起こっているのかもしれませんねえ」
ミュラー家の一角に位置する円卓のある小部屋。
紫色の厚手のカーテンで窓を覆った、その小さな部屋に今、二人の女性の姿がある。
一人は総白髪。
椅子の上で、背を丸める小柄な老婆。
だがその目つきは、枯れた風貌とは裏腹に相当鋭い。
もう一人は年の頃は三十半ば。
穏やかそうな丸顔に、艶やかな長い黒髪。
如何にも育ちの良さげな淑女。
二人の名はジェコローラとフルスリール。
世間的には、ジスタン公とペルワイズ公という呼び名の方が、通りが良いだろう。
つまり、この二人にミュラー公ジョセフィーヌを加えた三人が、この国の中枢ともいうべき三大貴族である。
不機嫌なジスタン公を、ペルワイズ公が宥めている内に、ガチャリと扉が開き、二人はそちらの方へと眼を向ける。
入ってきたのが、ジョセフィーヌではなく、その娘である事に気付くと、ジスタン公は苛立たしげに片方の眉を跳ね上げた。
「小娘、ここは三大貴族の当主のみの会談場。お主が気軽に入って良い様な所では無いぞ」
ミュラー公の次女――コルデイユは、伏せていた目を静かに開くと、ジスタン公を見据えて言った。
「本日より、私がミュラー家の当主でございますので」
ジスタン公とペルワイズ公、二人は思わず顔を見合わせる。
「どういうことじゃ」
「昨晩、我が母、ジョセフィーヌが殺害されました」
「なんじゃと!? 馬鹿な! あのジョセフィーヌが、そうそう簡単に殺される訳がなかろう。地位だけの女ではないぞ、王国有数の魔女なのじゃぞ!」
ジスタン公が声を荒げて睨みつけると、コルデイユは真っ向からその鋭い視線を受け止めて、口を開く。
「母は……我が姉、ロズリーヌによって毒殺されたのです」
「それこそありえん。あの娘はお主の様な可愛げのない餓鬼とは違うぞ。魔力は味噌っかすかもしれんが、あの娘が後を継ぐならミュラー家は安泰。我らは羨ましく思ってさえおった」
その言葉にコルデイユは、不愉快さを隠そうともせず、顔を顰める。
「姉は……ロズリーヌは男に狂い、男との結婚を反対された事を根に持って母を殺害したのです」
「男に狂ったじゃと?」
「はい。流石に自分の娘に毒殺されるとは思っておらなかったのでしょう。私が駆け付けた時には、母は既にこと切れておりました。現在、我が家の兵達がロズリーヌの引き渡しを求めて、ブルージュ男爵の屋敷を包囲しております」
「ブルージュ男爵ですって!?」
それまで静観していたペルワイズ公が、思わずガタッと椅子を鳴らして立ち上がる。
「そうです。あそこには我が姉をかどわかした張本人。シュヴァリエ・デ・レーヴル様の再来を僭称する愚か者が匿われております」
途端に、ジスタン公が目を剥いて激昂する。
「貴様! なんという事をしてくれたのだ! 我々は彼の少年を庇護し、女王陛下の伴侶として迎えようとしておるのだぞ!」
コルデイユは一瞬驚いた様な表情を見せた後、くすんだ金髪を苛立たし気に掻きむしり、円卓へと歩み寄ると、その手を卓上に叩きつけた。
「だからあなた方老人は、時勢を読めていないのです! たとえ手懐け様とも存在している限り、原理主義者が担ぎ出そうとするに決まっています。親を殺された仇を娘が討つ。民衆が好む美談ではありませんか。王家の安寧の為にも、ロズリーヌの捕縛に合わせて彼の者を誅し、後顧の憂いを経つのです!」
ジスタン公とペルワイズ公は再び顔を見合わせて、同時に大きなため息を吐く。
「ミュラーの次女よ」
「その呼び方はやめていただけませんか? 今や私がミュラー公爵家の当主です!」
苛立つコルデイユを眺めて、ペルワイズ公が喉の奥で笑う。
「何がおかしいのですか!」
「ジスタン公の仰る通りですわ。あなたは当主の器ではありません」
その瞬間、コルデイユは眼球が飛び出るのではないかと思うほどに目を剥いて、ペルワイズ公を睨みつけた。
「孺子共に謀るに足らずとはよく言ったものじゃ。私の目には、お主は油の海のど真ん中で、松明を振り回している様にしか見えん。その野心はあっという間にお主の身を焼き尽くす事になるぞ」
ジスタン公の、その溜め息混じりの呟きと前後して、部屋にコンコンとノックの音が響いた。
「なんです!」
コルデイユが苛立ち混じりに声を上げると、蒼ざめた顔のメイドが部屋へと飛び込んできて、彼女に耳打ちする。
途端に、コルデイユは呆然と立ち尽くし、小刻みに唇を震わせた。
「すでに遅かった様じゃな、ミュラーの次女よ」
ジスタン公のその呟きを聞きながら、ペルワイズ公は、窓の方へと歩み寄って、カーテンを開ける。
秋の柔らかな日差しが差し込み、抜ける様な高い青空がコルデイユの目に映る。
だが、その青空を黒いものが汚していく。
幾筋もの黒煙が、王都の郊外の方から立ち昇っているのが見えた。
「原理主義者どもが、一斉に蜂起したのじゃろう?」
ジスタン公のその問いかけが、コルデイユに重く圧し掛かる。
「あ、ありえません! 幾らなんでも早すぎる! これではまるで……」
「そう、お主は嵌められたのじゃよ。原理主義者どもを焚きつけて、王都の郊外に軍勢を伏せさせ、才子気取りの馬鹿な娘を騙して、彼らの奉じるシュヴァリエ・デ・レーヴルの再来と呼ばれる少年を襲わせる。それを守る事を口実に一斉に蜂起、我ら三大貴族と女王陛下の首を一気に獲ろうという腹じゃろう。全く、誰が書いた筋書きかは知らんが、よくできておるわ」
「あ、あ、あ……」
ジスタン公は、顔を引き攣らせながら、後退るコルデイユを冷たい目で見据える。
「さて、領地ならばともかく、王都には、我々も僅か数百程度しか兵は連れて来てはおらぬ。どうしたものかのう。それに、すぐに各地の原理主義者共も我先にと呼応して、大きな戦乱のうねりとなることじゃろうな」
顔を蒼ざめさせて立ち尽くすコルデイユを見据え、ジスタン公は声のトーンを落としてこう言った。
「さて、お主。うむ、望み通りにミュラー公と呼んでやろうかの。三大貴族の一角。その当主として、お主は、この国に存亡の危機を招いた責任をどう取るのじゃ?」
コルデイユは自分の身体さえ支えられなくなった様に、ペタンと床に座り込み、わが身を抱いて、ただ震えた。
◆◆◆
金色の髪が発光して、まるでかつらの様に暗闇の中に浮かび上がっている。
それは、ノエルの『光』系統の魔法。
エステルが光の魔法で照らしてほしいと言ったら、何故かこうなった。
何も頭を光らせなくても良いとは思うのだが、そこを光らせるのが一番楽なのだと、本人が主張するのだから仕方がない。
まあ、実際、かなり明るい。
ブルージュ男爵の屋敷から地下へと下りて、既に半時間ほどが過ぎようとしている。
じとっとした湿気。
黴臭さが鼻につく。
そんな淀んだ空気の立ち込める地下通路を、一列になって進んでいく第十三小隊の面々。
照明役のノエルが先頭に出て、次にエステル。
ミーロ、ザザと続き、最後尾をヴァンが歩いていく。
やがてさらに十分ほど進んだところで、ノエルが背後を振り返った。
「あはは、なんか行き止まりみたいなんだけど?」
確かに通路の正面には石壁。
左右に曲がれる様な道も無い。
「隠し通路だからな。正面の石壁を調べてみろ」
ザザがそう言うと、ノエルが頷いて、力一杯石壁を蹴りつけ始める。
「お、おい! 調べろとは言ったが、もっとやり方というものが……」
ザザが呆れ混じりに声を上げたのとほぼ同時に正面の石壁が、けたたましい音を立てて崩れ落ちた。
「あはは! これ、ただ積んでただけみたいだね」
「まったくもう……」
そう苦笑しながら、エステルとミーロは顔を見合わせた。
暗闇の中に水音が聞こえてくる。
崩れ落ちた穴から外へと歩み出ると、その先は随分と広くなっていた。
天井はドーム状、汚れた水の流れる水路の脇を、幅二メートルほどの比較的広い通路が続いている。
だが、その通路に出た途端、
「酷いにおい!」
「鼻が曲がりそうであります」
「あはは、くさいね! うん、くさいよ!」
「なんで楽しそうなんだ、お前は……」
ノエルを除く、女性陣は一斉に鼻を摘まむ。
ヴァンもくさいとは思うのだが、牛舎の臭いとどっちが酷いか迷う程度のもので、少なくとも耐えられないというものではない。
左右に続く通路をキョロキョロと見回して、エステルがザザの方を振り返る。
「でどっちへ行ったらいいのかしら?」
「たぶん、あっちが北だ」
ザザが『ある人物』の寝相を思い出しながらそう言うと、その『ある人物』が、
「じゃあ、大聖堂はあっちね」
と頷き、先頭に立って歩き始めた。
ヴァンは最後尾からそれを眺めながら、思わず破顔する。
二人きりの時のコロコロと表情の変わるエステルは、本当にかわいい。
だが、こうして班を率いて、きびきびと指示を出す彼女の事も素敵だと思う。
誰に惚気る訳でも無く、こんな暗い地下の下水道で、幸せを噛みしめている自分が可笑しくなったのだ。
だが、その瞬間のことである。
それは唐突に襲い掛かってきた。
ヴァンの耳元に、荒い息遣い。
どこかで嗅いだことのある、獣の臭いが鼻を衝いた。
「うあっ!」
慌てて振り返ろうとしたヴァンの頬が、ざっくりと切れて血が飛び散る。
突然声を上げた少年。
その声に驚いて、振り向いた少女達の目に、血の流れる頬を押さえているヴァンの姿が飛び込んでくる。
「ヴァン!」
「ヴァン准尉ッ!」
エステルとミーロが驚愕の声を上げ、ザザが周囲に視線を走らせる。
彼女の目には、ヴァンの他には何も見えない。
だが、ノエルは敵の存在を捉えていた。
見えた訳では無い。
下水道の汚れた水の上を、飛び石の様に跳ねる微かな水しぶき、そして、接地時間の短いタッ! という断続的な獣特有の足音。
「そこッ! 光速指弾ッ!」
「何!? どうしたの!」
ノエルの魔法は虚しく、石の天井を穿ち、唐突に魔法を放った彼女に、エステルが慌てて問い掛ける。
「あはは、これはマズいねぇ……」
珍しくノエルの表情が緊張に強張っている。
一度対峙した事のある二人の他には、それが何なのか、分かる筈もなかった。
「あはは……まさかこんなところで再会しちゃうなんてね」
断続的に響く獣の足音。
ノエルは、何もいない通路の奥を、緊張の面持ちで見つめながらこう呟いた。
「久しぶりだね……高速悪魔」
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さて六人目。
第十三小隊が誇るわがままお嬢様。
ロズリーヌ=ミュラー准尉(15歳)です。
幼げな容姿でエロ担当という、ある意味非常にけしからんキャラですね。
画像がちょっと切れているのには訳がありまして、そこにはですね。
お出しできないものが描かれておるのです。
まあ具体的には夜這いモードのエロズリ―ヌなんですけどね。