第七十一話 犬の矜持(※キャラクターラフデザイン公開その3)
「なんだ……やけにものものしいな」
『山猫』の荷台で、シュゼットはボソリと呟いた。
白みゆく空。
清澄な朝の空気。
小鳥の囀り。
通りの両側では、店開きの準備を始める商人達が、慌しく働いている。
シュゼット、クルス、アネモネの三人は、夜が明けると共に、借り受けた高機動車輛『山猫』を駆って、ブルージュ男爵の屋敷を出発した。
向かう先は、王都の外れにある王立士官学校である。
王都の中央を貫く大通り。
『山猫』が、そこを走っていると、先ほどから多くの魔女達が、引っ切り無しに路地の間を行き来しているのが見える。
正規兵ではない様だが、どこかの家の私兵なのだろう。濃紺の軍服めいた服装が、尋常ならざる不穏さを醸し出している。
こんな朝早くから、只ならぬ様子で行き来する軍人らしき魔女達の姿に、商人達は手を動かしながらも、不安げな表情を浮かべている。
魔女達は、シュゼット達の姿を見止めると、何かを確かめる様にじっと眺めた末に目線を逸らした。
「誰かを探している様だな。どこぞの貴族の屋敷に賊でも入ったか……」
独り呟くシュゼット。
だが、そんな魔女達の事には興味が無いとばかりに、クルスは、その呟きを全く無視して、御者席のアネモネへと語り掛けた。
「なあ、アネモネ嬢ちゃん。おばちゃん、ちょっとは丸くなってんのかい?」
「大尉殿が王立士官学校にいらっしゃった頃の事を存じあげませんので、何とも申し上げにくいのですが……。少なくとも私が知る限りは意気軒高、老いて益々盛んという印象です。……素晴らしい試練を与えてくれる方だと思っております」
「うわぁ……」
アネモネのその回答に、クルスは思わず目元を覆って天を仰ぐ。
「中尉、顔色が優れないようですが?」
「あ、ああ、ちょっと色々と思い出しちまってな」
その時、シュゼットが思い出した様に口を開いた。
「そういえば、ヴァンの妹……レナードだったか、あいつもセネリエ教官の指導を受けていた筈だが、アネモネ、お前の在籍次期とも被っているのではないか?」
こちらを指さしている子供に笑顔で手を振りながら、アネモネは答える。
「はい。ですが、顔と名前は知っているという程度です。年次も違いますし、もちろんヴァン准尉の身内の方だとは存じ上げませんでした。それに……」
「それに?」
「私の知る限り、本来王立士官学校に入学できるような実力では無いと、セネリエ教官も匙を投げられたとか……」
シュゼットは思わず苦笑する。
そうなるだろうと分かった上で、推薦したのは彼女自身だからだ。
少なくともこの国の女性は、他国出身でも無い限り、全員が全員魔女なのだ。
そのトップに位置する一握りの魔女が集う王立士官学校で、たかが田舎で少々優秀と言われる程度の魔女が、通用する訳が無いのだ。
そう考えてみれば、ヴァンとミーロを除く全員が、王立士官学校を卒業している第十三小隊の面々は、エリート部隊と言えなくもない。
いや……ノエルは中退だった。
実技はともかく座学のあまりのひどさに退学させられかけたところを、その才能を惜しんだ当時の指導教官がラデロに頼み込んで、マルゴ要塞に軍人として捻じ込んだのだ。
「そういえば、ノエルはもう大丈夫なのか?」
「ええ、今朝はまだお目覚めではありませんでしたが、顔色も良かったです。ただどちらかというと、ノエル准尉よりもロズリーヌ少尉とベベット准尉の方が気になります」
「何がだ?」
「私が目を覚ました時には、お二人の姿が見当たらなかったものですから」
シュゼットは、少し首を傾げる様な素振りを見せる。
「まあ、あいつらも満更バカではない。外出は禁じておるのだ、大方風呂にでも入っておったのだろう」
このあたりのシュゼットの見通しは、甘いと言わざるを得ない。
残念ながら、満更のバカだったりするのだ、彼女達は。
「ともかく、セネリエ教官を通じて、どうにか今日中には女王陛下に謁見する。それが我々の目標だ。いいな」
◆◆◆
ミュラー公爵の屋敷から南に二キロほど下ると、旧市街と呼ばれる地域がある。
それは、王都の発展についていけずに、取り残された地域。
貧しいもの達が寄り集まって生きる、いわゆる貧民窟である。
その小汚い街並みの一隅、饐えた臭いのする路地裏。
山と積まれた空の酒樽の影で、ベベットは影の中から頭を覗かせて、きょろきょろと左右を確認する。
見上げれば、建物に切り取られた四角い空が白み始めている。
朝の訪れ。
多数の魔女の捜索の手を振り切って、彼女達はどうにか、ここまで逃げ切る事が出来た。
「んんっ!」
ベベットは表に這い出ると、影の中へと手を突っ込んで、ロズリーヌを引っ張り上げ、次に頭陀袋で拘束されたままのエリザベスを乱暴に放り出す。
ロズリーヌは影から表に出るなり、ペタンと地面に座り込んで、両腕で自身の身を抱いて唇を震わせた。
彼女は明らかにショックを受けていた。
自らの目の前で、母親が殺されたのだ。
それも恐らく、血のつながった妹の手で。
ベベットは彼女から目を背けて、唇を噛みしめる。
「根暗女、もういいでしょう。この拘束を解きなさい」
そんなベベットの足下でエリザベスが、静かな声音でそう言った。
「あなたにも聞こえていたでしょう。我が君は……ミュラー公は最期に、私にこの出来損ない女を守れと仰った。私にはソレを守る義務があるのよ」
ベベットが値踏みする様な目を向けると、エリザベスはじっとその目を見つめ返してくる。
やがてベベットはエリザベスの隣にしゃがみ込み、その拘束を解いた。
「……信用した訳じゃない」
「それで構わないわよ。ミュラー公のご意志に逆らってまで、アナタ達を害する理由がないだけだもの。仲良くしたいなんて思ってないから」
長く拘束されていた身体をほぐすように、首と手首を回しながら、エリザベスは呆けたまま座り込んでいるロズリーヌへと歩み寄り、その鼻先に指を突きつける。
「いつまで呆けているつもり? 我が君があなたに望んだのは死を悼むことではないでしょう?」
ロズリーヌの身体の震えがピタリと止まる。
彼女はゆっくりと視線をエリザベスの方へと向けると、腹立たしげに、心底腹立たし気に、顔を歪める。
「飼い犬のクセに、偉そうに」
「犬には犬の矜持があんの。尻尾を振る相手ぐらい自分で選ぶわ。主人があなたを守れと仰ったんだもの。その最期の願いに後ろ足で砂を掛ける様なことはできないわよ。たとえそれが、守る価値があるかどうかも分からない、出来損ないであったとしてもね」
肩までの黒髪を揺らして溜め息を吐くと、エリザベスはロズリーヌの前に跪いた。
「私はお前……いや、アナタにつきます」
その目をじっと見つめ返して、ロズリーヌが言った。
「イヤですわ。あなたワタクシとキャラが被ってますもの」
「なっ!?」
エリザベスが思わず目を見開いたのとほぼ同時に、大通りの方から「いたわよ!」という声が響いて、バタバタと多くの足音が近づいてくる。
「アナタねぇ! この期に及んでキャラがどうとか! 普通こんな状況であなたの味方になってくれる人間なんて、そうそういませんわよ!」
ぷんすかと声を上げるエリザベスの肩を捕まえてベベットが、力尽くで影の中へと放り込む。
そして、
「話はあと、まずは逃げる」
ベベットのその一言に頷くと、ロズリーヌはベベットの影に飛び込んだ。
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キャラクターラフデザイン三人目は、
ベベット・フォンティーナ曹長(16歳)です。
いつもぼーっとした感じのベベットさん。
めんどくさがりなのに、作中ではなぜか一番働いてると噂の彼女です。
運転技術に秀でていて、諜報技術にも長けていて、頭脳も明晰。
魔法も使い勝手が良い。実は隠れチートなベベットさん。
地味に見えるかもしれませんが、ロズリーヌ班はあとの二人が金髪なので、三人並ぶと実は彼女が一番目立ってたりします。