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第六十九話 母と娘(※キャラクターラフデザイン公開その2)

 夏用の薄い掛布から覗くコットン生地の夜着。


 窓から入り込んでくる月明かりだけでは、正確な色目は分からない。


 月明かりに照らされて青……に見えるという事は、白なのかもしれない。


 ベッドの上で身を起こしたその女性は、金色の髪を一つに纏めた美しい女性。


 年齢は三十代も半ばを過ぎているというのに、その肌にはまるで少女の様な瑞々しさを湛えている。


 ロズリーヌの母にして、この国の権力を握る一角。


 ミュラー公ジョセフィーヌであった。


 そもそもロズリーヌは母親似である。


 ベッドの上のジョセフィーヌの姿は、ロズリーヌが(わずか)かに歳を重ねた後を想像させる様な女性であり、その若々しさは、おそらくロズリーヌの姉と称しても通じる事だろう。


 彼女は静かに目を開くと、その視線をロズリーヌへと向ける。


 慌てる事もなければ、驚くような様子もない。


 寝起きだというのに眼差しは鋭く、ふわふわした様子は欠片(かけら)も見当たらない。


 そして彼女はあらためてロズリーヌを見据え、(たしな)める様な口調で言った。


「母娘とはいえ、夜中に部屋に忍んでくるのは感心しませんね、ロズリーヌ。万一、私があなたのお父さまと、ベッドを共にしている真っ最中だったら、気まずいとは思いませんでしたの?」


 ロズリーヌはドン引きする。


 気まずいどころの話では無い。


 というか、正直、親の口からそういう生々しい話は聞きたくない。


 ロズリーヌが苦い物でも口に突っ込まれたかの様な顔になったのを目にして、彼女はコロコロと笑う。


 ロズリーヌはハァと息を吐くと、母の目を見据えて、いきなり本題を切り出した。


「お母さまにお願いがございます。ヴァン様の暗殺をお止めください。誤解なのです。女王陛下がどのようにお考えであろうと、ヴァン様には何の野心もございません。王位を受けるおつもりもございませんわ」


「王位?」


 ロズリーヌの真剣な表情を不思議そうに眺めて、ミュラー公は首を傾げる。


 そして、腕組みして考え込む様な素振りを見せた末に、ポンと手を打った。


「ああ、例の魔法を使う少年の話ですか……」


「そうです。ヴァン様にそのつもりがない以上、ミュラーの御家を脅かす事もございません。お命を奪う必要なんてどこにもありませんわ」


「どうしましたの、ロズリーヌ。そんなに必死になって。アナタらしくも無い」


 顔を突きつける様に迫ってくる娘に、ミュラー公は戸惑うような表情を見せた後、思い立ったようにニヤニヤした笑いを浮かべた。


「ははぁん。ロズリーヌ。アナタ、その少年に惚れましたね」


「はい、惚れました!」


 間髪入れず言い放つロズリーヌに、ミュラー公は思わず呆気に取られた。


「ですので! たとえお母さまのご意思であろうと、ワタクシはヴァン様をお守りします。そしてヴァン様をワタクシの伴侶にお迎えできるのであれば、次期当主をコルデイユに奪われ、平民に落とされたとしても文句は申しませんわ」


「ちょ、ちょっと待ちなさい! ロズリーヌ! 昔から我が娘ながら、話の通じない娘だとは思っていましたが、さっぱり訳がわかりません。まず、暗殺とは何の事を言っているのですか?」


「何のことって……お母さまの子飼いの暗殺者が、カントの村でワタクシ達を襲った事に決まっているじゃありませんか!」


「バカなことを言わないでちょうだい。自分の娘に刺客を差し向ける親がどこにいますか! それにその少年については、女王陛下とローレン殿、それと我々三大貴族との間で既に決着しています!」


 角を突き合わせる様に怒鳴りあった母娘の間に、唐突に静寂が舞い降りる。


「……決着?」


 ロズリーヌは思わず片眉を跳ね上げて怪訝そうな顔をする。


「女王陛下は王権を譲られたりはしません」


「では、女王陛下はヴァン様を排除なさられようと……」


「そうではありません……男性を王位につけることの反発の大きさを思えば、性急に禅譲する事は得策ではないと理解されたのです。我々とローレン殿の説得によって」


 そこまで言って、ミュラー公は僅かに視線を落とす。


「アナタのその想いを聞かされた後では、非常に口にしにくいのですけど……ただ、あの少年を女王陛下の伴侶に迎えて、庇護しようというだけですわ」


「女王陛下の伴侶ですって!?」


 ロズリーヌが思わず声を上げると、彼女の足元に(わだかま)る影の中から、ベベットが顔を出して首を振る。


「それは困る」


「……なんで、ベベットさんが困るんですの?」


 なんとも言い難い沈黙がその場に居座る。


 そして、ベベットは眼を逸らしながらこう言った。


「重要なのはそこじゃない。暗殺者のこと」


「そ、そうですわね。お母さま! ワタクシ達はカントの村で確かにお母さまの子飼いの暗殺者に襲われましたわ」


「ですから、そんな事をする訳がないと言っているでしょう」


「しらばっくれても無駄ですわ。実際、ここに暗殺者を一人捕らえておりますのよ。ベベットさん! 出して」


 ベベットはコクリと頷くと、影の中から首から下を頭陀袋に包まれる形で拘束されている暗殺者の少女、エリザベスを引っ張り出した。


「お母さま、この者に覚えがございますでしょう?」


 薄暗さに目を細めて、暗殺者の少女をじっと見つめて、ミュラー公は顔を顰める。


「……リズ、アナタはそんなところで、一体何をしているのかしら」


 ミュラー公の声のトーンが冷ややかな低いものへと落ちて、暗殺者の少女は顔を引き攣らせて震え上がる。


「wa、我が君……申し訳御座いません。恥ずかしながら、こういう事に……」


 リズと言えば、通常エリザベスの愛称である。


 何が「偽名ですもの」だ。


 と、ロズリーヌは胸の内でそう呟いて、ミュラー公の方へと目を向ける。


 するとロズリーヌの目の前で、次第にミュラー公の顔色が濃くなっていくのが分かる。


 明るいところで目にしたならば、ミュラー公の顔色は、怒りに真っ赤に染まっていることだろう。


 ロズリーヌは後退(あとずさ)って、身構える。


 これ以上無い証拠を突きつけたのだ。


 この先は予想できない。


 開き直って、言葉でロズリーヌを篭絡しようとするか、場合によっては、自分でケリをつけるべく、襲い掛かってくるかもしれない。


 血のつながった母親だとはいえ、それも有り得ないことではないのだ。


 ミュラー公自身も当然の魔女。


 それも水系統第四階梯の魔女だ。


 普段は穏やかな小川の様であったとしても、突如激流に変化する様子は、幼い時から何度も見てきている。


 主にその伴侶(おとうさま)の浮気に接した時だが。


 ロズリーヌはすぐにもベベット影の中へと飛び込めるように、(わず)かに膝を落として警戒する。


 だが、ミュラー公の発言は、彼女の予想を裏切った。


「誰の指示で、ワタクシの娘を襲う様な、バカげた真似をしたのかと聞いておるのです!」


 その瞬間、ロズリーヌと暗殺者エリザベスは眼を見開いて、全く同じ表情を浮かべた。


「は!? え!? も、申し訳ございません! た、ただ、わ、私は我が君のご命令であると、コルデイユ様から……」


「コルデイユぅ、あの子はほんとに! 余計な気を回して……」


 ミュラー公は苦々しげに吐き捨てると、腕を伸ばしてベッドの脇机の上から、銀の鈴を掴み、苛立ち混じりにそれを鳴らす。


 途端に隣の部屋で慌ただしく人の気配がして、すぐに扉を押し開けて、メイドが顔を覗かせる。


「お呼びでございますか、我が君!」


 そう口にしたところで、メイドはギョッと目を剥く。


 薄暗くて顔までは分からないが、主以外誰もいない筈の部屋に、三人ほども人間がいるのだ。


 だがミュラー公は、そんなメイドの様子を気にかける素振りも見せずに怒鳴りつける。


「コルデイユをお呼びなさい! 今すぐにです!」


「は、はい! ただ今!」


 慌てて部屋を飛び出して行くメイドの背を見送って、溜め息を一つ吐くと、ミュラー公はロズリーヌへと優しく微笑みかけた。


「もうあなたにも分かったと思いますけど……」


「コルデイユの独断だと、おっしゃりたいのですか?」


「ええ、そうです。コルデイユは聡い子ですわ。おそらく色々と先回りした結果、そういう結論を出して動いたのでしょう」


「ではお母さま……お母さまは何もご存じなかったと言う事なのですか?」


「そうですわね。(むし)ろ知っていたら、娘が女王陛下と男性の奪い合いをせねばならぬような事態は、避けられたのですけどね」


 ミュラー公は小さく嘆息すると、ロズリーヌは気まずそうに顔を伏せた。


「ですが……」


 そう口にした途端、ミュラー公の目が鋭い光を放つ。


「可愛い我が子が、そこまで惚れ込んだ相手だというのであれば、力尽くでもぶんどるのがワタクシの流儀ですわ。それがたとえ女王陛下であったとしてもね」


「お、お母さま? い、いえワタクシは、ただヴァン様のお傍にいることができれば、それで……」


「甘い! 激甘ですわ。ロズリーヌ。欲しい物は必ず手に入れる。それが我が家の流儀ですわよ。あなたのお祖母様もそう、ワタクシもそう。煮え切らないお父様に決意させるために、無理やり襲って子供を孕みましたのよ。ワタクシは」


「え……」


 それはすなわち、一番目の子。つまりロズリーヌの事だ。


「あの時は、三日三晩……」


「ちょ、ちょ、ちょ、お母さま! お母さま! そこまで、そこまで!」


 繰り返すようだが、やっぱり自分の親のそういう話を聞かされるのはキツい。


「あなたが、そこまで好きな男だというのでしたら、当然もうお腹に子どもぐらいは宿しているのでしょうね。うふふ、孫の誕生が待ち遠しいですわ」


「ま、孫!?」


 ロズリーヌの顔が盛大に引き攣る。


 照れるどころの話ではない、はっきり言ってドン引きである。


 ところがロズリーヌのその様子に、ミュラー公は不満げに口を尖らせる。


「なんですの……まだなんですの?」


「あたりまえですわよ! ヴァン様とワタクシはまだ、そういう仲ではありませんのよ。それにコルデイユに当主の座をお譲りになるのであれば、あの子の孫を楽しみになされば良いではありませんの」


「馬鹿をおっしゃい。誰が言ったか知りませんけど、あの子に当主など務まる訳がありませんわ。それは確かにあなたよりあの子の方が、魔力も上、階梯も上、頭の良さも上ですわ」


「はっきり仰るんですわね」


 ロズリーヌが思わずムッとすると、ミュラー公は弾かれるように笑い転げた。


「あはははは、だってしょうがないじゃないの。事実ですもの。……ですが、ロズリーヌ。コルデイユには思いやりというものが欠けているのです……。人望のないものに当主など務まる筈が無いではありませんか」


 笑い過ぎたのか、ミュラー公は少し咳き込むと、ベッド脇の水差しに手を延ばす。


 そしてグラスの水を半分ほど飲んで一息つくと、ロズリーヌを手招きした。


 ロズリーヌが、歩み寄るとグラス片手に、手を伸ばして、


「でも……ワタクシにとっては、あなた達は二人とも可愛い娘なのよ」


 と、彼女の頭を優しく撫でた。


 三大貴族の一角、当主としての苛烈な相貌を見続けてきたロズリーヌにとって、それは余りにも意外で、驚きの出来事であり、そして何より――嬉しかった。


 思わずロズリーヌの目尻に、涙が浮かぶ。


 だが、その瞬間の事である。


 ミュラー公の手からグラスが滑り落ち、ベッドの端で跳ねて、床の上で砕け散った。


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キャラクターラフデザイン公開 二人目は自称『重い女』

ザザ=ヴィダーラ曹長(18歳)です。(※階級は書籍版準拠)


挿絵(By みてみん)


えーと……もうザザがヒロインでいいんじゃないかな。

さくらねこ先生……。

これ、もうヒロイン級のキャラクターデザインです。

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