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第七話 おやすみ

「中佐はあんなこと言ってたけどぉ、本当に手を出しちゃダメよぉ」


「わ、わかってます……」


「まあ……ヴァン君は心配は無さそうだけど……。問題なのはあの()の方ね、もちろん違う意味だけど」


 リュシールは、とぼとぼと最後尾をついてくるエステルを振り返って、苦笑する。


 彼女が振り向くと、胸のあたりで慣性の法則の観測が出来てしまう。


「えーと、(ラパン)ちゃんは……」


「アパンでありますぅ……」


 ミーロは情けない表情で抗議した。


「あらごめんなさい。で、(ラパン)ちゃんはヴァン君のことは平気そうね」


「う……。自分は家でも兄と弟達と一緒の部屋だったので、男の人に抵抗は無いであります。そ、それにヴァン軍曹はとっても優しそうでありますし……」


 ミーロがそう言ってはにかむと、リュシールはうんうんと頷く。


 それに合わせて、やっぱり上下に胸が弾んだ。


「二人には、ほとんど一緒に行動してもらう事になるから、仲良くしてもらえると助かるわぁ」


 リュシールはそう言うと急に神妙な表情になって、言い含める様にミーロに顔を突きつける。


「それにね、(ラパン)ちゃん。戦場に出てみれば分かると思うけど、私達魔女と違って男の人ってあっさり死んでしまうの。だから(ラパン)ちゃんも、ヴァン君の事を守ってあげるつもりでいてね」


「了解であります!」


 二人はなにやら打ち解けた雰囲気で微笑みあっているが、その後をついて歩くヴァンの心境は複雑だった。


 今聞こえてきた二人の話が事実であれば、ヴァンは魔法が使えない人間なら、あっさりと死んでしまうようなところに放りこまれるということだ。


 そして、こんな小さな女の子にさえ守られなければならない立場なのだ。


 ――でも魔法は使えないんでしょ?


 つい先ほどのエステルの発言が、重みを持ってリフレインされる。


 思わず、ずっと後ろを項垂(うなだ)れる様に歩いているエステルの方へと目を向けると、目が合ったその瞬間、彼女はビクリと身体を跳ねさせて、今にも泣き出しそうな顔をした。


 ――ああ、これは重症だ。


 先程、不遜(ふそん)な態度で上官に喰って掛かっていた人物とは、まるっきり別人である。


 それだけ「(はら)ませる」という言葉の衝撃が大きかったのだろう。


 これまで誰かに嫌われることを苦痛に思ったことは無かった。


 なのに今、仲良くなるのは無理だとしても、せめて彼女にこれ以上嫌われずにすむ方法はないかと模索している自分に気付いて、ヴァンは思わず深い溜息をついた。


 リュシールを先頭に、すでに十分近くも歩いているが、ずっと変わらない風景。


 薄暗い石畳の通路が延々と続いている。


 外から見た時にも、このマルゴ要塞の大きさには圧倒されたが、中に入ってみれば、ますます尋常な大きさではない事が分かる。


 コツコツと石畳の廊下に足音を響かせながら長い階段を登って、ぐるぐると廊下を歩きまわった末に、ヴァン達は廊下の両側にずらりと扉が並ぶ区域(エリア)に辿り着いた。


「ここからが宿舎棟よぉ、もうちょっとで着くわよ」


 リュシールがそう言いながら振り向いた。


 多分ここは地下ではないと思うのだが自信が持てない。


 明日もう一度ミーティングルームに来いと言われても、ヴァンは正直たどり着ける気がしなかった。


 そのまま歩みを進めて行くと、一定区画ごとに数字の書かれた鉄板が壁面に埋め込まれているのが見える。


 それが『十三』という数字の所まで来て、リュシールが足を止めた。


 その瞬間ぽよんと胸が前後に揺れた。


「ここから次の『十四』という数字のところまでが、私達、第十三小隊(トレーズエキップ)に与えられた部屋よぉ」


 すかさずミーロが指さしながら、扉の数を数える。


 全部で十室。


「では、我々の小隊の構成員は四十名ぐらいという事でありますか?」


 一部屋に四名と計算したのだろう。


 要塞までの道のりの間にシュゼット中佐に教えられた知識によれば、三十名から六十名の部隊を小隊と呼ぶはずなので、規模的には外れていない。


 だがリュシールは小さく首を振る。


「使ってない部屋がほとんどなの。隊員は私とエステル准尉を含めて六名、今日あなた達が配属されて八名ね」


「「え?」」


 ヴァンとミーロは思わず顔を見合わせた。


「中尉、でも八名の小隊というのは、相当規模が小さい様に思うのでありますが?」


「うんそうねぇ、八人って言ったらぁ、普通は分隊規模だもんねぇ」


「じゃ、じゃあ何で『小隊』なのでありますか?」


「一応、上級士官の私が率いる部隊だからというのが一つ。あとはこの先何人増えるか分からないからっていうのが一つね」


 ミーロが首を傾げる。


「分からない?」


「うふっ、軍隊にとってコミュニケーションって大切よね」


「それはもちろんであります」


「ここはねぇ、能力はあるのに他の人間と上手くやっていけない問題児の隔離場所。ある程度好き勝手やっていいけどぉ、そのかわり最前線や危ないミッションに積極的に投入される問題児達の独立部隊なのぉ」


 それを聞いた途端、ミーロの顔色が見る見る青ざめていく。


「じゃあもしかしてここは……あの悪名高い死の十三ニュメロモール・トレーズということでありますか!?」


「あらぁ、良く知ってるのねぇ」


 感心するような調子のリュシールの言葉とは裏腹に、ミーロは目を見開いたままぺたんとその場に座り込んだ。


「まあ夜も遅いから今日はもう休みなさい。二人はこの部屋ね。明日からはそこにエステル准尉も入ることになるけどぉ」


 リュシールが扉の一つを指差すと、遠く離れたところに立っていたエステルがパタパタと駆け寄ってきてリュシールに(すが)りついた。


「ちゅ、中尉ぃ……」


 じわっと目尻に涙を貯めて、捨てられた子犬の様な目で訴えかけるエステル。


 それを慈愛に満ちた表情で見つめながら、リュシールは――ダメ出しした。


「ダーメ。ダメったらダメよぉ。自業自得だもの。それにエステル准尉とヴァン君が一緒の部屋だと色々都合が良いのよぉ」


「都合が良い?」


 エステルは涙目のまま、首を傾げる。


「男嫌いのエステル准尉なら、一緒にしてても男女の間違いが起こらないでしょ?」


「当然よ、気持ち悪い!」


「でも、他の子はそうじゃないのよぉ、年頃の女の子達の中に大人しい男の子が入ってきちゃったんだから、気になって仕方ないと思うのよねぇ。ちょっかい掛けてくる様な娘もいると思うわぁ。でも、乱暴者のエステル准尉が一緒なら誰も寄り付かないでしょ?」


「乱暴者なん……ですか?」


 ヴァンが思わずそう口にした途端、


「ああんッ?」


 エステルが顎をしゃくる様にして、睨み付けてきた。


 エステルの殺意の籠った視線に貫かれながら、ヴァンは乱暴者という言葉が事実であることを確信した。


 ◇◆


「じゃあ、それぞれ部屋に入っちゃいなさい」


 と追い立てられて、ヴァンとミーロは割り当てられた部屋へと入った。


 部屋は思ったよりも広かった。


 正面の壁には天井近くに明り取り用の小さな窓、中央に四人掛けのテーブルがあって、その左右に小机の付いた二段ベッド。


 扉の両脇の壁に四つのクローゼットが設置してある。


「あ、あのミーロさん、ベッドの上と下、目上の人はどっちで寝るんでしょう」


「そうでありますね、ちゃんと決まっている訳では無いでありますが、前の部隊では、はしごを登らなくても良い、下の段を先輩が使っておられたであります」


「……なるほど、じゃあ僕こっちの上で寝ますね」


「上が良いでありますか? じゃあ自分はその下にするであります。向こう側を准尉殿に丸ごとお使いいただく方が良いであります。まだ大分ヴァン軍曹のことを警戒されておられた様でありますし……」


「あれは……警戒というか……」


 ――敵視だよね。


 ヴァンが苦笑しながら胸の内でそうつぶやいて、二段ベットの梯子(はしご)に手を掛ける。


 だが、そこでミーロがシャツの裾を引っ張った。


「ヴァン軍曹ダメであります。その恰好で寝たらシャツがシワになってしまうでありますよ」


 ヴァンの服装はというと、出て来た時のままのフリル一杯のシャツにキュロットとタイツと、いかにも貴族のお坊ちゃまという服装。


 だが、つい昨日まで食うや食わずの生活を送ってきたヴァンとしては、服装など気にしたこともないし、それ以前に身一つでここに連れて来られたのだ。


 着替えなど持っている筈も無い。


「ちょっと待っててくださいであります。えーと普通ならここに……」


 そう言うとミーロはクローゼットの扉を開けて、中を覗きこむ。


「あっ、あったであります」


 中から取り出したのは、カーキ色をしたノースリーブのカットソーと同じ色のショートパンツ。


「どっちも女性ものの支給品でありますが、それほどおかしくは見えないと思うであります」


 そう言ってヴァンの方へ服を押し付けると、ミーロはすんすんと鼻を鳴らす。


「えへへ、ヴァン軍曹も兄様達と同じ匂いがするでありますね」


「あ、ごめんなさい、臭い……ですよね」


「ち、違うでありますよ。慣れ親しんだ匂いなので……自分はなんとなく安心できるであります」


 ミーロはそう言って少しはにかむと、ヴァンを見上げながら言葉を続ける。


「ヴァン軍曹……大丈夫でありますよ。同じ部隊で背を預ける人間が、嫌ったり嫌われたりしてるのは、寂しい事であります。自分もお手伝いしますから、エステル准尉とも、きっと仲良くなれるであります」


 ミーロはそう言ってニコリと微笑む。


 ヴァンは、自分が酷く不安げな表情をしていた事に気付いて、思わず苦笑した。

 

 そのまま梯子に手を掛けて上の段に登ると、下の段でミーロが横たわって、ギッとベッドが軋む音がした。


「じゃあヴァン軍曹、おやすみなさいであります」


 そう言ってミーロは、ベッド脇の小机に置かれたカンテラに手を伸ばして、灯りを消した。


「お……おやすみ」


 この言葉を口にしたのは、いつ以来だろうか?


 月明かりだけの薄暗い部屋にはしばらくの間、少年が着慣れない服と格闘する音が聞こえていた。

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