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第六十四話 カントの戦い その11(カントの戦いエピローグ)

「もう女装、やめちゃダメですか……?」


「ダメに決まってるだろう。今回は女装してたお陰で助かったんだろ?」


「それはそうなんですけど……」


「いいじゃない、すっごく似合ってるんだから。文句言わないの」


「エステルさんまで……」


 霞がかった意識の中、すぐ傍で誰かが会話しているのを、聞くともなしに聞いている。


 意識が鮮明になってくるに連れて、頬の下で床がガタガタと揺れるのを感じて、令嬢は不快気に顔を歪めた。


 (おもり)でもぶら下がっているかの様に、重い(まぶた)をゆっくりと開くと、薄暗い空間に幾人もの影が見える。


 未だ暗闇に慣れぬ目を見開いて、自身の身体の方を凝視してみれば、首から下は麻の様な布に覆われていた。


 これは……捕まったみたいね。


 はっきりしない頭で、自分の身に何が起こったのかを思い出そうと、思考を巡らせる。


 そして、紅いドレスを着た少年の、よくわからない魔法で、否応なしに魔力を吸い取られて昏倒したことに思い至って、令嬢は思わず身体を跳ねさせた。


「ん? 起きたか」


 頭上から降って来た声に、思わず目を向けたその瞬間、焦げ茶色(ダークブラウン)の髪の女と目が合った。


「人喰いィ……」


 仲間を殺した女の姿を見止めて、令嬢は獣の唸る様な低い声を漏らした。


◇◆


「おーい、シュゼットぉ、こいつ目ぇ覚ましたぞ」


 クルスが間の抜けた声で呼びかけると、嫌がるヴァンの髪を、無理やり櫛で()いていたシュゼットが、煩わしげに返事をする。


「私は忙しい。貴様が相手をしてやれ」


「おいおい、無茶言うな。すっげぇ睨まれてるんだぞ、オレ」


クルスが救いを求めるような声を上げた途端、


「では、代りにワタクシがお話させていただいても?」


 と、ロズリーヌが口を開くと、シュゼットは「好きにしろ」と心底興味無さげに応えた。


 LV-05『(リノセロス)』はカントの街を出て、今は街道と並行して続いている山道を一路、東へと走っている。


 御者台にはザザ。


 荷台の端にはノエルとミーロが横たわり、包帯まみれのアネモネがそれを甲斐甲斐しく看護している。


 木箱にちょこんと座らされたヴァンを、シュゼットとエステルがとりかこみ、そのすぐ脇で三角座りのベベットがぼうっとそれを眺めていた。


 ノエルたちが横たわっているのとは逆の端、車両の最後部に転がされている令嬢を蹲踞(そんきょ)の態勢で見下ろしているクルス。


 ロズリーヌがその傍へと歩み寄ると、令嬢がからかうような口調で声を上げる。


「あはは、出来損ないお嬢様、どうですの? 勘当されたご気分はいかがかし……ぐふうぅ!?」


 ところが、令嬢のその言葉は、途中から呻きに変わる。


 頭陀袋の真ん中辺り、令嬢の腹部にロズリーヌのヒール、その尖ったつま先が深く減り込んだ。


「おいおい……」


 クルスが呆れた様に首を竦めるも、ロズリーヌは意に介さず、令嬢の髪を掴んで無理やり身体を起こし、その鼻先に顔を突きつける。


「誰が喋っても良いなんて言いました? 立場を(わきま)えなさいな、小汚い暗殺者」


 令嬢が殺意に満ちた目で睨みつけると、ロズリーヌは加虐心も露に嗤い、令嬢の身体を荷台へと叩きつける。


「逃げ出そうとしても意味ないですわよ。上手く逃げおおせたところで、暗殺に失敗するような無能を、お母様が許すわけありませんもの」


 ロズリーヌのその言葉に令嬢は唇を噛みしめる。


 残念ながら事実だ。


 ミュラー公に不要と見做されたが最後、命は無い。


「サハは……私のメイドは?」


「誰が質問して良いと言いましたの!」


 そう言ってロズリーヌが再び、令嬢の腹部を力一杯蹴り上げると、背後でヴァンが思わず声を上げた。


「ロ、ロズリーヌさん、あまり乱暴は……」


 ロズリーヌと荷台の上で呻いている令嬢の間を、おどおどした視線を往復させるヴァンを振り返って、ロズリーヌは蕩ける様な微笑を浮かべる。


「まあ、なんてお優しい」


 そして、苦し気に呻く令嬢をあらためて見下ろし、吐き捨てる様に言った。


「ヴァン様の慈悲に感謝なさい。あのメイドも他の連中も無事。アナタも全てが終わった後、解放するように仰せですわ」


「は?」


「ええ、アナタはとりあえずの人質ですわ。まあ、解放されてもお母さまの下には戻れないでしょうから、どこへなりと消えてしまえば良いですわ」


「ふふ……ずいぶん、甘いんですのね」


「ええ本当に。ヴァン様が仰らなければ、アナタなんて八つ裂きにしてやりたいところですわ」


「ははは、まあまあ。良いじゃねぇか。ここから先も毒には警戒しなきゃならねえ。その点こいつがいる間は、毒に対応できるんだからよ」


 苦虫を噛み潰した様な表情のロズリーヌ。クルスが馴れ馴れしくその肩に手を回すと、彼女は気持ちが悪いとでも言いたげに、手でそれを払いのけた。


「まあ確かに、キス要員……いえこのザマですし、キス奴隷というところですわね」


「キ……キス奴隷!?」


 令嬢が思わず顔を蒼ざめさせると、


「い、いや……いくらなんでもそれは……」


 と、ヴァンが慌てて声を上げる。


 すると、令嬢はヴァンの方に視線を向けて、目尻に涙を浮かべながらキッと睨みつけた。


「身動きの取れない女を辱めようというのね! 恥を知りなさい! このキスマン!」


「キスマン!?」


 イヤ過ぎるあだ名をつけられて思わず凹むヴァン。


 「凹むヴァンもかわいい」とシュゼットとエステルが目尻を下げるのを見て、クルスは、


「おまえら……もうほんとになんでもいいんだな」


 と呆れた。


 一方、


「ザザ准尉、代わります」


 アネモネは御者台のザザの隣に座ると、そう声をかけた。


「かまわない。お前はもう少し休んでろ。少なくともカントでは私は何の役にも立てなかったからな。ちょっとは働いて、役に立った気にでもなっておかないと自尊心が擦り切れる」


 ザザらしい、その物言いにアネモネはくすりと笑う。


「それと……なんだ、ベベットの事は悪く思わないでやってくれないか。アイツはアイツで仲間おもいなだけなのでな」


 カントでノエルが毒にやられた際、ベベットがアネモネを犯人扱いして突っかかったことを言っているのだろう。


 アネモネは目を閉じると、小さく首を振った。


「はい、仕方ないことだと思います。確かに怪しいですし。わざわざ望んで、『死の十三』にやってくるような私の様な物好きは……」


「私もそうだ。自分から望んで『死の十三』に来た。死に場所を求めて王都から流れてきたんだ」


「存じ上げています」


 アネモネのその返事に、ザザは思わず眉根を寄せる。


「ラデロから聞いています。私とは真逆ですね。私は()く生きるため、強く、もっと強くなるために、艱難辛苦を求めてここへ来たんです」


()く生きるため? バカな、死ねば終わりだぞ」


「その時はその程度でしかなかったんだと諦めます」


 ザザが何かを言おうと口を開きかけた途端、


「ちょっとぉ! ベベット! あんた何やってんのよ!」


 突然、エステルが背後で大声を上げた。


 振り向いてみれば、ヴァンの直ぐ隣でしなだれる様に横座りになったベベットが、彼の膝に頭を載せて気持ちよさそうに目を細めている。


「気にしなくていい」


「するわよ!」


 ザザとアネモネは思わず目を見合わせて、苦笑する。


 どうやら火種がもう一つ増えたらしい。


 エキサイトするエステルを、シュゼットがなぜかジトッとした目で眺めて、口を開いた。


「まあ、おちつけエステル少尉。私はベベット准尉よりも、むしろお前の方が気になる。おい、ヴァン! お前、今どの属性の魔法が使える」


「え!? ……あの……その」


「怒らないから正直に言ってみろ」


「……炎です」


「隠れてコソコソしてたと思ったら、すぐにヴァンの魔法が炎属性に戻ってるのはどういうことだ! おい、目を逸らすな。炎など、直接攻撃にしか使えないんだから、少しは自重しろ」


 エステルがぶうと頬を膨らませるとシュゼットが溜息を吐いた、


 LV-05『(リノセロス)』は、深夜の山道を東へと疾駆している。何も無ければ明後日の朝には、王都へと辿り着ける筈だ。


 そう、何も無ければ。

ご愛読ありがとうございます!

これで二章が終了です。

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