表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
61/122

第六十 話 カントの戦い その7

 白い煙が薄っすらと宿屋のロビーに立ち込め始め、焦げ臭い匂いが鼻を衝く。


 弾かれた火球(ファイアボール)が床板を焦がし、窓に架かったカーテンに燃え移ったのだ。


「あああああっ! ウチの宿があああ! アンタたち! 何してくれんのよおお!」


「お、女将さん! ダメですってば!」


「ねえ! アンタたち此処どこよ! 何が起こってんのよ、コレ!」


 喚き散らす女将を下男たちが慌てて押し止め、つい先ほどまで幼女の母親であった女も、半狂乱になって声を上げる。


 これら一般人四名と、シュゼット、クルス、ザザ、アネモネ、ロズリーヌの五人を、暗殺者達と催眠によって操られているエステルが、左右から挟み込む形となっている。


「まだか……」


 シュゼットが焦れる様に、呟いた途端、


「シュゼットさん、『時の楔(クロッカウェッジ)』を解除してください!」


 二階からヴァンの声が響いて、シュゼットは待ってましたとばかりに魔法を解除して、背後のロズリーヌに問いかける。


「ロズリーヌ、外に敵は?」


「いませんわ」


鷹の目(ホークアイ)』を展開するロズリーヌへの問いかけ。その意図を理解して、クルスは手近な椅子を持ち上げた。


「んじゃま、とりあえずこれでも喰らいやがれ!」


 クルスが令嬢目掛けて、その椅子を力任せに投げつけると、メイド二人の手元でバチッと弾けるような音がして、椅子が砕け散った。


「お前達も走れ!」


 ザザが民間人にそう怒鳴りつけると、女将達は顔を引き攣らせて入り口のドアへと殺到し、第十三小隊(トレーズ)の面々は、窓を突き破って、表へと飛び出した。


 表は、カントの目抜き通りとはいえ、田舎町らしく、何の整備もされていない赤土の道。騒ぎを聞きつけたのか、周囲の家屋にポツポツと灯りが(とも)り始めた。


 泣き叫ぶ女将を下男達が両脇を抱える様にして、町の中心に向かって逃げていき、母親であった女も戸惑いながらそれについていく。


 表通りに飛び出した第十三小隊(トレーズ)の面々は、背後を振り向いて、暗殺者達を待ち受ける。


 宿の建物からは、破れた窓の向こう側で、真っ赤な炎がチラつき、黒煙が立ち上り始めている。


 シュゼットは二階の面々については、ベベットの『暗い部屋(ダークンドルーム)』で脱出できると踏んでいるが、二階に取り残されているのが四人であることに対して、『暗い部屋(ダークンドルーム)』の定員が三人であることを失念していた。


 やがて、二人のメイドを先頭に悠然と令嬢、続いて幼女、最後にふらふらと生ける死体(リビングデッド)みたいな足取りで、エステルが表通りへと歩み出てくる。


 火の手を上げ始めている宿屋を背に、令嬢達は第十三小隊の面々と距離をとって向かい合うと、からかうような調子で口を開く。


「うふふ、そのまま逃げるかと思ったわ」


「逃げたところで素直に逃がしてくれる訳ではないのだろう?」


「当然よ」


 睨みあう二つの集団。


 五体五といった状況ではあるが、はっきり言ってシュゼットとロズリーヌの魔法は戦闘向けではない。


 また、暗殺者の側も催眠には注意が必要だが、幼女には戦闘能力は無さそうに見える。


「ロズリーヌは引き続き、周囲を警戒。ザザ、アネモネ、お前たちは二人でエステルを生け捕れ」


 シュゼットのその指示に、三人は無言で頷く。倒すのではなく生け捕るとなると、やはり一人では手に余る。


「クルス! メイド二人とお嬢ちゃんの三人、イケるな?」


「フッ……誰に言ってんだ、ばーか。余裕だ、余裕。どうせ女の子三人も相手にするなら、ベッドの上の方が良いんだけどな」


 シュゼットの指示にクルスが鼻を鳴らして前へと歩み出ると、令嬢が怒りの声を上げた。


「余裕ですって? 言ってくれるじゃない! レオ! サハ! 行きなさい!」


「はい、サハが申し上げます! 死ね!」


「レオが申し上げます! 惨たらしく死ね!」


 メイド二人は左右に分かれて、クルスの方へと駆け出しながら魔法を発動させる。


 左右対称の手の動き、二人の間でバチッという音が弾ける。


「第一階梯『雷の蔦(サンダーアイヴィ)』」


二人の手の間を、無数の電撃が行き来して網を形作った。


 酸素が反応してオゾン化し、腐った卵の様な臭いが鼻を衝く。


 そのまま両脇を駆け抜ければ、クルスは電撃の網に絡めとられて無残に焼け焦げる。


 迫る電撃の網を前に、腕を組んだままのクルスは犬歯をむき出しにして、ニタリと笑うと魔法を発動させた。


「第一階梯 剣の舞い(ソードダンス)


 直撃! バチバチッと感電する様な音が、暗い陋巷(ろうこう)に響き渡る。


 だがその瞬間、表情の無いメイド二人の顔の上で、わずかに眉間に皺が寄った。


 宙空に出現した十本の剣が、クルスの左右でクルクルと回転しながら、雷を断ち切って雷撃をその刀身に絡めとったのだ。


 電撃を絡みつかせた剣が、そのままメイド二人の方へと飛来して、レオとサハは、即座に魔法を解除、蜻蛉を切りながら、左右に分かれて跳びすざる。


 令嬢は、一瞬驚いた様な顔をしたが、すぐに小馬鹿にする様に、薄笑いを浮かべた。


「ハッ、『剣』系統なんて、今まで散々相手にしてきたわよ。そんな系統で、私達三人を相手に出来ると思っているなんて、おめでたいとしか言いようが無いわ」


「ははは、そうかい、そうかい。じゃ、お嬢ちゃん。こういうのは見たことあるかな」


 そう言って、クルスは真上へと腕を突き上げる。


「第二階梯『人喰らい(マンイーター)』!」


 途端に宙空を待っていた十本の剣が、次々に寄り集まると、そのまま粘液状に溶けて一つになり、刃渡り五メートルにも及ぶ巨大な黒い剣へと変貌を遂げた。


 令嬢は思わず目を見開く。


「なに……それ、『剣』の第二階梯は、剣の雨(ソードレイン)の筈よ!」


 クルスは小さく苦笑すると、胸ポケットから、黒いリボンを取り出し、焦げ茶色(ダークブラウン)の髪を後ろで一つに纏めて結わえる。


「誰も『剣』系統だなんて言ってないだろうが」


「じゃあ、なんだってのよ」


「……『魔剣』系統、王国中探しても唯一人の希少(レア)系統だぜ、お嬢ちゃん」


「魔剣……って、まさかッ! 人喰いクルス!? ばかなこんな自堕落で小汚い女が先の戦役の英雄な訳がないわ!」


「えらい言われようだが、英雄な訳ないってのには同意するぜ」


 クルスが大袈裟に肩を竦めると令嬢は泡を食って、左右のメイドに向かって声を上げた。


「レオ! サハ! 出し惜しみしてる場合じゃなさそうよ。一気に決めちゃいなさい!」


「はい、サハが申し上げます。時代遅れの英雄に死を」


「レオが申し上げます。私達の名を上げる踏み台になれ」


 二人は一斉に両手を天に翳して、声を上げる。


「「第四階梯『雷神の鉄槌(ライディーンハンマー)』!」」 


 空が明るく発光したかと思うと、その瞬間、クルスの目の前が真っ白に染まる。


 空を切り裂いて巨大な雷撃が墜ちたのだ。


 遅れて大地を揺らすような轟音が響き渡り、空気が渦を巻く。


 クルスから離れた位置にいたはずのシュゼットやロズリーヌも突然襲い掛かってきた衝撃波に弾き飛ばされて、赤土の上を転がった。


 轟音が消え去れば、そこには静寂が鎮座する。


 令嬢がゆっくりと(まぶた)を開くと、シューという音を立てて、焼け焦げた地面から白い煙が立ち昇っている。


 だが、その白い煙の向こう側には、黒い巨大な刀剣がゆっくりと宙を旋回していた。


 令嬢は、思わず唖然とした表情を浮かべて、呻く様に口を開いた。


「効いてない……の?」


「いんや、喰らってたら死んでたな。二人して第四階梯まで開いてるってのには、流石に驚いたぜ」


 どうやら、驚いたというのは本当らしく、クルスは袖口で額の汗を拭った。


「驚いたで済む様な一撃じゃなかった筈よ! なんでアンタ平気なのよ!」


「サハが申し上げます。化物ですか、あなた」


「レオが申し上げます。バカ者ですか、あなた」


「どさくさに紛れてバカ者呼ばわりすんじゃねぇよ。まあ、普通の剣なら、あんだけの雷撃くらやぁ()たなかっただろうけどな」


 クルスは宙空の剣の柄に手を伸ばすと、犬歯をむき出しにして、悪辣な笑みを口元に張り付ける。


「じゃ、今度はこっちの番だな」

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ