表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
59/122

第五十八話 カントの戦い その5

「シュゼットさん! この人です!」


「男!?」


 ヴァンが声を上げた途端、令嬢は一瞬驚愕の表情を浮かべた後、表情を一変させた。


 秀麗な顔を悪鬼の如くに歪め、肩までの黒髪を振り乱して、大声を上げる。


「許さない! 許さない! 絶対に許さない! この私の『初めて』を奪うだなんて! ぐっちゃぐちゃに潰しても飽き足らないわ!」


 その途端、女将や子連れの母親達は「ヒッ!?」と喉の奥に声を詰まらせると、令嬢の脇から離れて、シュゼット達の背後に身を隠す。


 つい今の今まで、只の推論であったものが、ヴァンの中で確信に変わった。


 その推論とはこうだ。


 宿に入ってきた第十三小隊(トレーズ)の面々を見て、暗殺者は戸惑ったのだろう。


 なにせ標的(ターゲット)となる少年の姿が見当たらないのだ。


 この内の誰かが女装している。そう思い至った事は、以降の行動を鑑みれば、想像に難くない。


 だが、どの女が標的(ターゲット)の少年なのか、それを確認する為に、第十三小隊の面々に接触するという事は、殺害後のリスクを上げる事に他ならない。


 どの人物が標的(ターゲット)なのか、それを特定出来ないままに、少年を暗殺する方法として、男性だけが使うものに毒を塗る。それぐらいの発想は、簡単に出てくる。


 だが、そんな都合の良い物は、そうそう見当たらない。


 そこで少年――つまり男性だけが使うものを、無理やり作り出したのだ。


 身体を拭くための布の入った(かご)を、脱衣所にもう一つ置き、その上に『男性用』、『女性用』と書かれた木札を置いただけ。ただそれだけだ。


 よく考えてみれば、たかが身体を拭くための布を、性別で分ける必要などどこにも無いのだが、そんな些細な事を警戒する者は、まずいない。


 普通ならば女性は、何も考えずに、『女性用』と書かれている方を使用する。


『男性用』の布を使うとすれば、今現在、宿泊客の中ではただ一人の男性。


 つまり、標的(ターゲット)の少年だけだ。


 そこに、皮膚から浸透する毒を、たっぷり染み込ませた布を置いておく。


 回収する際に分かりやすい様に、普通の布とは色を変える。


 いかにも男性用を想起させる様な、水色の布。


 ところが、ところがである。


 その計画は女性の中にたった一人、()()が混じっていた事で瓦解(がかい)する。


 木札(きふだ)を見ていなかったのか、もしかしたら、単純に水色が好きなだけなのかもしれない。


 木札(きふだ)の文字が読めなかったと思いたくは無いが、ノエルの事だ、可能性はゼロでは無い。


 その毒の染み込んだ布を、ノエルが手に取ったのだ。


 自分が使用するだけなら一人だけの被害だったのだが、このバカは『流しっこ』と称して、ミーロと身体を洗いあった。


 ノエルとミーロ。


 この二人より他に、被害が及んでいないことを考えれば、幸いにもその布を、湯船に漬けることは無かったのだろう。


 やがて毒が効果を表し、二階が騒がしくなった段階で、暗殺者は証拠を隠滅するために、脱衣所へとやってきた。


 ヴァンの目の前で暗殺者――この令嬢は、その毒塗れの布を素手で掴んだのだ。


 それはすなわち、毒に耐性があるということ。


 それこそが、『毒』の属性の魔女である証左であった。





「ヴァン、お前の魔法で、二人が侵されている毒は解除できるのか?」


 シュゼットは、ヴァンの行動の意味を正しく理解していた。


 この令嬢が暗殺者である証拠を見つけた。


 そして、ノエルとミーロから毒を解除する方法として、彼女の毒属性をコピーしたのだと。


 ヴァンは、小さく首を振る。


「こ、このままじゃ無理……です。今は、時間を毒して極端に雰囲気を悪化させる『嫌悪時間ポイズン・アトモスフィア』という魔法になってます。で、でも、ミーロさんの『吸収』と融合させれば、もしかしたら……」


「毒を吸収できる魔法になる可能性が高い!」


「そ、そうです」


「よし、お前は二人の元へ急げ!」


 ヴァンは無言で頷くと、エステルにちらりと目を向けて、そのまま階段を駆け上がる。


 令嬢の傍に控える二人のメイドが、ヴァンを追おうと足を踏み出すと、


「おっと、アンタら二人はオレが指名するよ。オレさぁ、前からメイドさんと、イチャイチャしてみたかったんだよね」


 クルスが、相変わらずの軽口をたたきながら、階段を塞ぐように立ちはだかった。


 メイド二人はちらりと目を見合わせると、蔑む様な目つきで、クルスを見据えた。


「サハが申し上げます。お断りです」


「レオが申し上げます。死んで、生き返ってから、もう一回死んでください」


 どうやら先ほどから聞いている限り、レオの方が若干、口が悪いらしい。


「……サハ、レオ。余り大事(おおごと)にしたくはなかったのだけど、良いわ。やっておしまいなさい」


 令嬢がそう声を上げるや否や、二人のメイドが身構える。


 途端に、シュゼット達の背後に隠れていた幼い女の子が、母親に抱かれながら、声を上げて泣き始めた。


「うえええええん、怖いよぉ!」


「ア、アイーシャ、し、静かにして」


 すぐそばにいたエステルが、慌てる母親に微笑みかけると、その幼女に顔を寄せて(ささや)きかける。


「大丈夫、お姉ちゃんが守ってあげるから」


「くすん……ほんと?」


「ええ、本当よ」


 幼い女の子はしゃくりあげながら、エステルの目を見詰める。


()()()()


 幼女がそう(ささや)いた途端、彼女の目の中に怪しい光がうねり、エステルの瞳からは、理性の光が失われる。


「大丈夫、大丈夫、大丈夫……おねえちゃんが……守ってあげるから」


 そう感情の起伏を感じさせない声で呟くと、エステルは唐突に、シュゼットに向かって、(てのひら)を向けた。


「……第一階梯 火球(ファイアボール)


「なんだと!?」


 エステルの(てのひら)の上で膨らんでいく火球に、シュゼットが思わず顔を引き攣らせる。


 あまりにも予想外の出来事に、対処が遅れた。


 エステルの手を離れ、シュゼットに向かって射出される火球(ファイアボール)


 誰もが直撃する姿を想像した、その瞬間。


鉄化(アイアナイズ)!」


 右ストレート一閃。


 拳を鉄に変えたアネモネが、それを横殴りに撃ち落とした。


「しっかりしてください! エステル少尉ッ!」


 アネモネが上げたその声に、エステルは全く反応しない。


 幼女は、母親の腕から飛び降りると、先ほどまでの涙声とは打って変わって、楽しげに(わら)った。


「きゃはは、このお姉ちゃん、かなり単純な性格みたいだね。わりと根深く食い込んだ感触があるもん」


「……ッ、催眠(ヒュプノシス)か」


 シュゼットが思わず顔を歪めると、幼女はにやりと(わら)って、パチンと指を鳴らした。


 その瞬間、母親だと思っていた女性が、戸惑うように辺りを見回して声を上げる。


「な、なに、なんなの、あなた達! ここどこよ!」


 どうやら、彼女はどこかで調達されてきた、無関係な女性らしかった。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ