表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
47/122

第四十六話 猫とベベット

 ヴァンの失踪事件の翌日の事。


 要塞内部の警備任務を割り当てられたベベットは、内なる魂の要求に応えて、可及的速(かきゅうてきすみ)やかに、休息行動を取ることにした。


 平たく言えば、サボって居眠りをしていた。


 中庭に停まっている高速車両の荷台の上。


 ベベットは、ベゴニアの香りと、ぽかぽかと温かい午後の日差しの中で、気持ちよく眠っていたのだが、なんだか胸のあたりが圧迫されるような感じがして、うっすらと目を開けた。


 するとそこに、黒い塊が乗っかっていた。


 薄いとはいえ、ベベットも女の子である。


 その膨らんだ女の子な部分を枕にして、()()()()()()()()()()のだ。


 断じてダジャレではない。違うから、本当に。


 ともかく、ベベットが目を開くと、猫がピクリと髭を震わせて、片目を開けた。


「猫さん……」


「にゃー」


「そこにいられたら、起きられない」


 だが、ベベットの必死の説得も空しく、猫は再び彼女の胸を枕に目を細めて眠りにつく。


 仕方がないので、ベベットも目を(つぶ)る。


 不可抗力。しかたがない。


 職務に戻りたかったが、圧倒的な力で押さえつけられては、抵抗のしようもない。


 恐るべし黒い猛獣……ということで、おやすみなさい。


 ベベットは、再びすやすやと寝息を立て始めた。



 ◆◇



「にゃー」


「……猫さん?」


 次にベベットが目を覚ました時には、猫は胸の上に座っていた。


 夕暮れ時というにはまだ早いが、太陽が少しだけ傾き始めたそんな時間帯。


 狂暴な黒い猛獣は、ベベットの(あご)を、肉球でグイッと押して起こすと、悠然と体の上から降りて、そのまま荷台の上からも飛び降りる。


「……猫さん」


「にゃー」


「……どこいく?」


「にゃー」


 猫は、ベベットの方を振り向いて鳴いた後、屋内への入り口へと悠然と歩いていく。


 ベベットはゆっくりと起き上がって、荷台から降りると、ぽてぽてとその後について歩き始めた。


 猫はついて来ているのを確認するように、時折、ベベットを振り返りながら、階段を降りて、廊下を悠然と歩いていく。


 やがて、地下の一階、わずかに開いたままになっている扉の隙間を抜けて、倉庫の方へと入っていった。


 後を追って、ベベットも倉庫の中へと足を踏み入れる。


 そこは、いわゆる日用品の備蓄倉庫。


 山と積まれた木箱、階段状に積まれたその木箱の上を、猫は器用に跳ねて、山の上の方、天井にほど近いところまで登っていく。


 そして、ベベットを振り返って一声鳴くと、天井近くの壁に開いた穴へと入っていった。


「うんしょ……」


 ベベットは木箱の上に登って、その穴を覗き込む。


 直径十五センチほどの穴。

 結構奥まで長く続いてるようで、中は真っ暗。


「猫さんのおうち?」


 普通なら、これ以上どうしようもないところなのだが、ベベットには『暗い部屋(ダークンドルーム)』の魔法がある。


 そのまま自分の影の中へと沈み込んでいくベベット。


 彼女の姿が見えなくなると、影はゆっくりと這うように移動して、壁の穴へと入っていった。


 穴の奥は、いわゆるパイプスペースなのだろう。


 きちんと固められた土壁の中を、鉄製のパイプが何本も走っている。


 それをさらに奥の方へと進んでいくと、高さ五十センチほど、広さは二メートルほどの空間に出た。


 ベベットがそっと影から頭を出すと、目の前で猫が「にゃー」と鳴いた。


「ここに住んでる?」


「にゃー」


 ベベットが手を伸ばしても、猫に逃げる様子はない。


 それどころかゴロゴロと喉を鳴らしながら、ベベットの手に頬ずりしてくる。


「……かわいい」


 よく見れば、どことなくラデロ少佐に似ている。


「ニャデロ」


 どうやら猫の名前が決まったらしい。


 ベベットは影の中から這い出ると、その狭い空間に横たわる。


 高さは無いので寝ころんだ姿勢しか取れない。


 ニャデロは横たわるベベットの身体の上によじ登ると、大あくびひとつ。

 

 そして再び、ベベットのささやかな胸を枕に丸まった。


 どうやら、ベベットのその部分が特にお気に入りらしい。


「仕方ない」


 何が仕方ないのかはさておき、ベベットも小さくあくびをすると、再び寝息を立て始めた。



 ◆◇



 その頃、


「ヴァン様に続いて、今度はベベットさんが行方不明だなんて、一体どうなってますの?」


「あはは、おかしいなぁ。ベベットのことだから、中庭で居眠りしてると思ってたんだけど……」


 昼間に割り当てを決めて、それぞれに巡回に出たロズリーヌ班の三人であったが、集合時間になっても一向にベベットは姿を現さない。


 だが、それも今に始まったことではない。


 実に残念ではあるが、よくあることなのだ。


 どうせ居眠りでもしているに違いないと、ロズリーヌとノエルは、中庭へと探しに来たのだが、そこにベベットの姿はなかった。


「仕方がありませんわね」


 ロズリーヌは溜息を一つ吐くと『鷹の目(ホークアイ)』を発動させる。


 範囲はマルゴ要塞全域。


 宙空から視線を落としていくと、マルゴにいる、数多くの魔女達の姿が見えてくる。


 魔女の多くは既に任務を終え、談笑したり食堂や沐浴場の方へと向かったりしている。


 その中からベベットを探すとなると、正直かなり面倒くさい。


 だが、ロズリーヌは突然、ビクウウッ! と大きく身体を跳ねさせると、目を剥いて顔を強張らせた。


「えっ? なに? どうしたの?」


 ロズリーヌのただならぬ様子に、ノエルが慌てて声をかける。


「たたた、大変ですわ! ベベットさんが第十一小隊(オンズ)の隊舎の床下に埋まっていますわ!」


「へ?」


「ぐったりしてるみたい。胸の辺りが黒く見えるのは……血なのかもしれませんわ」


「な、なんでそんなことに?」


 珍しく、ノエルが取り乱すと、ロズリーヌは頬を滴る汗を拭って呻くように答える。


「昨日のことでサザランド中尉は注意されていますし……それに」


「中尉を注意……それに?」


 断じてダジャレではない。違うから、本当に。


「ワタクシとベベットさんは第十三小隊(トレーズ)に異動する直前には、第十一小隊(オンズ)の皆さんとはかなり揉めてますから、その仕返しなのかもしれませんわ」


「揉めた?」


「ええ、どうせ異動するのだからと、二人で小っちゃい嫌がらせをいたしましたの……具体的にはナマコを……」


 ノエルが思わず呆れた顔をする。


 ロズリーヌとしては、ノエルに呆れられるのは心外ではあったが、今はそれどころではない。


「ノエルさん、乗り込みますわよ。急がないとベベットさんの命があぶないですわ」


「がってん! 第十一小隊オンズの連中なんか叩きつぶしてやるよ」



 ◆◇



「な、なにをするお前ら! 軍規違反だぞ!」


「軍規なんか知らないよ! ぶっ殺してやるッ!」


 上の方が何やらドタバタと騒がしい。


 目を覚ましたベベットは、眠い目を擦りながら手を伸ばすと、ニャデロは「にゃー」と一声鳴いて、手に頬を摺り寄せてきた。


「ここ……騒がしいね……一緒にくる?」


 ベベットがそう言って首を傾げると、ニャデロも一緒に首を傾げた。


 穴を抜け、倉庫を出てベベットはニャデロを抱えて廊下に出た。


 廊下に出ると何やら騒然とした空気が流れていて、廊下を走っていく魔女達がばたばたと廊下を走っている。


 ベベットは、廊下を慌ただしく走る魔女の一人を捕まえて、声をかけた。


「どうしたの?」


「私らは野次馬よ。何だかわかんないけど、第十一小隊(オンズ)の隊舎に殴り込み掛けたのがいるらしくて、中佐と少佐が鎮圧に向かったんだって!」


「……なにそれ、こわい」


 第十一小隊(オンズ)に殴り込みをかけて、シュゼットとラデロに鎮圧されるとか、命知らずもいたものだと、ベベットは呆れた顔をする。


 その途端、ベベットのお腹が、ぐぅと不満げな音を立てた。


 そろそろ夕飯の時間だ。


「お前にも分けてあげる」


「にゃー」


 猫を抱いて、ベベットは、食堂の方へとぽてぽてと歩いて行った。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ