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第四十三話 血で血を洗う闘争の歴史(第一章エピローグ)

 帝国の侵攻から、一夜が明けた。


 夜通し戦後処理に追われたシュゼットは、疲れた表情でソファーに深くもたれ掛ったまま、マセマー=ロウと向かいあっていた。


「マセマー、お前の知ってる事を、全部聞かせて貰おうではないか」


「良いけど、何の話だっけ?」


「ローレン殿の()いた嘘についてだ!」


「あー、ハイハイ、あれね。前に筆頭の人から、あの子の魂を削除する魔道具の注文を受けた。そう言ったよね」


「ああ、それで私は覚悟を決めてお前に頼んだのだ。あの子の魂では無く、誤ってもう一つの魂を削除する様に、わざと失敗作を作ってくれとな」


 そのために、シュゼットは国賊として裁かれる事まで覚悟したのだ。


「で、実制作に入る前に、筆頭の人に使いを出して聞いたんだよ。『どっちの魂を削除するか、判別する方法を教えてくれ』ってね。そしたら、何て返事が来たと思う?」


「なんだ?」


「判別する必要はない、シュヴァリエ・デ・レーヴル様は不滅だ」


 シュゼットは思わず眉を(ひそ)め、マセマーは呆れたと言わんばかりに、肩をすくめた。


「馬鹿なんじゃないかと思ったよ。こんなの『あの子の中に、他の魂なんて無い』って、言ってる様なもんじゃん」


「……何でローレン殿は、そんな嘘を?」


 (あご)に指を当てて考え込むシュゼットに、マセマーはわざとらしく驚いたフリをする。


「え? 分かんない? 実は筆頭の人もシュゼも、どっちもシュヴァリエ・デ・レーヴルを殺そうとしてたのさ。但し、シュゼはあの子のために、ありもしないもう一つの魂を、筆頭の人は女王陛下のために、あの子の魂をね」


「女王陛下の為にだと?」


「そうさ、ここに来るまでの道すがら、ずっとボヤいてたよ。もしあの子がシュヴァリエ・デ・レーヴル様なら、陛下は王位を譲って、その妻になると言い出したとね。もともと農奴なんでしょ? あの子。そんな訳のわからない人間に、敬愛する女王陛下が、(かしづ)くのは我慢出来なかったんじゃないかな」


 シュゼットは、思わずギリリと奥歯を噛みしめる。


「そんな事の為に……ヴァンを、あの子を葬ろうとした、そういう事だな」


「うん、そういうこと。まあたぶん、最終的にはロウが、全部責任を負わされる羽目になってたんだと思うけどね」


 あっけらかんと語る姪の姿に、シュゼットは何か薄ら寒い物を感じて、思わず目を逸らした。


「ローレン殿の嘘は、それだけか?」


「そうだよ。だって、他は嘘である必要ないからね。だから、あの子が人の手によって作られた魂っていうのは、たぶん本当。何十という化物があの子の中にいて、魂に隷属してるっていうのも本当。強いて言うなら、魂がいつか消えちゃうっていうのはウソの内に入るのかな」


 シュゼットは、落胆した。


『人の手によって作られた』――その部分も嘘であることを期待したのだ。


「しかし、ヴァンはシュヴァリエ・デ・レーヴル様の再来なのだろう? それが人の手によって作られたというのは、辻褄が合わないではないか?」


「どうだろう? そもそもロウは、生まれ変わりなんてのは、全く信じてないもの。今でも、何かトリック染みた物が有るんじゃないかって疑ってるよ」


「トリック?」


「わかんないけどさ……少なくともシュヴァリエ・デ・レーヴルだと信じさせれば、王位が手に入っちゃうんだよ。そういう意味じゃ、筆頭の人を責める気にはなれないよね」


 これ以上考え続けると、疑心暗鬼になりそうな気がして、シュゼットは話題を変える。


「ヴァンが、エステルとのキスで正気を失わなかったのはなぜだ?」


「それロウに聞いちゃう? 推測しかできないよ?」


 マセマー=ロウは呆れたような表情で、ソファーの背もたれに頭を乗せ、天井を見上げた。


「かまわん、聞かせてくれ」


「結婚したからだよ」


「は?」


 シュゼットは、腹部をいきなり殴られた人みたいな顔をした。


「他の女の子は、化物達にとって只の生贄(いけにえ)でしかなかった。だけど、隷属する主人の妻だったら、話が全然違うよね」


「だ、だが、結婚したといっても口約束だぞ?」


「それこそ婚姻届けの有無なんて、化物共に関係あるわけないじゃん。あの化物共が主の妻だって、認識したってことさ」


 シュゼットは(うめ)きながら深く考え込み、しばらく時間がたって、突然、ポンと手を叩いた。


「ならば、母はどうなのだ?」


「いや、そりゃあ化物が、主の母親だと認識すれば、大丈夫だとは思うよ」


「そうか!」


 満足気に(うなづ)くシュゼットを、ジトッとした目で眺めながら、マセマー=ロウは呟いた。


「……言っとくけど、あんた母親じゃないからね」



 ◇◆



「えへへぇ……」


「エステルさん……。み、みんな見てますから……ちょ、ちょっと離れてください」


「やーだ、絶対、離れないんだもーん」


 並んで座るヴァンの腕にしがみついて、エステルは幸せそうに顔を(とろ)けさせる。


 一方のヴァンは周囲の目を気にして、落ち着かなげにキョロキョロと目を泳がせた。


 そんな二人の様子を食堂の隅から遠目に眺めながら、第十三小隊の面々が、顔を突き合わせて声を潜める。


「だもーんって……男嫌いだったんじゃありませんの? あの小火(ぼや)女」


「あはは、あれは、もう別人だよね」


「死ねばいい」


 ロズリーヌ班の三人のコメントを聞いて、ミーロは深く溜息を吐く。


「みなさんはまだ良いでありますよ。同室の自分なんか、昨晩はエステル准尉の邪魔者扱いする視線が痛くて、仕方なかったであります」


「ふふん、私は彼が配属された時から、こうなるだろうと思ってはいたがね」


 頭に巻いた包帯が痛々しいザザ。彼女に視線が集まる。


「どうしてですの?」


「エステルが男嫌いになった理由と重なるのだがな。よく、女の子は自分の父親に似た男性を好きになると言うだろう?」


「一般論」


 ベベットはザザのその発言を、あっさり切り捨てる。


 どうやら父親のことが、好きではないらしい。


「まあ、聞き(たま)えよ。で、彼女の母親は結婚と離婚を繰り返してきたそうなのだが、何故かいつも、どうしようもなくダメな男に惚れるらしくてだな……」


「ああ……なんだか分かってしまいました。それ以上は必要ありませんわ」


 ロズリーヌは頭痛を(こら)える様に、こめかみを押さえる。


「あはは、エステルは母親似ってことだねー」


「で、でもヴァン軍曹はダメ人間ではありませんし、あれは一時の気の迷いであります。エステル准尉とヴァン軍曹ではタイプが違いすぎるでありますから――」


 その瞬間、エステルの甘える様な声が、一同の耳に飛び込んできた。


「ねぇねぇ、帝国もしばらくは攻めてこないだろうから、休暇を申請して新婚旅行に行きましょうよぉ。南レーヴルのランバルト島なんてどう? 青い海、白い砂、白壁の街並み。素敵でしょ? ねぇねぇ アナタはどんな水着を着てほしい? 可愛いの? 大胆なの? やだもー恥ずかしー」


「――死んでほしいであります」


(ラパン)ちゃんが、暗黒面に堕ちた!?」


「あはは……今日のエステル、破壊力半端ないね」


 ミーロの手元のねじ曲がったスプーンを眺めながら、ノエルが苦笑する。


 その時、食堂の扉がバタンと音を立てて開き、ラデロが現れた。


「おい、第十三小隊、中佐がお呼びだ! 今より五分後、中佐の執務室へ出頭せよ! いいな!」



  ◆◇



「揃ったな」


 居並ぶ第十三小隊の面々を見回して、シュゼットは重々しく頷いた。


 執務机の向こうにはシュゼット。


 その隣には、ラデロと白衣姿の少女の姿がある。


 ロズリーヌ班の三人は、この少女に見覚えがあった。


 以前ヴァンが暴走した時に、筆頭魔術師のローレンと一緒にいた少女だ。


「あの……中尉、そちらは?」


 問いかけられて、白衣の少女がにひひと笑うと、シュゼットは渋い顔をして言った。


「名前ぐらいは聞いたことがあるだろう? マセマー=ロウだ」


 思わず息を呑む音が、幾つも部屋に響く。|


 狂気の錬金術師(マッドアルケミスト)の名は、それほどまでに知れ渡っていた。


「マセマーには、しばらくマルゴ要塞に滞在して貰って、ヴァンのチョーカーの調整を行って貰うことになっている」


「あ、でもチョーカーなんてもう必要……」


 エステルのその言葉をさえぎる様に、シュゼットは一つ咳払いをすると、真剣な表情で口を開いた。


「リュシールのことは返す返すも残念だが、皆にも気を落とさぬよう一層の職務に励んで貰いたい。新しい上官はすぐに着任するだろうが、それまでは、ラデロにお前たちの面倒を見てもらうことになる。いいな」


「よろしく頼む」


 ラデロが、軽く頭を下げた。


「それと、今回の功績を(かんが)みて、ヴァンは二階級昇進の准尉、エステル以下全員、一階級の昇進を人事院に申請しておいた」


「自分もでありますか?」


 ミーロは驚いた様子で尋ね、シュゼットが重々しく頷く。


 色々と含むところのある昇進ではあるが、それを口に出すのは(はばか)られた。


「それと、エステル少尉。ヴァン准尉との結婚の件だが――」


「えへへ、それなんですけど、出来れば休暇を頂いて、新婚旅行に……」


「――あきらめろ」


 エステルは、にやけ顔もそのままに、凍り付いた。


「間違えても、婚姻届けが受理されることはあり得ない」


「ちょっと! 何ですかソレ! そんな横暴な話、はいそうですかなんて、言えるわけないでしょ! ヴァンが好きなのは私、私が好きなのはヴァン! それが結婚して何が悪いんですか! ねぇ、アナタ!」


 突然、話を振られて、ヴァンは驚いた顔のままコクコクと頷く。

 

 ラデロは、ああいう民芸品があったなと、どうでも良い事を思い浮かべた。


「はあ……。前は一緒に居たくないと駄々をこね、今度は一緒に居たいと駄々をこねる。本当に困った奴だな、貴様は!」


「状況の変化に対応するのは、優秀な将兵の証ですからねぇ!」


 よっぽどムカついているのだろう、エステルは挑発するように、シュゼットへと顎をしゃくる。


 この後先考えないところは、ヴァンと初めて出会った頃から、変化が無かった。


 シュゼットはあきれ顔で、肩をすくめる。


「まあ、今すぐ結婚は無理でも、貴様がヴァンの価値に見合うだけの手柄を立てたなら、褒美としてそれを求めることもできるかもしれん。無論、貴様がヴァンの妻を名乗ろうが、私の知った事ではない。だが、女王陛下の目もあるのだ。ヴァンが必要に応じて、他の者とキスすることを邪魔するんじゃないぞ、いいな」


 エステルは悔し気に唇を噛みしめて、シュゼットを睨みつける。


「ふふっ、私を恨むならそれはそれで構わん。貴様がヴァンの妻を自称するなら、私はヴァンの母を自称しようではないか」


 唐突に、シュゼットの話の内容が、斜め上へと突き抜けた。


「この世界の歴史は、嫁と(しゅうとめ)の血で血を洗う闘争の歴史だ。貴様には世間の離婚原因第一位、『夫が(しゅうとめ)の味方をする』を現実に見せてやろうではないか!」


 睨みあうシュゼットとエステルを眺めながら、マセマー=ロウはぼそりと呟いた。


「……だから、あんたは、母親じゃないんだってば」


 唐突に勃発した嫁姑問題を他所に、部屋の隅では、こそこそと話をする二人の姿がある。


「つまり、法的に結婚が許されないと言うことは、まだ十分に巻き返しが可能ということですわね。(ラパン)さん」


「はいであります。ロズリーヌ少尉、自分ももうヴァン准尉の傍以外行き場は無いでありますから、頑張るでありますよ」


 いつの間にか、謎のちびっ子同盟が締結されつつある。


 そして、


「あの……お、落ち着いてください」


 ヴァンのとりなす声は、誰からも無視された。

ご愛読ありがとうございます!

これで一章が終了です。

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