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第四十二話 決戦! 紅蓮の獅子VS空中戦艦

「やるじゃん、帝国にも面白いのがいるみたいだね!」


 マセマー=ロウは窓から身を乗り出して、鉄杭が着弾した辺りを覗き込むと、(はしゃ)ぎ声を上げた。


(はしゃ)いでる場合では無いだろうが! お前が作った輝鉱動力(エンジン)を利用されてるんだぞ」


「いいんじゃないの。輝鉱動力(エンジン)なんてどうせ部品(パーツ)だよ。大事なのはそれを使って何を作るかってこと。その点、あれは良いセンスしてると思うよ」


「そのセンスとやらに、殺されかけてるんだがな!」


 あまりにも呑気なマセマー=ロウの発言に、シュゼットが細い目を吊り上げたその時、事務官の一人が泡を食って声を上げた。


「次弾! こっちに飛んできます! 直撃コースです!」


 司令部が一気に騒然となって、慌てた事務官達がガタガタッと席を立つ。


「チッ! 皆! 伏せろ!」


 シュゼットは小さく舌打ちすると、マセマーの襟首を(つか)んで窓から引きはがして地面へ放り投げると、その上に覆い被さる様に伏せた。


 来るべき衝撃に備えて身を伏せ、ぎゅっと目を(つぶ)る。


 一秒、二秒……。


 だが、いつまで経っても衝撃はやってこない。


 シュゼットは恐る恐る(まぶた)を開き、伏せたまま窓の方へと目を向ける。


 そしてそこにあるものを見て、目を疑った。


 それは炎に包まれた獣――灼熱する紅蓮の雄獅子。


 そして、その背に(またが)る、泥まみれの少年と少女の姿。


 火の粉を上げて燃え盛る、(たてがみ)を持つ巨大な雄獅子。


 その身体の表面には薄っすらと炎が揺らめき、降り注いだ雨が触れる度に、次々に蒸発して白い湯気を間断無く立ち昇らせている。


 しかし、そこに(またが)る少年と少女は、熱さなど何一つ感じていないかの様に、平然としていた。


「あれは……ヴァン……なのか?」


「みたいだね……っと」


 上に載っているシュゼットの身体を、重そうに押しのけながら、マセマーが応える。


「状況からの推測だけど、たぶんあの紅いのは、あの子の中にいた化物の一体ってことじゃないかな。……アハッ、興味深い。あの子は興味深いね、シュゼ!」


 マセマーの話など、シュゼットの耳には入っていない。


 ただ、ヴァンが無事にそこにいるのだという事実に、目の奥が熱を持つのを感じていた。



  ◆◇



 ヴァンは司令部目掛けて、飛来する鉄杭を睨みつけ、大声を上げた。


「パイロス!」


「ガァァアアアアアアアア!」


 紅蓮の獅子は、咆哮を上げる。


 それと同時に、牙の間から飛び出した火球が鉄杭を弾き飛ばし、甲高い金属音を薄暗い空に響かせる。


 足元に炎を爆ぜさせながら宙を駆け上がり、紅蓮の獅子はマルゴ要塞を背にして空中戦艦に立ちはだかった。


「間に合ったみたいね」


「は、はい、でもここからです」


 少年の言葉に、少女が唇を引き結んで頷く。


 そう、勝負は(まさ)にこれからなのだ。


 少年は斜め上を見上げ、二隻の空中戦艦を睨みつける。


 それは銀色に鈍く輝く、楕円形の飛行物体。


 そうしている内にも、空中戦艦側は、鉄杭を撃ち落とされた事に気づいたのか、一気に数本もの鉄杭を射出した。


 命中精度はそれほど高くはないらしく、数本はマルゴ要塞を逸れそうだが、うち三本は間違いなくマルゴ要塞へと到達する弾道を描いている。


 飛来する鉄杭。人体に命中すれば、即座に肉塊(ミンチ)になるであろう無骨な鉄の塊が、マルゴ要塞へ、そしてその前に立ちはだかるヴァン達の方へと、風切り音を立てて迫ってくる。


「パイロス! 第六階梯 炎熱波(ヒートウェイブ)!」


 ヴァンがそう命じると、炎の獅子の眼前に火が走り、魔術回路が描かれる。


 そして、


「ガァァアアアアアアアア!」


 獅子の咆哮とともに、数百メートルに渡って、放射状に青い炎が広がった。


 迫りくる鉄杭は、その青い炎に触れた途端、次々に熱した牛酪(バター)の様にどろりと溶け出して、地面へと(したた)り落ちた。


「どうするの? このままマルゴを守ってるだけじゃきりがないわよ」


 そうは問いかけてみたものの、エステルにだって分かっている。


 ここから攻撃して届く魔法となれば、第十階梯『太陽の墜落(サンダウン)』ぐらいだが、それを使ってしまえば、マルゴ要塞もあっさり消し飛ぶ。


 それでは、何を守るために来たのか、分かったものでは無い。


「わ、わかってます。……パイロス、て、鉄杭を撃ち落としながら……近づける?」


 ヴァンが顔を覗き込むと、紅蓮の獅子は首を反らせて、ジトッとした目を向ける。


 ――バカにしてんのか?


 エステルの目に、紅蓮の獅子はそう言っている様に思えた。


「じゃ……じゃあ、頼む」


「ガァアアアアアアア!」


 ヴァンのどこか頼りない要請を受けて、紅蓮の獅子は咆哮を上げると、一気に宙を駆け始める。


「きゃああ!」


 急激に速度が上がったせいで、エステルの身体が浮かび上がり、必死にヴァンの腰に回した腕に力を籠める。

 

 紅蓮の獅子は風を切って空を駆けていく。

 

 炎が尾を引いてたなびき、立ち昇る湯気が、次から次へとその場に置き去りにされて、白い軌跡を空に描いていく。


「パイロス! 来るよ!」


「ガァアアアアアアア!」


 一つ咆哮を上げると紅蓮の獅子は、次々に飛来する鉄杭を、いとも簡単に撃ち落とし、溶かし、弾き飛ばしていく。


 やがて、眼前に空中戦艦を捉えられるところにまで辿り着いた。


 間近で目にした空中戦艦の全容に、ヴァンとエステルは思わず目を(みは)る。


 銀色に輝く優美な流線形。光魔法対策だろうか、全体を薄い銀板に覆われ、無数の風車の様な物(プロペラ)が、上部から無数に突き出た鉄柱の上で、クルクルと回転している。


 一定間隔でバン! バン! と響く、破裂音じみた動力音が、折角の優美さを台無しにしている様に思えた。


「帝国がこんなものを作れるなんて……」


 エステルのその呟きは、レーヴル王国の人間が抱く、帝国像に起因している。


 ――粗野で、野蛮で、何をするにも力尽(ちからづ)く。


 そんな野蛮人が、たとえ動力部分は王国から流出した輝鉱動力(エンジン)だったとしても、これだけのものを建造したという事実に、エステルはどうにも違和感が拭えなかった。


 距離が近づけば、鉄杭の到達速度も上がる。


 見る限り、戦艦の下部に設置されている巨大石弓(クォレル)は三基。


 それらは、すでに標的を紅蓮の獅子へと変更し、マルゴ要塞から射線を()らしている。


「右へ!」


 紅蓮の獅子は、ヴァンの意図を咄嗟に理解して、一隻の脇へと回り込む。


「パイロス! 第四階梯 爆裂(エクスプロージョン)!」


「ガァアアアアアアア!」


 牙の間から飛び出した火球が、銀板の表面で爆発し、空中戦艦のその巨体が大きく揺らぐ。


 そして、至近距離で飛行しているもう一隻に接触して、激しい音を立てた。


 しかし爆炎が風に散って霧散すると、銀板の表面に黒い焦げ目が残っただけで、穴が開いた気配もない。


 空中戦艦は、ギイィと軋む様な音を立てて回頭する。想像以上に回頭速度は速かった。


 再びヴァン達を射程範囲に入れると、一気に数本の杭を打ち出す。それを紅蓮の獅子は、跳ねる様に上空へと駆け上がって躱す。流石にこの至近距離では撃ち落とす余裕はない。


 飛来する鉄杭を次々に躱しながら、紅蓮の獅子は雲を突き抜け、二隻の空中戦艦を直上から見下ろす位置へとたどり着いた。


 鉄杭の雨が止んで、エステルがホッと息を吐く。


 直上から見下ろしていると、石弓(クォレル)の発射口がギリギリと音を立てながら頻繁に左右に動いているのが見えた。


 どうやら、自分たちのことを見失ってくれたらしい。


「真上には、撃ってこれないみたいね」


「は、はい……そうみたいですね。だから……しっかり掴まっていてください」


「え?」


 エステルが首を傾げると同時に、ぐらりと紅蓮の獅子が急降下を開始する。


「ガァアアアアアアア!」


「きゃあああああああ!」


 獣の咆哮と少女の悲鳴が重なりあって(ユニゾンして)、風切り音の中を突き抜ける。次第に迫りくる銀色の鉄板。恐怖に顔を引き攣らせるエステルを他所(よそ)に、ヴァンは声を張り上げた。


「第五階梯! 火炎装甲(フレイム・ボディ)!」


 途端に炎の魔術回路が現れ、落下する紅蓮の獅子は、頭からそこへと突っ込んでいく。


 そして、それを突き抜けた途端、ただでさえ燃え盛っていた紅蓮の獅子のその全身を、より一層激しい炎が包み込み、巨大な火の玉となって落下した。


 巨大な隕石の落下と見紛う様な紅い軌跡。


「いけえええええええ!」


 燃え盛る火の玉が、直上から一隻の空中戦艦へと突入していく。


 接触! 腹に響く様な爆音とともに、銀板が弾け飛んで空へと舞い上がる。


 紅い炎が真っすぐに空中戦艦を、直上から真下まで一気に突き抜けた。


 途端に戦艦そのものが燃え上がり、その巨体が轟音を立てて傾き始める。


 そして、すぐ隣に浮かんでいたもう一隻に、寄りかかる様に崩れ落ちると、炎は一気に燃え広がり、幾つもの爆発を起こしながら、二隻の戦艦は絡まりあって落下しはじめた。


 鉄の部品をバラまきながら、落ちて行く空中戦艦を眺めて、エステルは、ぼそりと呟く。


「終わった……のよね?」


「はい、こ、これで終わりです。た……たぶんですけど」


 いつも通りに自信なさげに答えながら、ヴァンはエステルに微笑みかける。


 マルゴ要塞の方へと目を向けると、飛び交っていた魔法も今はもう見えない。


 どうやら、そちらの戦闘も終わりつつあるらしかった。


 エステルは上目遣いにヴァンを見詰めて、(ささや)きかける。


「お疲れ様……あの、その、とっても……カッコよかったわよ。()()()


 ヴァンは、思わず目を見開いたまま硬直した。


 そして、みるみるうちにその顔を真っ赤に染めていく。


「ちょ、ちょっとぉ、何とか言ってよ、は、恥ずかしくなっちゃうじゃないのよ、バカ!」


 同じく顔を真っ赤にしながら、ヴァンをポカポカと叩くエステル。


「ぐるるぅ……」


 自分の上で繰り広げられる男女の居た(たま)れないやり取り。

 紅蓮の獅子は、他所(よそ)でやってくれと言いたげに、弱弱しく唸った。



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