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第四十一話 灰燼の王

 遥か遠くまで連綿と空を覆う厚い雲、地表に(わだかま)る黒い煙。

 

 帝国の兵士の悲鳴や怒号、雨粒が蒸発する音に、大地の(とどろき)と溶岩の噴き出す音が重なる。


 余りにも多くの音が空と大地の間に(あふ)れて、ロズリーヌの耳には、既にそのいずれもが、個別の音としては認識されなくなっていた。


 つい先程、激震と表現するに足る激しい揺れとともに、大地に亀裂が走った。

 

 地に満ちていた帝国の兵士達、そのど真ん中で噴き上がった溶岩が、放射状に大地を赤と黒に染めていく(さま)


 ロズリーヌは、それに只々(ただただ)、見とれていたのだ。


 平地全体を視野に収めるマルゴの尾根の上。


 ロズリーヌは深く溜息を吐く。


 ――これが、シュヴァリエ・デ・レーヴル様の……ヴァン様の力。


 以前、ヴァンが『炎龍轟来(プロミネンス)』を使った際、ロズリーヌはそれを目にしていない。


 それでも皆の話を聞いて、ヴァンの持つ力の強大さは理解していた。


 ……そのつもりだった。


 だが今、炎の魔法という目に見える形で提示されたその力は、ロズリーヌの想像を大きく超えていた。


 顔を叩く雨粒を(わずら)わしげに払いながら、ロズリーヌは眼下の平原に目を凝らす。


 立ち上る湯気と黒煙の向こう側、あの溶岩の海のど真ん中に、ぽっかりと空いた浮島の様な場所。


 今、そこにヴァンとエステルがいる。


 あの溶岩の動きを見る限り、明らかに制御されている。


 つまり、キスをしたのに、ヴァンは正気を保っているのだ。


 そこには、何かがあった。


 エステルにあって、ロズリーヌには無い、何かがあったのだ。


 ――また、自分は選ばれなかった。


 頭を()ぎったその想いを振り払うように、ロズリーヌは小さく首を振った。


 ――まだだ。


 ヴァンがこうやって強大な魔法を使える様になったというのならば、自分との間にも、きっとそれが出来る筈。


 あの日以来、ヴァンを思うと胸が痛い程に高鳴る。


 いまや、ロズリーヌにとって、ヴァンは三大貴族の一角を継承するための切り札、それ以上のものとなっている。


 大人しく引き下がるつもりは、これっぽっちもない。


「フン、たまたま起こった天変地異に救われるとは、魔女と言う奴は、よほど悪運が強いらしいわ」


 唐突にロズリーヌの背後で、悪態をつく男の声がした。


 やたら濃い顔をしたこの男の名は、カスタネダ。


 帝国軍の中尉である。


 口調は偉そうではあったが、カスタネダは額にノエルの指を突きつけられ、両手を後頭部で組んだ状態で(ひざまず)いていた。


 周囲に部下の姿は無い。


 ノエルの『光速指弾ライトニング・バレット』の一撃で、部下の半分は命を落し、もう半分は武器を投げ出して逃げ出した。


 そして、彼は自分から降伏したのだ。


 ……にも関わらず、この態度である。


 ――やはり帝国の男は粗野ですわね、ヴァン様の奥ゆかしさを見習って欲しいものですわ。


 コミュニケーション能力の低さも『奥ゆかしさ』という表現をすると、長所の様に聞こえるから不思議なものだ。


「この期に及んで、よくもまあそんな偉そうにしていられるものですわね」


 ロズリーヌは呆れて、肩を(すく)める。


「ふははははッ! 時間を稼ぐ必要があったのでな!」


「時間? 何かを待っていたということかしら?」


「ああ、そうだ。だが、もうそれも必要ない。貴様らの命運が尽きる時が来たぞ、魔女め! 見よ! 我が帝国の威光にひれ伏すが良い!」


 カスタネダの視線を追って背後に目を向け、ロズリーヌは思わず眉間に皺を寄せる。


「なんですの……あれは?」


 それは、荒れ狂う海原から浮上する(くじら)の姿、それを逆立ちして眺めているかのような風景。


 雲の切れ間から、何か銀色の巨大な物の一部が覗いている。


 ゆっくりと雲を押しのけて姿を表したそれは、空飛ぶ船。


 バン! バン! と一定間隔で破裂するような音をたてながら、無数の風車のような物(プロペラ)に支えられた、巨大な銀の楕円形が二つ、悠然と宙に浮かんでいるのが見えた。


「ふわははははッ! どぅだ、魔女どもめッ! 我が帝国が誇る空中戦艦『ガルガンチュア』と『パンタグリュエル』の威容に怖気づいたか! 今降伏するならば、命だけは助けてやっても良いのだぞぉ!」


 胸を張って勝ち誇るカスタネダ。


 その姿を見下ろしながら、ノエルが無邪気に笑った。


「あはは! ねえロズリーヌ。このおっさん、ちょっとイラッとするから殺っちゃって良い?」


「ま、待て! 早まるな!」


「ダメですわよ、ノエルさん。一応、降伏した兵士についての取り決めもあるんですから、昏倒させて『暗い部屋(ダークンドルーム)』に放り込んでおいてくださいまし」


 慌てるカスタネダを、呆れ顔で眺めてロズリーヌがそう言うと、ノエルがつまらなさそうに口を尖らせる。


「ちえッ……命拾いしたね、おっさん」


 次の瞬間、ベベットが音もなくカスタネダの背後に歩み寄ると、頸動脈を締め上げて、あっさり昏倒させた。


「空中戦艦と仰ってましたかしら……帝国はあれで何をするつもりなのかしら?」


「石を落とす?」


「あはは、上から直接マルゴに兵隊さんを降ろすつもりなんじゃないの?」


 ノエルとベベットの意見はロズリーヌには、ピンとこなかった。


 石を落としたところで大したダメージにはならないし、空中戦艦が幾ら大きいと言っても、人間が千人も乗れる様な大きさではない。

 

 魔女達よりも少ない人数を送り込んだところで、鏖殺(おうさつ)されるのがオチだ。


虚仮威(こけおど)し……なのかしら?」


 ロズリーヌがそう言って首を傾げた途端、野太い風切音が響き渡り、次の瞬間、マルゴ要塞の城壁の一部が、轟音を立てて弾け飛んだ。


「なんですの! 誰か! 何が起こったか、見てらっしゃいました?」


 慌てて声を上げるロズリーヌに、ベベットがこくりと頷く。


鉄杭(てつくい)……大きな鉄杭(てつくい)を発射した」



  ◇◆



 ベベットが見たのと同じ物を、ヴァンとエステルも見ていた。


 空に浮かぶ銀色の楕円形から凄まじい勢いで射出された巨大な鉄杭が、マルゴ要塞の城壁の一部を粉砕したのだ。


 無論、脅威を感じるばかりで、ヴァン達にも、それが何なのかは分からなかった。


 それはレーヴル王国から流出した輝鉱動力(エンジン)を用いて作り出された空中戦艦。


 そして、そこに搭載された輝鉱動力(エンジン)仕掛けの巨大な石弓(クォレル)の攻撃であった。


 戸惑っている間にも、更にもう一発、マルゴ要塞に着弾し、城壁が弾け飛ぶ。


「このままじゃ、マルゴが狙い撃ちじゃない!」


 エステルが切羽詰まった声を上げる。


 だがエステルに何とか出来るはずが無い。頼るべきはヴァンなのだが、炎の魔法の中に、ここからあの高さの敵を倒せるような魔法は存在しない。


光弾狙撃ライトニング・スナイプ』なら届いたのかもしれないが、あの魔法ではどうやっても威力不足だ。


「大丈夫……です。約束……僕がエステルさんの大切なもの、全部守るって」


 ヴァンがエステルへと静かに囁きかけた。


「なにか……方法があるのね?」


 ヴァンは小さく頷くと、エステルの身体を離して、その場に片膝をついた。


 そのまま地面に掌を押し当てて、(よう)ずる様に言葉を紡ぐ。


「我が胸の奥より来たれ」


 途端にヴァンの掌を中心に炎が走り、地面に文様を描き始めた。


 見るものがみれば、それは火炎系統の魔術回路に酷似している事がわかるだろう。


(なれ)の名は――」


 ヴァンが一際大きな声を張り上げる。


「――灰燼の王、パイロス!!」


 その途端、地面に描かれた魔術回路が、左右にブレて赤い光が溢れ出した。


 薄紫の瘴気が漂う中を、耳を(つんざ)くような咆哮(ほうこう)とともに、巨大な爪をもつ獣の腕が飛び出す。


「な、なにが来るの?」


 怯えるような目をしたエステルの眼の前で、徐々に這い出して来るのは巨大な獣、鋭い牙、恐ろしい三白眼、それは燃え盛る(てたがみ)を持つ巨大な紅い獅子。


 全長にして五メートルを超える、巨大な炎の雄獅子であった。


 袖口を掴んだまま、呆然とするエステルに微笑みかけ、ヴァンは言った。


「エ、エステルさんは、此処で待っていてください」


「ちょ、ちょっと、待って! 自分一人で行くつもりなの?」


「は、はい……そのつもり……ですけど」


 掴んだ袖口を引き寄せてしがみつくと、エステルは大きな声を上げる。


「ダメよ! 一緒に行くわ、絶対に離れない! 二度と離れてなんかやんないんだから!」


 思わず、困ったような表情をするヴァンに、炎の雄獅子が苦笑したような気がした。


「し、しかたありません……パイロス!」


 ヴァンの一言で、雄獅子は地面に伏せて、エステルに顎で背中に乗れと促す。


 エステルがヴァンの後について、そろりと雄獅子の背に(またが)ると、雄獅子はいきなり宙を駆け出し始めた。


「エステルさん、絶対手を離さないでください」


「は、離してくれって言っても、離さないわよ」

 

 エステルは必死にヴァンにしがみつきながら返事をすると、雄獅子の足元へと目を向ける。


 よく見れば、雄獅子の足の下では、一足毎に炎が爆ぜている。

 

 どうやらこの雄獅子は、空を飛んでいるのではなく、炎の上を走っているらしかった。


 そして、二人を載せた炎の雄獅子は、空へと高く駆け上って行った。


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