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第二十九話 オウルネスト撤退戦 その5


「貴様ぁあああ! よくも少佐をッ!」


 追いすがってくる全身甲冑(フルプレート)の男が声を荒げた。


 周りを取り囲む野次馬の反応も、単純な驚きから突然の乱入者への殺意に変わり始め、口々に罵詈雑言を叫び始めている。


 ちらりとエステルの方に目を向けると、ヴァンの方を目で追いながら、気が抜けたのか、へなへなと座り込んでいくのが見えた。


 今、馬車を止めるわけには行かない。

 

 そんなことをすれば、周りを取り囲む兵士たちが、雪崩を打つようにヴァンとエステルに襲い掛かることだろう。


 ヴァンは手綱を握り直して、エステルの周囲を回る軌道を維持しながら、背後を振り返る。


 後続の全身甲冑の男が速度を上げて、想像以上に迫ってきていた。


「ッ! 光弾狙撃ライトニング・スナイプ!」


 宙空から落ちてきた光の槍が、男の頭を直撃する。


 ガンッ! と派手な音を立てて凹む兜、男はつんのめる様にがくりと首を折る。だが手綱は手放さない。兜の隙間から滴り落ちる血もそのままに、男は更に速度を上げてヴァンへ追いすがる。


「死ねええええ!」


 男は、片手で戦槌(ウォーハンマー)を大上段に振りかぶった。


 だが、


光弾狙撃ライトニング・スナイプ!」


 ヴァンが狙ったのは、男が振り上げた戦槌(ウォーハンマー)


「お、お、うあ、うわあああああ」


 振り上げる勢い。それに更に勢いを加えてやると、男はもんどりうつ様に馬車から後ろへと落下する。


 そしてそのまま後続の馬車をも巻き込んで、周回軌道を外れ、野次馬の只中へと突っ込んだ。


 馬車が突っ込んだ辺りを中心に、そこら中から悲鳴が上がり、騒然とした雰囲気が周囲を取り囲む兵士達に伝播していく。


 周囲の野次馬の目には、単純に全身甲冑(フルプレート)の男がバランスを崩した、そう見えたことだろう。


 だが、浮足立っている今がチャンスだ。


 ヴァンは声を限りに叫んだ。


「魔女の大群が押し寄せてきてるぞおおおお! 空を飛んできてるぞ! 空から魔法を撃ってきてるぞおおお! 殺されるぞおお! みんな逃げろおお!」


 その途端に幾つもの光の槍が宙空から降り注いで、兵士達の足元の地面を穿(うが)つ。


「うわっ!? 魔女だ! 魔女の大群が撃ってきたァ!」


「ど、どこから撃ってきてる!?」


「殺されるぞ! にげろおおおお!」


 兵士たちは何もない空に、必死に魔女の姿を探しながら、怯えて蜘蛛の子を散らすように遠ざかっていく。


 兵士たちが遠ざかっていくのを確認して、ヴァンはエステルの方へ眼を向けると、手綱を引いて周回軌道から内側へ切れ込んだ。


「エステルッ!」


「きゃっ!?」


 速度を落として手を伸ばし、ヴァンは通り過ぎざまに彼女の腰を捕まえて、引きずるようにして馬車の上に引っ張り上げた。


「脱出します。掴まってて……ください」


「えっ、あ、う、うん!」


 戸惑うエステルを他所(よそ)に、ヴァンはぐるりと周囲を見回して、人の少ない方を目指して馬車を走らせる。


 逃げ惑う兵たちを追い立てる様に、馬車は走る。


 だが、馬車の上のエステルの姿に気づくと、兵士たち我に返って、


「魔女だ! 魔女が逃げるぞ!」


 と口々に叫び、手にした槍を構えて踏みとどまると、向かってくる馬車を待ち受ける。


 だが、突きだそうとした槍の穂先は途端にはじけ飛び、馬車に取り付こうと伸ばした兵士の手は、空から落ちてきた光の槍に射貫かれる。馬車の進行方向にいる者達も、次々に降ってくる光の槍に脇へ脇へと追い立てられていく。


「……す……すごい」


 エステルは、ただ呆然とそれを見ていた。


 見ていることしか出来なかった。


 どう見ても高階梯の魔法を、ヴァンは平然と撃ちまくっている。


 ヴァンとエステルの行く手に、それこそバカげた数の光の槍が降り注ぎ、逃げまどう兵士達の間にきれいに一本の道が広がっていく。


 逃げまどう兵士たちの真ん中を、泥まみれの少年と、傷だらけの少女を載せた馬車が走り去っていった。



  ◇◆



 柔らかな午前の日差しが、水面に跳ねている。

 

 まばらに木々が立ち並ぶ丘陵地、坂を上り切ったところに、小さな泉を見つけて、ヴァンはゆっくりと馬車を止めた。


 敵陣を突っ切って、2時間ほども走っただろうか。


 すでに敵が追ってくる気配はなかったが、出鱈目に走った所為(せい)で、ここがどこかもよくわからない。


 太陽はマルゴ山脈の方から中天に向けて、ゆっくりと天の(きざはし)を上っていく。


 マルゴ山脈を基準に位置関係を考えれば、自分たちが梟の巣(オウルネスト)から、北に移動したらしいということは分かった。


 とりあえず止まってはみたものの、脱出してからここまで、エステルとヴァンの間に会話は無い。


 何とも微妙な空気が、二人の間に居座っていた。


 近くの木に馬を繋いでいると、ヴァンの背後でエステルが唐突に口を開いた。


「一つ聞くわよ」


「は、はい?」


「アンタ、本当にヴァンなの?」


「え、えーっと……そうです。よ、汚れ過ぎてて、分かりませんか?」


「そういうことじゃなくって……あー、もう!」


 エステルは苛立つように、わしゃわしゃと髪を掻き、二つに括った赤毛が揺れた。


 つい先ほどまでのヴァンは、あまりにも彼らしく無かった。


 だが、今、長く伸びた前髪の間に垣間見える、オドオドした目は紛れもなくエステルの知るヴァンの物だった。


「……まあ、良いわ」


「す、すみません」


「何で謝んのよ」


「あ、いや……すみません」


 エステルは思わず、溜息を吐いて肩を落とす。


 つい先ほど、自分の事を呼び捨てにして、力強く抱き上げた人間と同一人物だとはとても思えない。


 ――「エステルッ!」


 あの時の声が今も耳の奥に残っている。


 確かにあれは、この少年の声だった。


 思い出せば、顔が熱を持っていくのが分かった。


 ヴァンのことをじっと見つめ、エステルは唇を震わせる。


「一回しか言わないから、よく聞きなさいよ」


「はい?」


「………………ありがと」


 ヴァンは思わず目を丸くして、固まった。


「な……なによ、その顔は!」


「あ、いえ……その、すみません」


「だ、か、ら、なんで謝んのよ!」


「す、すみません! ぼ、僕、泉で服を洗ってきます!」


 ヴァンが逃げ出すように、あたふたと泉の方へと走っていくと、すぐにザブン! と派手な水音が響き渡った。


「なんなのよ……もう」


 恐ろしい力を持ちながら、ものすごく不安定。


 なんの役にもたたないかと思えば、暴走したり、一人で帝国軍を手球にとってしまったりする、


 正直何なのか、全くわからない。


 あの少年がエステルの為に身を投げ出したのはこれで二度目。


 エステルは前髪をつまんで、こよる様に(もてあそ)ぶ。


 でもそれは、エステルに特別な感情を持っているからではない。


 それはたぶん……赤毛だからだ。


 赤毛の女の子を救えなかった後悔が、彼にそうさせているだけなのだ。


 それを残念だと感じている自分に気づいて、エステルは思わずブンブンと(かぶり)を振った。

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