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第二十七話 オウルネスト撤退戦 その3


 不安定に斜め向きの視界、目の前に平野が(ひら)ける。


(リノセラス)』は、遂に森を取り囲んでいた帝国兵の包囲を突き破った。


「あはははは、すごい! すごいよ!」

 

 何が楽しいのか大笑いしながら抱き着いてくる、ノエルの頬を押しやって、ベベットは必死で操縦桿(ハンドル)を操作する。


 横転しかける車体。


 それを今、ベベットはアクセルとブレーキを駆使して、紙一重で持ちこたえている。


 森を出てわずか数百メートルの間に、何十人もの帝国兵を轢き殺し、取り囲まれてボコボコにされ、最後には追突されて片輪走行。


 車体はひび割れ、車軸は歪み、真っ直ぐ走ることすら困難な有様。


 まさに強行突破であった。


 浮き上がっていた片輪が地面に落ちると、ガタン! と大きな音を立てて車体が上下に揺れる。


「痛いでありますぅ! 頭打ったでありますよぉ!」


 とミーロの非難がましい声が聞こえて、ベベットは思わず鼻を鳴らす。


 頭を打ったぐらいで済んだなら、礼の一つも言って欲しい。


 そう思った。


 敵の兵士たちを後方に置き去りにして、ベベットはアクセルを踏み込み、更に速度を上げる。


 カラカラと外れたネジが転がっているような、明らかにおかしなエンジン音が響いた。


 このままでは、いつ止まってしまうか分かったものではない。


 ――出来るだけ遠くに離れないと。


 ベベットの内心の焦りとは裏腹に、荷台の上でミーロとザザがへたり込んで、思わず安堵の息を吐く。


 その途端、二人は違和感を感じて、顔を見合わせた。


「点呼! イチ」


「ニッでありますって……あれ、あれ?」


 一瞬困惑するような表情になった後、ミーロは唐突に慌て始めた。


「ヴァ、ヴァ、ヴァ! ヴァン軍曹が居ないであります!?」


「エステルもだ! まさか落ちたのか!」


「ベベット上級曹長! 助けに戻るであります!」


 ミーロが必死の形相で御者台の方へと駆け寄ると、ベベットは小さく鼻を鳴らした。


「無理。死体二つで済むところが、四つ追加されるだけ」


 ノエルはここにいる人間を順番に指さして数えた。


「一人少ないけど?」


「……私は絶対行かない」


「上級曹長ッ!」


 ミーロがベベットに掴みかかると、ノエルがミーロの額に指を突きつける。


「あはは、それは関心しないね。(ラパン)ちゃん」


 ミーロの顎から一筋の汗が落ちて、御者席の上に小さなシミを作る。


 それを眺めていたロズリーヌは、フフンと笑って胸を張った。


「ヴァン様はシュヴァリエ・デ・レーヴル様の生まれ変わりですわよ。我々ごときが心配するのも烏滸(おこ)がましいですわ」


「なっ!? ロズリーヌ准尉、あなたはヴァン軍曹のことを愛していると騒いでおられたではありませんか! 心配ではないと仰るのでありますか!」


「愛しておりますとも、愛とは信仰。信じる事ですもの。ヴァン様は唇で魔法をコピーして、千の魔法を使いこなす魔女の祖、始まりの魔女の生まれ変わりですわよ。そんな方の無事を疑う方がどうかしておりますわ」


 ミーロは、ロズリーヌを観察する様な目つきで眺める。


 平たい言葉で表現すれば――大丈夫か、コイツ? そういう目だ。


 そんな空気を全く読まずに、ノエルが素っ頓狂な笑い声を上げる。


「あははははははは!」


「何がおかしいんですの?」


「だっていくらロズリーヌの言葉でも、おかしいよソレ。」


「だから、何が!」


 ロズリーヌの言葉に苛立ちが(まと)わりつく。


「シュヴァリエ・デ・レーブルって最初の魔女なんだよね」


「ええ、そうですわ」


「で、キスで魔法をコピーできる力があるんだよね」


「ヴァン様がそうなんですから、そうですわよ。ノエルさん! だから何ですの、怒りますわよ!」


「あはは、自分以外に魔女なんていないのに、誰からコピーするのさ?」


 ロズリーヌは、ぽかんと口を開けて固まった後、思わず目を泳がせる。


「えっ……あ……えーと……」


 バカは時々、本質を()くから油断ならない。


 その時、ベベットが彼女にしては大きな声を上げた。


「追って来てる、おしゃべりは後」


「ごまかすのでありますか!」


「死ね、兎! 逃げ切った後なら聞く!」


 ベベットは、らしくもない苛立ち交じりの言葉を投げつけると、後方を追ってくる騎馬部隊を睨みつけ、再びアクセルを踏み込んだ。


 ◇◆


 荒地を転がる根無し草(タンブル・ウィード)の様に、ゴロゴロとヴァンは大地を転がった。


 夜明け前の暗さと、馬車との衝突、車両に轢かれて呻く兵士たち、混乱した戦場の中で、少年が一人、馬車から転がり落ちたところで、誰も気には掛けない。

 

 そもそも帝国軍の人間は、敵は魔女――女だと思っている。


 馬車から男が跳ね飛ばされる様に転がったところで、『(リノセラス)』に取り付いた帝国の兵士が振り落とされた、そうとしか見えなかったことだろう。


 泥だか血だか分からないものにまみれながら、転がり落ちたヴァンは、軍服の色の違いが目に止まらぬ様に、更に汚泥に塗れると、エステルが跳ね飛ばされていった方向へと走る。


(リノセラス)』が通り過ぎた直後だけに周囲は、混乱に満ちていた。


 雲霞の様な帝国兵の只中で、ヴァンはキョロキョロと辺りを見回す。


 敵が遠ざかったことで、弛緩したような雰囲気の者達もいる。


 そんな兵士たちの一人、


「ははッ! やられたなー小僧」


 と、小汚く泥にまみれたヴァンを(からか)ってきた人の良さそうな兵士に問いかける。


「……魔女は?」


「おう、車の方は騎兵団が追ってったが、なんだか一人取り残されたのがいるらしくてよ。森の方へ逃げ込もうとしてるらしいんだが、生け捕りに出来そうだってんでサントン少佐の部隊が追いかけてったぞ」


「森の方で……すか」


 なるほど、エステルは火炎系統の魔女。


 そこに逃げ込めば、少なくとも火が消えるまでは、時間を稼ぐことができるだろう。


「サントン少佐は、がっちがちの全身鎧(フルプレート)着込んで、魔法対策もばっちりだって息巻いてたからな。もしかしたら、もう魔女も捕まえ終わってるかもよ」


 思わずヴァンは唇を噛む。


「ありが……とう」


 ヴァンはぺこりと頭を下げると、元来た森の方へと一目散にかけ始めた。


 その背中に向けて人のよさそうな兵士は、


「おい小僧! 面白がって近づくんじゃねぇぞ! 巻き込まれたら命なんて幾らあってもたりねえんだからな!」


 と、声を上げた。

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