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第二十五話 オウルネスト撤退戦 その1

 ――為すがまま。


 茄子(なす)がママなら、胡瓜(きゅうり)はパパかと、くだらない事を考えながら、ザザは小さく溜息を吐いた。


「えへへっ、お兄ちゃん! だーい好き」


「リル中尉、離れてくださいませ。ヴァン様が迷惑されておられますわ」


「ぶっぶー! 残念! ルルでした」


「あはは! やっぱり違いわかんないね」


「ちょっとアンタたち、今は作戦行動中なのよ。ちょっとは静かにできないの! って……アンタも固まってないで自分で断りなさいよ!」


「す……すみません」


「エステル准尉、ヴァン軍曹は何も悪くないでありますよ。ヴァン軍曹が迷惑されておられるであります。ルル中尉もロズリーヌ准尉も、少しは自重してほしいであります」


 車両の振動に合わせて揺れる、カンテラのほの灯りの下。


 そこで繰り広げられているのは、いつもと何ら変わらない痴話喧嘩である。


 これから敵の砦への威力偵察を仕掛けるというのに、この一団には根本的に緊張感というものが欠けている。


 肝が据わっていると言えば聞こえは良いが、単純に遠くからの狙撃という安全度の高い任務であることが、より一層彼女たちの真剣さを削いでいるのだろう。


 要は()めているのだ。


 此処に配属される前は、王宮武官として将来を嘱望されていたザザではあったが、いつの間にか、この雰囲気にも慣れつつある自分自身に呆れてもいた。


 大型兵員輸送車両、LV-05『(リノセロス)』。


 最大輸送人員12名を誇る、大型の兵員輸送車両。


 大型の荷馬車を、薄い金属の(ほろ)で覆ったその形状は、車輪がついたモスグリーンの立方体。


 荒地での走行を想定して、四つの車輪一つ一つが輝鉱動力(エンジン)と接続された四輪駆動車両である。


 マルゴ要塞を進発して、既に二時間。


 今は、運転技術に秀でたベベットが御者台の上で操縦桿(ハンドル)を握り、他の面々は、後部の荷台に向き合う形で設置された座席に座っている。


 左側にはザザ、ミーロ、エステルが座り、右側にはノエル、そしてロズリーヌとルルの間に挟まれて、ヴァンが小さくなっていた。


 第八小隊の双子魔女、その片割れであるルルは、連絡要員として同行している。


 目的地の森――梟の巣(オウルネスト)と呼ばれる高木樹の森までは、あと一時間ほど。


 現在、『(リノセラス)』は、街道を外れて道なき道を、弧を描くように目的地に向かっている。


 直線距離ではないだけに時間がかかるが、敵に見つかれば終わり、そういう作戦であるが故に、当然の措置であった。


 到着後は警戒の上、待機。


 どの軍隊においても警戒が途切れがちになる夜と朝の(はざま)、四時を目途に、

ロズリーヌの鷹の目で攻撃目標を選択しつつ、ヴァンが狙撃するという段取りになっている。


 ザザの目の前で、ヴァンを間に挟みながらルルとロズリーヌはやたら粘度の高い嫌味の押収を続けている。


「子供っぽい」だの「胸が無い」だの互いを罵り合う度に、自分も傷ついていく二人の姿は中々に見物であった。


 やがて、『(リノセラス)』が目的地である梟の巣(オウルネスト)へと差し掛かると、


「ノエルさん、このロリババアからヴァン様を守っておいてくださいまし」


 と指示を出して、ロズリーヌは御者席へと移動する。


 此処から先は、木々の間を行くことになる。


 車両が通れる道を選択する為には、ロズリーヌの『鷹の目(ホークアイ)』でのナビゲートは欠かせない。


「はい! ルルちゃん、高い高ーい!」


「ぎゃー! 離してよぉ! 何なのこの能天気お姉ちゃんは!」


 赤ん坊の様にノエルに掲げられて、ルルがぎゃーぎゃーと騒ぐと、すかさずエステルがその口を塞いで睨みつける。


「しー」


 ここは既に帝国領内、いくら緊張感の無い一団とはいえ流石に警戒せざるを得ない。


 狭い木々の間を通り抜けるために『(リノセラス)』もほとんど徒歩と変わらないほどに速度を落とさざるを得ず、ゆっくりと森の中を進んでいく。


 ザザは荷台後部の乗降口から外に体を乗り出して、空を見上げる。


 下部の輪郭だけを残すような、新月間近の細い月。


 ニタッと意地悪に笑った口元を思わせるその形に、何か不吉なものが背筋を(よぎ)って、思わず身震いした。


 ◇◆


 森の中をしばらく進んだ頃、


「ベベットさん、こちらに真っすぐ行けば少し広い伐採済みの空き地がありますわ。そこで停車しましょう」


「ん、りょーかい」


 ロズリーヌの指し示した方角へとベベットは操縦桿(ハンドル)を切った。


 やがてロズリーヌの言葉通りに、車両を隠せるような空き地を見つけると、ゆっくりと『(リノセラス)』を停車させる。


「……とーちゃく」


 ロズリーヌが上着のポケットから、懐中時計を取り出して、時間を確認する。


「二時五十分ですわ」


 ほぼ想定通りの到着時刻。


 既にここは敵の哨戒圏内、否が応にも緊張感が高まる。


 カンテラの灯りを消し、全員が息を殺して、動きを止める。


 名前の由来通りに、外ではホウ、ホウと(ふくろう)の鳴き声が遠く、近く、幾つも響いている。


 そんな中、ロズリーヌはベベットに顔を寄せると、耳元へ囁いた。


「リュシール中尉の件、いかがでしたの?」


 ベベットはフルフルと首を振る。


「見込み違い。白、真っ白。人事院の記録まで取り寄せたけど、疑うところはなかった」


 その返答に、ロズリーヌはホッとしたような表情を見せる。


 ロズリーヌはヴァンを襲う様に、自分を(そそのか)したリュシールの事を、内通者ではないかと疑っていたのだ。


 内通者であれば、ヴァンが暴走してくれれば、当然メリットがある。


 取ってつけた様に出世の為だと言っていたが、ベベットの情報収集力を(もっ)てしても、白だと言うのであれば、本当にロズリーヌの将来を(おもんばか)っての行動だったのかもしれない。


「まあ、あのお陰でヴァン様のことを知れたのですから、感謝すべきなのでしょうね……」


 あの時、ヴァンの身体の中にいた悪魔の様な男の頬をぶん殴って、救い出してくれたのは、ヴァンなのだと、ロズリーヌは確信していた。


 ロズリーヌが、ちらりと背後を振り返ると、少年と並びあってミーロが何やら小声で会話しているのが見えた。


 エステルやロズリーヌと話すときほど、ヴァンに緊張した様子が見えないのは、羨ましいような気がしたが、むしろあの少年が緊張しないというのであれば、それはそれで、恋愛の対象外なのだろう。


 そう思った。


 その時、ザザが腰を落としたままロズリーヌの方へと歩み寄り、囁きかける。


「ロズリーヌ、嫌な胸騒ぎがする。『鷹の目(ホークアイ)』で周囲を確認してくれ」


「なんですの? 臆病風にでも吹かれましたか?」


「何もなければ、それはそれで構わない。頼む」


「まあ、良いですわ。折角ですから、敵の砦とやらも見ておく事にしますわ』


 ロズリーヌは手を掲げて、宙を見上げる。


『第一階梯 鷹の目(ホークアイ)!』


 その瞬間、ロズリーヌの眼の中に茨のような文様が浮かび出る。


 だが、途端にロズリーヌの表情が曇った。


「なんですの……これ?」


「どうした? 何が見えたのだ?」


 次の瞬間、ロズリーヌは小さく息を飲むと、いきなり大声を上げた。


「ベベットさん! 輝鉱動力(エンジン)始動! 今すぐ全力で此処を離脱しますわよ!」


「なに?」


「説明は、後! 早くしてくださいまし!」


 ロズリーヌの権幕にベベットは、輝鉱動力(エンジン)をスタートさせる。


「ベベットさん! 前に向かって突っ切って! その先に車両が通れる幅の林道がありますわ」


「ん」


 荒馬の(いなな)きの様な音を立てて急発進する『(リノセラス)』。

 

 突然の急制動に、荷台の上のヴァン達はつんのめって転げまわった。


「ちょっと!? 何やってんのよ!」


 エステルが、ぶつけた腰を(さす)りながら怒鳴り声を上げると、ロズリーヌがそれをにらみ返す。


「罠! 罠ですのよ!」


「罠ですって!?」


「この森を敵の軍が囲んでいますわ。大部隊ですわよ」


 その一言に、全員が目を見開いて、凍り付いた。


「あの砦も張りぼて、これはワタクシ達をおびき寄せるための罠ですわ」


「森を取り囲むって……。そんなの千や二千じゃないわよ! たかが一部隊を誘きよせるために、そんな大がかりな事する訳ないじゃない!」


「知りませんわよ! そんな事!」


 ロズリーヌとエステルが怒鳴りあっている間にも、『(リノセラス)』は森の中を突進していく。


 細い木や枝をへし折りながら進む先、木々の向こう側に、赤々と炎が燃え上がった。

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