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第十九話 意味を知る時

「三人仲良く、私の玩具として楽しませてもらいますから」


 自分の上に跨る男を見上げて、ロズリーヌは絶望に顔を歪めた。


 抵抗に意味はない。


 力任せにこの少年を押しのけたところで、『支配(オキュペーション)』を発動されてしまえば、それでお終い。


 魂を砕かれる。


 身を砕かれるのとは、全く意味が違う。


 それは本当の意味での死だ。


 輪廻の輪からも外れて、未来永劫、自我を亡くした魂が行き場も無く彷徨うことになる。


 自分という存在が世界から消え去った後も、自分の形をした肉人形が、この少年に浅ましく(かしず)くのだと思うと、気が狂いそうだった。


 ロズリーヌの頬を、ボロボロと涙が零れ落ちる。


「うっ……ひっく…うぇえええん」


 喉の奥がひくひくと疼いて、子供のような泣き声が止めどもなく口から溢れ出てくる。


ゆづして(ゆるして)……くだざい。あなたのどでい(奴隷)になりますからあ、なんでもいうことききますかだあ、だまじい(たましい)をころさないでぇ……」


 恥も外聞もなく、必死に命乞いを始めるロズリーヌを、満足げに見下ろしながら、少年は彼女の眼前に手を差し述べる。


 ロズリーヌは何の戸惑いも無く、手の甲に頬ずりして、涙を浮かべたまま、上目使いに少年を見上げ、その指にしゃぶりついた。


「……っく、お願いですぅ……ご主人様ぁ、魔法なんて使わなくてもワタクシは、ロズリーヌはもう、あなたの奴隷ですぅ」


 少年は、嗜虐の笑みを浮かべると、ロズリーヌのはだけた胸を力任せに鷲掴みにする。


「痛い」そう口走り掛けるのを必死に堪えて、ロズリーヌはますます媚びるような表情を作った。


 だが興に乗ったのか、少年は尚も力を緩める事もなく、握りつぶさんばかりに、小ぶりな胸を捩じりあげ、柔らかな膨らみは歪に変形する。


 ついにロズリーヌは痛みを堪えて、眉根を寄せた。


 だがその時、


「夜は長い。確かに、このままあっさりと隷属させるのは面白みに欠けますね。あなたに一つ、機会(チャンス)をあげましょう」


 ――チャンス。


 その言葉に思わずロズリーヌは思わず目を見開く。


 そして、彼の気が変わってしまう事を恐れて、必死に媚びた。


「外の二人のうちどちらか一人。……あなたが殺しなさい。そうすれば、忠誠の証として『支配(オキュペーション)』は使わずに、可愛がってあげますよ」


 ――わかりました。


 そう答えかけて、ロズリーヌは思わず硬直する。


 ノエルとベベット。


 二人の姿が脳裏を過った。


 付き合いが長い訳では無い。


 わずか半年。ロズリーヌが、第十三小隊に配属されてからの付き合いでしかない。


 だが、何度突き放しても能天気になついてくるノエルと、いつもロズリーヌの事を信じて、面倒臭がりながらも支えてくれるベベット。


 その二人を天秤にかけることなど、出来るはずがなかった。


「選べません」


 それは先ほど、少年が口にしたのと、全く同じ言葉。


 そう口にした途端、ロズリーヌは愕然とした。


 気付いたのだ。


 ヴァンはロズリーヌの事を、選んでくれていた。


 切り捨てられないものの一つだと、そう言ってくれていたのだと。


「……愚かな」


 少年が興を削がれたように、吐き捨てる。


 ――本当に愚かですわ。


 そんなことにも気づかずに、ロズリーヌは、彼にこの悪鬼のような男と同じことをしたのだから。


「グスッ……ごべんださい(ごめんなさい)


 ぐちゃぐちゃに泣き崩れながら、ロズリーヌの口から零れたのはヴァンへの謝罪の言葉。


 少年はロズリーヌの顎を掴んで動けなくすると、口元を歪めてこう言った。


「安心するがいい。後悔することさえ、出来なくなるのだから」


 ロズリーヌが諦めの吐息をこぼした、その瞬間。


 突然、少年の顔が、左にズレた。


 ボコッ! という打撃音が響いて、少年はそのまま吹っ飛んでベッドから転げ落ちる。


 それはあまりにも奇妙な光景。


 少年が自分の頬を、右腕で力いっぱい殴りつけたのだ。


 少なくとも、ロズリーヌには、そう見えた。


 次の瞬間、ロズリーヌは、はたと気づいて起き上がる。


 はだけた胸もそのままに、ベッドを飛び下りると床の上で呻いている少年の背後から組み付く。


 使えなくとも『支配(オキュペーション)』は自分の魔法だ。弱点ぐらいは分かっている。『支配(オキュペーション)』は、相手を目視せずには発動できない魔法なのだ。


 背後から首に腕を回して締め上げる。いわゆる裸締め。頸動脈をきっちり抑えてやれば、オトすのには三秒とかからない。


 だが、少年も必死。少年の爪がロズリーヌの腕に食い込んで肌が破れて血がにじんだ。だがここで離す訳にはいかない。離したが最期。まさに一巻の終わり。


「くうううっ!」


 と眉をハの字に潜めて、ロズリーヌは必死に首を締め上げる。やがて、くはッ! と空気が洩れる様な短い声を上げて、少年の身体から力が抜け、手足がだらりとぶらさがった。


 いつもならば、ここで手を放すのだが、ロズリーヌは恐怖のあまり、尚も必死で首を絞め続ける。


 このままでは殺してしまう。


 そう気づいたのは、少年が本当に死ぬ手前であった。


 警戒しながら少年の首から手を離すと、ロズリーヌはへなへなとその場に座り込む。


 身体に力が入らない。


 腰が抜けてしまっている。


 肩で息をしながら、自分で自分を殴った少年のあの挙動はなんだったのか、頭の中でそう考えかけて、ロズリーヌはそれを中断する。


 それよりまず、この少年を拘束することの方が優先だ。


 縛って、目隠しして、ベベットの『暗い部屋(ダークンドルーム)』に放り込む。そう段取りを決める。


 そして、


「ベベットさん」


 そう外に向かって声をかけようとして、ほとんど全裸に近い自分の恰好に気づくと、心の底から泣きたくなった。


 ◇◆


 その頃、マルゴ要塞の城門を巨大な虫の羽音の様な異音をまき散らしながら、一台の高速車両が潜っていった。


LV-08『飛蝗(ソートレル)


 茶色のくりくり巻き毛の少女にしがみついて、白髪交じりの女がぐったりとしている。


 そのまま少し速度を落として車庫の中へと走りこむと、後輪を滑らせるように回転しながら、停車しているLV-03『山猫(ランクス)』の隣へとピタリと停車した。


「着いたよー! 筆頭の人!」


「……ええ、分かってます、分かってるんですけどね」


「だらしないなぁ……ロウは全然平気だよ」


 暴れ馬の方がまだましだと思えるほどの、急制動の繰り返し。確かに夜にはマルゴへとたどり着きはしたが、ここへ来るまでの間、全く生きた心地がしなかった。


 少し警戒する様子を見せながら、夜間警備の魔女がパタパタと足音を立てて近寄ってくる。


 高速車両に乗ってきたことで、友軍の人間だとは分かっているのだろうが、こんな夜半に最前線の要塞に飛び込んでくる人間を警戒するのは、当然であった。


「所属とお名前を述べられよ!」


「筆頭魔術師ローレン=シュクレルと開発局顧問マセマー=ロウ殿です! シュゼット=マルゴット中佐に取り次いでください!」

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