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第十七話 落ちこぼれのロズリーヌ、深夜の強襲

 女王との会談の翌日午前のこと。


 ローレンはマルゴ要塞に出向く為、王宮の車庫にいた。


「これはまたなんと言うか……個性的と言うべきなのでしょうけど……大丈夫なのですか?」


 目の前の高速車両を眺めながら、ローレンは思わず戸惑いの声を漏らす。


「何が?」


 ローレンのすぐ隣で白衣を羽織った少女が、不思議そうに首を傾げる。


「車輪の数が少なくありませんか、これ」


「だって、筆頭の人が一番早いのっていうからさあ」


「それは……そうなのですけど」


「LV-08『飛蝗(ソートレル)』。明日の朝までにマルゴまで行ける車両って言ったら、これしかないよ」


 ローレンは、尚も不安げな眼差しを向ける。


 ――鋼の木馬。


 目の前にあるものは、まさにそういう形をしていた。


 支えなしには、単独で立てておくことも出来ない不安定なつくり。


 車輪は前後に二つしかない。


「ロウが自分で運転するんだから心配ないって」


 白衣姿の快活な少女が笑う。


 歳は13歳。


 ローレンからすれば、子供としか言いようのない年齢。


 白衣の下は、だぼっととしたオリーブ色の作業着で、褐色に日焼けした肌に、くりくり巻き毛のショートカット。


 少女の名はマセマー=ロウ。


 狂気の錬金術師(マッドアルケミスト)の二つ名を持つ、天才魔女である。


 いや正確に言うならば、彼女は魔術の才に秀でている訳ではない。


 魔女の身でありながら、数々の発明を世に送り出した天才発明家なのだ。


「じゃ、開けてよ!」


 少女が車庫の外に向けて声をかけると、ガラガラと音を立てて、大きな扉が開いていく。


 射し込んでくる陽の光に目が眩んで、ローレンは一瞬目の前が真っ白になった。


「じゃロウが前に乗るから、筆頭の人は後ろね」


 そういって、マセマー=ロウはさっさと『飛蝗(ソートレル)』に(またが)る。


 ローレンも、足を開いて(またが)るという乗り方に戸惑いながら、マセマー=ロウの後ろに連なる様に腰を下ろした。


「じゃ、行くよ。危ないからしっかりロウの腰に掴まってて!」


「ちょ、ちょっとお待ちくだ……」


 ローレンの訴えを無視して、白衣の少女が操縦棹(ハンドル)を回した途端、『飛蝗(ソートレル)』は獣の様な唸りを上げ、前輪を高く持ち上げて、悍馬(かんば)の様に(いなな)く。


「ひゃあああああ!」


 車庫の薄闇の中に、中年魔女の情けない悲鳴を取り残して、二人を乗せた『飛蝗(ソートレル)』は猛然と飛び出して行った。


  ◇◆


同じ頃、


「ハァ!? 冗談じゃないですわ。ワタクシに娼婦の真似事をしろとおっしゃいますの?」


 ロズリーヌが声を荒げて、カンテラの灯りが吐息に揺らめいた。


「あら? 出来ませんかぁ?」


「当たり前ですわ」


 リュシールの平板な物言いに、ロズリーヌはプイと顔を背ける。


 朝礼の後、ロズリーヌは一人残る様に言われ、リュシールに連れられて、地下の面談室を訪れていた。


 早朝だとはいえ、陽の光の届かない面談室は、カンテラの灯りなしでは真の闇。


 テーブル上の小さなカンテラを挟んで、二人は向かいあっていた。


「ロズリーヌ、あなたは勘違いしてるわぁ」


「何がですの」


「今、中佐が女王陛下に指示を仰いでおられるけどぉ、その返事が戻ってきてしまったら、機会(チャンス)は永遠に失われてしまうかもしれないのよぉ」


機会(チャンス)?」


 よっこらしょとテーブルの上に鎮座しているリュシールの巨大な双丘を腹立たしく思いながら、ロズリーヌは問い返した。


「そう、三代貴族の一角ミュラー家の長女にして、希少系統の魔法を宿して産まれた……にも関わらず、妹に時期当主の座を奪われかけてる、とーっても残念な魔女に与えられた最後の機会(チャンス)


「……馬鹿にしてますの?」


「違うわよぉ。ご両親に認められたいのでしょう? 愛されたいのでしょう? あなた第十三(トレーズ)に配属された頃、そう言って泣いてたじゃない」


「ッ……。それは中尉が(あお)るから……って、それが何の関係があるんですの!」


 真っ赤になって(わめ)くロズリーヌに、リュシールは呆れたと言わんばかりに肩をすくめる。


「女王陛下が彼に固執する理由がわかりませんかぁ? ……彼はシュバリエ・デ・レーヴル様の再来なのですよ」


 ロズリーヌは思わず息を呑んで、目を見開く。


「シュバリエ・デ・レーヴル様の寵愛(ちょうあい)を独占するという事がどういう意味を持つのか……第一階梯しか開けない落ちこぼれの魔女のあなたにも、わからない訳が無いわよねぇ」


「……しかし乙女の貞操を、好きでもなんでもない男に差し出せなどと」


 ロズリーヌの弱々しい反論を、リュシールはせせら笑う。


「あの子はエステルとの接吻(キス)で彼女の魔術回路をコピーして暴走、第七階梯の魔法を発動して要塞そのものを吹っ飛ばしかけたという状況は理解してますわよねぇ」


「……あたりまえですわ」


「どういう訳かあの子はエステルに固執してるのよぉ。このまま行けばシュバリエ・デ・レーヴル様の寵愛(ちょうあい)を一身に受けるのは、彼女だということも分かりますよねぇ」


「そんなの私には関係ありませんわ!」


「そうかしらぁ? このままじゃ平民出身のあの子が高見へとのぼって、あなたは三大貴族から(こぼ)れ落ちた上に、政略結婚の為に、脂ぎった中年の婿を貰って、子を産むことになるのよぉ、きっと」


 ロズリーヌは唇を噛みしめて(うつむ)く。


 リュシールは席を立ってロズリーヌの背後に歩み寄ると、耳元で声を潜めて(ささや)いた。


「彼が暴走したとしても、攻撃魔法を使えなければ、軍人であるアナタに敵うわけがありませんよねぇ」


 ロズリーヌの耳に流れ込んでくるその言葉は、猛毒の様に甘い。


「第十階梯までの魔法全てに、一つも攻撃魔法を含んでいない魔女といえば、この要塞中さがしてもあなただけ。彼を籠絡する。このチャンスは貴方だけに与えられたものなのですよぉ」


「……何をたくらんでいますの」


「何も……というのは嘘が過ぎるわねぇ。見返りは出世。あなたが権勢を手に入れたなら、私にそれ相応の地位を与えてくれればいいのよぉ」


「……わかりましたわ」


 静かに顔を上げたロズリーヌの瞳の奥に野望が渦巻いているのを眺めて、リュシールは満足げに微笑んだ。


  ◇◆


 やがて夜が来て、幹部の居室区画の一室。


 流石にあんな事があった後では、他の魔女と同じ部屋で過ごすことは難しかろうと、シュゼットが用意してくれた空き部屋。


 ヴァンがここに引き籠って、既に四日目の夜を迎えていた。


 兵員用の二段ベッドとは全く違うクッションの効いたベッドの上で、ヴァンは毛布を抱えて横たわり、もう幾度となく、あの日の出来事を反芻(はんすう)していた。


 まるで意識を他の意識に押しのけられる様な感覚。


 身体が自分のものでは無くなったような感覚、だが同時に、アレはまぎれもなくヴァン自身であったとも思う。


 エステルのことを自分のものにしたいという欲望。


 何かがそれに応えた。


 ――力に振り回されてしまったのですねぇ。


 リュシールはそう言っていたがが、果たして本当にそうなのだろうか?


 その時、扉の辺りに人の気配を感じて、


「だ、誰!?」


 と、ヴァンは勢いよく身を起こす。


「あら、気付かれてしまいましたわ」


 冗談めかした物言いとともに、金色の巻き髪が薄闇の中で揺れた。


「ロズリーヌさん……ど、どうやって……」


 扉には鍵がかかっている。


「ベベットにお願いして影の中を……って、まあそんな事はどうでも良いじゃありませんの」


 暗闇から近づいてくるロズリーヌの装いに気づくと、ヴァンは思わず真っ赤になって目を背けた。


 レースに縁どられた薄いショールの下に、薄紫の布面積の著しく少ないレースの下着が透けている。


 ロズリーヌはしずしずと歩み寄ると、ヴァンの戸惑いなどお構いなしに、ベッドの上へと乗った。


「ちょ、ちょっと待ってください。ロ……ロズリーヌさん」


 ヴァンはベッドの上をあたふたと後ずさり、ベッドの背板(ヘッドボード)に背中をぶつける。


 それを追う様にベッドの上を(なま)めかしく、這いながらロズリーヌが近寄ってきた。


 レースの小さな布でギリギリ隠れているだけの小ぶりな胸が目に入って、ヴァンはますます顔を(ゆだ)たせる。


「優しくして……差し上げますわよ」


 そういって唇を舐めたロズリーヌの舌の赤さが、ヴァンの目に焼き付いた。

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