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第十三話 訓練開始

「傾注!」


 ラデロの硬質な声が響き渡った。


 マルゴ要塞の東側、山の斜面を切り開いて、棚の様に作られた平地。


 まるで古代遺跡の様に崩れた建物が、わざわざそれらしく設置された実戦訓練場。


 そこに、第十三小隊の面々が整列していた。


 正面中央にシュゼット、その左右にラデロとリュシールが立っている。


 シュゼットが一歩進み出て、ぐるりと小隊員を見回す。


「これより実戦訓練を開始する、ヴァン軍曹とミーロ伍長以外にはわざわざ説明するまでもあるまい。ロデリーヌ准尉! これから貴様らがすることはなんだ!」


「フフッ……殺し合いですわ」


「そうだ。これよりエステル准尉、ロデリーヌ准尉それぞれのチームに分かれて、互いに全力で殺しあって貰う。一人でも生き残っていた方を勝利とする」


 あまりにも無茶苦茶な話の内容に、ヴァンとミーロは目を()いて顔を見合わせる。


「制限時間は一時間、この訓練場の外へ逃げる事は許されない。尚、エステル准尉とザザ上級曹長は、一度は魔力の補給を受ける事、これはヴァン軍曹を予備タンクとして効率的に運用するための実験を兼ねている。いいな!」


「ちょ、ちょっと……ま、待ってくだ……さい!」


 (たま)らずヴァンが声を上げると、ラデロがそれをジロリと睨み付けた。


「質問を許した覚えはないぞ! ヴァン軍曹!」


「でも……」


 尚も言い(すが)ろうとするヴァンの手を、ミーロが掴む。


「ヴァン軍曹、ここは軍であります。上官の命令は絶対。……大丈夫であります。殺し合いというのは何かの比喩であります。それにヴァン軍曹の事は絶対、自分が守るでありますから」


 その時、ミーロの背後から、ロズリーヌが顔を覗かせて、ヴァンにニコリと微笑かけた。


「まあ、実戦は初めてですものね。不安なのも仕方ありませんわ。これをお使いくださいませ。少しは安心出来るのではなくて?」


 ロズリーヌが引き摺る様にして、ヴァンの方へと手渡したのは楯。


 大きな鋼の楯だった。


 手入れも行き届いているらしく、顔が映る程に磨き上げられた真新しい代物だ。


「良い……んですか?」


「ええ、かまいませんことよ。敵になるとは言っても、目下の者への施しは貴族の嗜みノブレス・オブリージュですもの」


 再び柔らかな微笑を浮かべると、ロズリーヌは金色の巻き髪を手で掻き上げ、(きびす)を返して歩み始める。


「何たくらんでるのよ」


 エステルがすれ違い様に睨み付けると、ロズリーヌは肩をすくめて、いかにも心外そうな顔をした。


「何って、か弱い男性は(いた)われと教えられませんでしたの? ああ、そうですわね。エステルさんは平民の出でしたっけ? これは失礼しました」


 エステルがギリリと奥歯を噛み締める音が、微かに響いた。


「では、後ほど戦場で。ノエルさん、ベベットさん、行きますわよ」


「あはは、りょーかーい!」


「ん」


 ロズリーヌの後についてノエルとベベットが歩き始めると、その背を目で追って、ラデロが宣言した。


「ではロズリーヌのチームは南側、エステルのチームは北側へ移動せよ。戦闘開始はこの後、きっちり五分後だ!」


  ◆◇


 シュゼットとラデロ、それにリュシールは、訓練場全体が見渡せる、高台に設置された観覧席へと移動していく。


 リュシールは振り向くと、何か言いたげな表情でミーロを見つめた。


 肩を並べて歩くエステルとザザ。


 その後に続いてミーロとヴァンは実戦訓練場の北側へと移動する。


 この実戦訓練場の広さは五百メートル四方にも及び、足元は石畳が敷かれ、北と南の開始地点を除くと、複雑に入り組んだ古代遺跡を模した障害物となっている。


「さて、どういう戦術で行くのだ? 准尉殿」


 普段、准尉殿などとは呼ばない癖に、ザザはからかう様に問い掛ける。


「そんなの決まってるじゃない。まず潰すべきは……」


「ロズリーヌだな」


 エステルはコクリと頷く。


「あの『鷹の目(ホークアイ)』がある限り、こちらの手の内は全て見透かされる。奇襲も挟撃も無理だとなれば、私達の取れる戦術は一つよ」


「フッ……ゴリゴリの力押しを、戦術と呼ぶのはどうなのだろうな」


「いいのよ。メンバー編成上、こっちがゴリ押しで行けば、結果として向こうも力押しにならざるを得ないもの。戦術って事にしとかないと虚しくなるわよ。たぶんベベットをロズリーヌの護衛に残して、ノエルが突撃してくるでしょうからね」


「一人が打って出てロズリーヌを狙い、もう一人は後ろのお荷物二人をノエルから守るという形だな」


「……で、どっちが攻めるかだけど」


「准尉殿、御守りを頼んだ!」


「ちょ!? ちょっとザザ! なんで私が御守りなのよ!」


 エステルが声を上げた時には、既にザザは走り始めていた。


「決まっている。ノエルの相手は御免だからだ!」


「ちょっと! ザザ! 私だってイヤよ!」


「……行っちゃいましたね」


 ミーロが思わず苦笑する。


 ヴァンはエステルに問いかけた。


「ノエルさんって……そんなに強いんです……か?」


「何、気軽に話しかけて来てんのよ、気持ち悪い……まあ、良いわ。強いというより正直言ってしんどいのよね、あの子。ちょっとでも気を抜いたらやられるし、あのテンションでガンガン攻めてくるんだから」


  ◆◇


 ザザは注意深く周囲を観察しながら、階段を登り、駆け下り、細い路地を駆け抜ける。


 廃墟は真っ直ぐに抜けられる様な道は無く、まるで迷宮の様に入り組んだ造りになっている。


 ザザは躊躇なく南側、ロズリーヌ達の開始地点を目指していた。


 あのロズリーヌの事だ、開始地点から一歩も動いてはいないだろう。


 三大貴族の一角、そのご令嬢。


 周りが自分の為に動いて、当然だと思っている様な女だ。


「予想通り」


 廃墟を抜けた先の開けた場所――南側の開始地点。


 そこに、ザザはベベットとロズリーヌの姿を見つけて呟く。


 建物の影に身を隠して様子を窺うと、ロズリーヌはニヤニヤしながらザザのいる方を見ていた。


 ザザは思わず肩をすくめる。


鷹の目(ホークアイ)


 全く厄介な魔法だ。


 当然、ザザがここまで近づいていることも、把握しているのだろう。


 だからと言って、ザザがやるべきことには、何も変わりは無い。


 ――ペシャンコにしてやる!


 ザザは物陰から飛び出すと、(てのひら)をロズリーヌとベベットのいる方へと、勢いよく突きだした。


「第三階梯! 加重付与(プレッシャードロップ)!」


 それは重力魔法。


 ベベットとロズリーヌ、二人の周囲の空間そのものが、グシャリと上下に潰れた。


 だが、魔法が発動したその瞬間、ザザの視界から二人の姿が掻き消える。


「ちっ!」


 ザザは思わず舌打ちした。


 何が起こったのかは、地面に残る影を見れば明らか。


 ――『暗い部屋(ダークンドルーム)』。


 ベベットの闇系統の魔法。


 自身の影の中に、空間を作り出す魔法だ。


 ロズリーヌは、その中で悠々と戦闘が終わるのを待つつもりなのだろう。


 この瞬間、ロズリーヌを先に倒すという目論見は潰えた。


 ベベットを倒して魔法が解除されない限り、ロズリーヌは出てこない。


「あいかわらず厄介だな」


「それはお互い様」


 影の中から、ベベットがぴょこりと顔を出す。


 絵面だけをみれば、地面に置かれた生首のようで、非常にシュールな光景であった。


「ん……今度はこっちの番、第二階梯……致命的な礫(ヴォーパルブラスト)


 ベベットのその一言に導かれる様に、周囲の建物の影がぷくりと膨れ上がると、それが音も無く破裂し、真っ黒な球体が、幾つもザザへと襲い掛かった。


 (かす)りでもすれば、そこから闇に喰われる性質(タチ)の悪い魔法だ。


 しかし、ザザは長い銀髪を掻き上げると、小さな声で呟く。


「第一階梯、妖精舞踏(フェアリーダンス)


 途端にザザの身体から体重が消え、身体全体がふわりと揺らめいた。


 襲い掛かる暗黒の球体。


 だが、それが接触しかけると、まるで風に舞う羽の様に飛来する球体の風圧に押しのけられて、ザザの身体がひらりと宙を舞う。


「ん、またこのパターン」


「……だな」


 ザザとベベットは対峙し合いながらも、同時に溜息をつく。


 二人がやりあうのは、何もこれが初めてという訳ではない。


 過去の戦績は、五戦五引き分け。


 共に相手の攻撃を完璧に避ける術を持つが故に、いつも決着のつかない睨み合いとなるのだ。


 そして最後には魔力切れで両者戦闘不能(ダブルノックアウト)


 だが、ザザはボソリと呟く。


「皮肉なものだ」


 今回は状況が異なる。


 エステルがノエルを退けることさえ出来れば、魔力の補給が出来るという、そのただ一点だけの差で勝つことが出来る。


 つい先ほどお荷物扱いしたばかりだというのに、それが切り札になろうとは。

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