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第百二十一話 少年の帰還

「ほほっ! ロウ家のがきんちょめ! やりおるわい!」


「ローレンったら……大丈夫なのかしら、あれ……また、腰痛が悪化するんじゃないの?」


 ジスタン公ジェコローラが走り去っていくマセマー達の背を指さして、喜色の混じった声を上げるのとは対照的に、女王はいかにも心配そうに眉を(ひそ)めた。


 そんな二人を尻目に、ペルワイズ公フルスリールは広場の魔女達に向かって、矢継ぎ早に指示を出す。


「敵は弱っています! ペルワイズ家、ジスタン家の魔女は攻撃を再開! 王家直属の魔女は防御魔法を展開! 敵の反撃に備えなさい!」


 マセマーの『飛蝗(ソートレル)』に、広場の外周へと追い立てられて、そこで呆然と立ち尽くしていた魔女達は、我に返ると宙空へと目を向けた。


 グギャァアアアアアアアアアアア!!


 空から降り落ちてくるのは、悲鳴にも似た咆哮(ほうこう)とどす黒く濁った血。


 そこには青い空を背景に、赤黒い肉の覗く頭を振り乱して、身悶える銀鱗の竜の姿があった。


「あんなになっても、まだ生きているの……?」


「化け物にもほどがあるわよ……」


 魔女達の間から、驚愕とも呆れともつかない声が洩れ聞こえてくる。


 だが、


「撃て! 撃てぇえええ!」


 士官クラスの魔女が声を上げると、魔女達は一斉に広場の中心、竜の真下へと駆けながら、魔法を発動させた。


 竜の周囲に飛び交っていた、氷結系魔法第八階梯『細氷障壁(ダイヤモンドダスト)』の氷の粒は掻き消えて、既に見当たらない。


 炎の第四階梯『爆裂(エクスプロージョン)』が竜の身体を大きく揺るがせたのを皮切りに、次々と炎が爆ぜ、光の槍が翼を貫き、宙空から降り注ぐ剣が(うろこ)()ぐ。


「効いてる! 効いてるぞ! 攻撃の手を休めるな!」


 黒煙に包まれる竜を見上げて、士官クラスの魔女が声を上げたその瞬間、


「調子に乗るな! この雑魚どもがぁああああ!」


 竜の方から、怒りに満ち満ちた女の金切声が響き渡った。


 途端に竜の周囲で膨大な魔力が膨れ上がり、ビリビリと空気が震える。


 その余りにも濃厚な魔力に、魔女達は思わず硬直した。


「まずい! 陛下! 私の背に!」


「伏せなされ! 陛下!」


 ペルワイズ公とジスタン公は女王の前へと歩み出ると、必死の形相で、それぞれに魔法を発動させる。


「第四階梯 氷の穹窿(アイスドーム)!」


「第四階梯 鏡盾(リフレクトシールド)!」


 彼女達の魔法の発動と時を同じくして、凄まじい冷気が地の底から石畳の上へと湧き上がってくる。


 足元が白く煙り始め、パキパキと小枝をへし折る様な高い音がそこかしこで響き始めた。


「な、なにが!」


「あ、足が! 足が凍っていく!」


「いやぁああああああああああ!」


 魔女達の切羽詰まった声、狂乱の悲鳴が地に満ちたその次の瞬間、それが一瞬にして掻き消える。


 キン……とグラスを(はじ)いたような高い音とともに、刹那の間に空気そのものが凍り付き、静寂がその場に居座った。


 広場全体が氷に包まれ、そこに居る者、在る物。なにもかもが氷の中へと閉じ込められる。


 王宮前の広場に、唐突に形作られた氷山。


 その頂点で銀輪の竜が、


 グギャァアアアアアアアアアアア!!


 と、咆哮を上げると、それが一気に崩壊し始める。


 氷塊が地を叩く轟音が響き渡り、白い冷気が立ち上る。


 広場を中心に王宮の一部を巻き込んで、音を立てて崩れ落ちて行く氷山。


 それを眼下に眺める竜の背が、ボコボコと泡立ったかと思うと、それが女の上半身を形作った。


 ショートカットの頭を犬の様にぶるりと振ると、女は大きく伸びをする。


「ああ、すっきりした。蟻にたかられてるみたいで、最悪の気分だったわ」


 そして、女は満足げに眼下を見回して、氷の及んでいない一角を見つけると、片方の眉を跳ね上げた。


「あらぁ……やるじゃないの」


 そこには、女王を背に隠して、苦しげに肩で息をするジスタン公とペルワイズ公の姿があった。


「ふふっ、腐っても三大貴族の当主ってことかぁ……。第七階梯の魔法を、盾の魔女と氷の魔女二人がかりでレジストするなんてね」


 女のその声音には、面白がるような響きが(まと)わりついている。


「まあ、それならそれで好都合だわ。女王にはいろいろ使い道があるもの」


 傷口から白煙を噴き上げて再生を始めている竜の体をひと撫ですると、彼女はニヤリと口元を歪めた。


「では、()女王陛下にご挨拶といきましょうか」



  ◇ ◇ ◇



 同じ頃、瓦礫(がれき)と氷が(うずたか)く積もった大聖堂の廃墟に、音も無く舞い降りる魔獣の姿があった。


「フルゴリウス。ここで下ろして」


 どこか遠くから響いてくる轟音を気にしながら、ボロボロの軍服を羽織った少年が三頭六尾の狐の背から、石畳を覆う氷の上に降り立つ。


 伸び切った前髪の間から、垣間見える気弱そうな瞳。


 少年は静かに周囲を見回して、ぎゅっと唇を噛みしめた。


 廃墟の寒々しい風景の中に、氷柱(つらら)のように立ち並ぶ氷漬けの魔女達。


 少年は怯えるような顔つき、戸惑うような足取りで歩き回りながら、氷漬けの魔女達の死体を一つ一つ確認していく。


 やがて、少年は、そこに見知った者の姿が無い事に、思わず安堵の溜め息を洩らした。


「……みんな、無事逃げられたの……かな」


 大聖堂の中に、少年と魔獣の他に生きている者の気配は無く、()てついた肌寒さだけが、我が物顔で居座っている。


 自分が煉獄に跳ばされた後、ここでは一体、何が起こったのだろうか?


 高笑いするリュシールの顔。エステルの驚愕の表情。


 それを思い浮かべて、彼は小さく首を振る。


 いや、大体の想像はついている。


 今の彼には覚えがある。


 胸の奥で魔獣たちが(ざわ)めくのを感じた。


 大聖堂の、この惨状は氷雪系第七階梯によるもの。


 胸の奥で魔獣達が一つの名を叫ぶ。


 それは彼の中にいない、唯一の魔獣の名。


「……ヘルグラーチカ……か」


 崩れた外壁の上に寝そべって、尻尾の毛づくろいを始めていた狐は、少年の洩らした声にピクリと耳を立てた。


「もしかしたら、まだみんなどこかで戦ってるの……かな?」


 少年は、つい先ほど、どこか遠くから響いてきた轟音を思い起こしながら呟く。


 だが、闇雲に走り出しても意味が無い。


 まずは、第十三小隊の皆に合流する必要がある。


 焦る気持ちをぐっと抑え込んで、少年は、なにか手がかりが無いものかと辺りを見回す。


 そして、


「……ベベットさん?」


 崩れ残った外壁の隙間、そこから垣間見える外の通りに、不自然に大きな影が、小刻みに震えているのを見つけた。

お読みいただいて、ありがとうございます。

もしよろしければ、ブックマークしていただければとても嬉しいです。


『負け犬剣士の肉体強奪リベンジ!~倒した敵の身体を乗っ取って、やがて最強へと至る物語』は主人公がとうとうワイバーンになりました。

もしよろしければ、こちらもお読みいただければとても嬉しいです。

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