表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
116/122

第百十五話 魔女の抵抗

 リュシールの首がごろりと落ちた途端、銀鱗(ぎんりん)の竜が咆哮(ほうこう)を上げて、首をしならせた。


「うはっ、やばっ!?」


 ノエルが慌てて影の中へ引っ込もうとジタバタすると、それを銀鱗(ぎんりん)の竜は恐ろしい三白眼で見据えて、大きく口を開いた。


 竜の上下の牙の間に、白い光が満ちる。


 ――ブレス!?


 ノエルが、思わず顔を引き()らせたその瞬間、ザザの声が響き渡った。


荷重付与プレッシャー・ドロップッ!」


 力任せに上から押さえつけられたかの様に、竜の頭がガクンと地面に叩きつけられる。


「あははっ! ザザ、助かったぁー!」


「いいからとっとと移動しろ! そう長くは()たないぞ!」


 能天気に笑うノエルを、ザザが切羽詰まった声で()き立てる。


 実際、ザザには微塵も余裕が無い。


 竜に向かって(かざ)した両手は、プルプルと小刻みに震えていて、こめかみには血管が浮かび上がっている。


 いつまで()つかは分からない。


 とはいえ、ここを逃せばもう、竜の動きを止める機会を作れるかどうかすら分からない。


 ザザは眉間に皺を寄せて竜を見据えたまま、背後に向かって声を上げる。


「ロズリーヌ! (ラパン)ちゃん! エステルを連れてここから脱出しろ! 早く!」


「だ、脱出って言われても、どこから脱出すれば良いんですの!」


 突然呼びかけられたロズリーヌは、おろおろと戸惑いながら問い返した。


「どこからでもいい! 早く! おい、毒の魔女! まともに戦えるのはお前だけだ! そいつらを頼む!」


「勝手な事をいうのね! まあ仕方ないか……ほら行くわよ、お嬢様!」


「ちょ! ちょっと、リズ! 押さないでくださいまし!」


 毒づきながらもエリザベスは、ロズリーヌの背を押して、正面の扉の方へと走る様に(うなが)し、


「少尉! 我々も行くでありますよ!」


 と、ミーロがエステルの手を曳いてそれに続いた。


 一方、床の上へと押さえつけられた竜。


 そのすぐ傍では、レナードが壁際を走っていくロズリーヌ達をぼんやりと眺めながら、膝から崩れ落ちる様に座り込んだ。


 彼女は床に転がったリュシールの首を拾い上げると、その大きく見開かれた目を見据えて、ヒステリックに(たかぶ)った声を上げる。


「約束が違いますわよ、叔母様……私を女王にしてくださる。そうおっしゃったじゃありませんの!」


 ――アイツも既にまともではないのか?


 ザザが胸の内でそう呟いた途端、レナードの背後の壁面からベベットの影が、音も無く滑り落ちた。


 影の内側へ引っ込んだのだろう。


 ノエルの姿は既に見当たらない。


 そのままベベット達が脱出してしまえば、後に残るのはザザ(ひと)り。


 これは織り込み済みだ。


 ところが、ザザの想像とは裏腹に、ベベットの影は床の上を緩慢な速度で、銀鱗(ぎんりん)の竜の方へと進み始めた。


「な! おい、何をする気だ!」


 慌てたのはザザ。


 確かに、口に出して打合せた訳では無い。


 目配せだけで、完全に意思の疎通が出来るとは思っていなかったが、アホのノエルはともかくベベットまでが、そんな無謀な行動をとるとは思いもしなかった。


「バカ! 脱出するんだベベット!」


 ザザの叫び声がベベットに届いていない筈は無い。


 だが、影の動きに変化は無い。


 やがて竜の眼前まで来ると、影の中からノエルが上半身を出して指先を竜へと向けた。


「あははっ! ザザぁ! ばーか! ばーか! ボクもベベットもエリートってのは大嫌いさ。損耗数最小? 自分も死者一名って数字でカウントすればいいと思ってる? 自分が犠牲になって皆を逃がそうとか、思い上がりもいい加減にして欲しいよね」


「ま、待て、ノエル!」


光速指弾(ライトニングバレット)!」


 ノエルの指先が向けられたのは、重力によって強引に地面に押さえつけられた竜の眼。


 至近距離から放たれた光の矢が、竜の閉じられた(まぶた)を直撃する。


 だが、


「うっわ、固っ! マジで!?」


 声を上げたのはノエル。


 視界を奪えば、ザザも一緒に脱出する時間を稼げる筈。


 そう踏んでいたのだが、彼女の一撃は、竜の(まぶた)(わず)かな焦げ目を残しただけだった。


 だが、それが契機になった。


 次の瞬間、


 ぎゃああああああああああああああああああああああおおぅ!


 竜は眼を見開くと同時に、怒りに満ち満ちた咆哮(ほうこう)を上げる。


 途端に信じられない程の力が、ザザの魔法を弾き飛ばし、バチッという破裂音とともに、必死に竜を押さえつけていたザザの手が弾かれて、指先から血が滴った。


「くうっ……化け物め!」


 ぎゃああああああああああああああああああああああおおぅ!


 両手を走る痛みに顔を歪めながらザザが(うめ)くと、まるでそれに応じる様に、銀鱗(ぎんりん)の竜が、再び咆哮(ほうこう)を上げた。


 空気がビリビリと音を立てて震え、天井からパラパラと砂礫(されき)が降り注ぐ。


 重力の(くびき)を断ち切って、ふたたび動き出した竜は、すぐ傍にいるノエルには目もくれず、真っ直ぐにザザの方へと向かって動き始めた。


 銀鱗(ぎんりん)の竜には、分かっているのだろう。


 自分を無様に地面に押さえこんでいたのは誰なのかを。


 地軸を揺らすような重い足音。


 轟音とともに、鈍い銀の巨体がホールの長椅子を薙ぎ倒し、氷漬けの魔女達を踏み潰しながら突っ込んでくる、悪夢のごとき光景。


 これには流石に、ザザも顔を蒼ざめさせた。


「だ、第一階梯 妖精の舞踏(フェアリー・ダンス)!」


 ザザは声を上擦(うわず)らせながら、必死に魔法を発動させる。


 まさに紙一重。


 ザザの体重がゼロになったのとほぼ同時に、銀鱗(ぎんりん)の竜は、彼女目掛けて突っ込んだ。


 弾かれる様に宙を舞うザザ。


 だが、それは竜に弾きとばされた訳では無い。


 竜が突っ込んで来た際の風圧に乗って、宙を舞ったのだ。


 眼下では、勢いのままに突進してきた竜が、祭壇に頭から突っ込んで、砕けた石壁が濛々と土煙を立ち昇らせている。


 宙を舞いながら、思わずホッと吐息を漏らすザザ。


 だが、その視界の端に予想外のものが飛び込んできて、彼女は思わず二度見する。


「おいおい、どうやってそんなところに……」

 

 その視線の先にはステンドグラス。


 地上十メートルほどの位置にある、その窓枠にぶら下がっている人の影。


 それは黒いメイド服を(まと)った少女。


 これにはザザも、驚くよりまず呆れた。


 既にどこかで氷漬けになっていると思っていたのだが、この双子メイドの片割れは、想像を絶するしぶとさだった。


 双子メイドの片割れ――サハはザザと目が合った途端、不快そうに鼻を鳴らし、フロアに向けて飛び降りた。


「第四階梯! 雷神の鉄槌ライディーン・ハンマー


 フロアに降り立つなり、サハが声を上げる。


 途端に中空で光が弾けた。


 稲光が空気を切り裂き、雷鳴が轟く。


 衝撃が駆け抜けて、稲妻がシュヴァリエ像を撃った。


 竜が突っ込んだ祭壇の正面、巨大なシュヴァリエ像に墜ちる稲妻。


 白亜の女神像は腰の辺りから真っ二つに折れて、竜の上へと崩れ落ちる。


 地を這うような呻き声が響き渡り、竜の身体が瓦礫の下に見えなくなった。


 ザザはふわりとフロアに着地すると、サハの方へと歩み寄る。


「おいメイド。良いタイミングだった。助かったぞ」


「サハが申し上げます。は? あなたを助けたつもりはありませんけど」


 そのすかした物言いに、ザザは思わず苦笑する。


 このメイドの中で、自分の立ち位置がまだ定まっていないのが、態度から見て取れたのだ。


 その時、


「逃げるなら今のうち」


「「わっ!?」」


 いつの間にか二人の足元に忍び寄っていた影から、ベベットが唐突に顔を出して、サハとザザの二人は思わず飛び退く。


「ベベット! 驚かせるんじゃない」


 思わずザザが怒鳴りつけるも、ベベットは平然としたもので、


「こんなことで驚くなら、自分の心臓の小ささを恥じるべき」


 そう言い放った。


 ザザは一瞬ムッとしたが、逃げるなら確かに今しかないと、思い返す。


 出口の方へと目を向けると、その手前にリュシールの首を抱えたままペタンと座り込んでいるレナードの姿があった。


 ――あいつはどうすべきだろう?


 連れて逃げるか、放っておくか。


 ザザは静かに目を伏せる。


 ヴァンと血が繋がっているという事実がなければ、迷う必要もないのだが……。


「叔母様!? 叔母様ああああぁぁぁ!」


 レナードの切羽詰まった声に、ザザが思わず顔を上げると、彼女の手の中でリュシールの首が粉末状になって崩れ落ちるのが見えた。


 刹那、ピシピシと音を立てて、シュヴァリエ像の残骸が凍りつき始める。


 ザザは思わず目を見開くと、切羽詰まった声を上げた。


「マズい、メイドっ! ベベットの影に飛び込め!」


「サハは申し上げます。なんでアナタの指示に従わ……」


「うるさい! とっとと行け!」


 ベベット、ノエル、そしてメイド。


 それで『暗い部屋(ダークンド・ルーム)』の定員は一杯だ。


 シュヴァリエ像の残骸がはじけ飛んで、咆哮(ほうこう)とともに、銀鱗(ぎんりん)の龍が再び立ち上がった。


「…………ばかな」


 竜にダメージは見られない。


 だが、ザザが言葉を失ったのはそれが理由ではない。


 竜の背中から人の上半身が生えている――ザザの目にはそう見えた。


 ノエルよりも、少しくすんだ金色の短髪(ショートカット)


 切れ長の冷ややかな目、意志の強さが滲み出る口元。


 その顔には見覚えがあった。


「ザザ……まさか身体を壊されるとは思わなかったわ」


 竜の背中から生えた裸の上半身。


 その女が、小さく肩を竦める。


「……フロル」


「じゃあ、(たわむ)れはこれぐらいにしましょうか」


 途端に竜の身体を中心に魔力が膨れ上がりはじめる。


「くっ!」


 ザザは竜に背を向けると、必死の形相で駆け出した。


 竜の眼前に描き出される白銀の魔術回路。


「第七階梯……」


 フロルの口から紡ぎ出される詠唱。


 それを、ザザは背中で聞いた。

ご愛読ありがとうございます!

もしよろしければ、ブックマークしていただければとてもありがたいです。

少年はキスで魔法をコピーする 第十三独立魔女小隊の軌跡、好評発売中です!

どうぞ、よろしくお願いします!

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ