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第百十三話 生死の境

 半死半生といった様子で、クルスがピクピクと痙攣(けいれん)しながら、地面に転がっている。


 その身体の上には、一迅の稲妻がバチバチと音を立てながら居座っていて、どことなく自慢げに遠吠えを上げる狼の姿を思わせた。


 ヴァンも、レオがクルスに襲い掛かった時には、慌てて止めに入ろうとしたのだが、シュゼットが彼の肩を掴んで押しとどめ、顔を突きつけてこう言ったのだ。


「奴には時の楔(クロッカウェッジ)が掛かっているから心配するな。むしろもう一回ぐらい死んだ方が、反省して素行がマシになるかもしれん。それよりもお前に何が起こったのかを説明しろ」


 クルスの悲鳴を聞きながら、そこからヴァンはこれまでの事を説明した。


 無論、彼が要領の良い説明など出来る筈もなく、話の内容は行ったり来たり。


 質問を繰り返すことで、シュゼットにも何とか朧げながらも、話の全容を掴む事が出来た。


「つまり、その女の命を助けるためと、煉獄とやらから帰還するために()()()()()()()()に結婚したと……そういう訳だな」


「え、そ、そういうことじゃなくって……」


 事実、ナナシは『一時的』とか『しかたなく』とか、そういう言葉は一切口にしていない。


 だが、シュゼットは全く聞く耳を持たなかった。


「まあ、緊急避難ということであれば、仕方あるまい。では今、雷化(サンダナイズ)の魔法を解くと、その女は瀕死の状態に戻る。そういうことだな」


「は、はい、そ、そうなんです」


「ふむ」


 シュゼットは顎に手をやって少し考える様な素振りを見せた後、再び大きく頷いた。


「いいだろう。私としても、お前を救い出してくれた者を無下に扱うつもりはない。お前には少し演技をしてもらうことになるが」


「え、演技ですか?」


「なあに、難しいことではない。ふんぞり返って私が言う事に「任せる」とだけ言っていればいい。出来るだけ偉そうにな」


「え、偉そうにですか?」


 シュゼットの言わんとする事がわからず、ヴァンはただ戸惑いの表情を浮かべた。


「来たぞ。いいか、出来るだけ偉そうにだ! いいな!」


 シュゼットの視線の先、そちらの方へと目を向けると、二人の魔女が肩を並べて、こちらへと歩いてくるのが見えた。


 一人は、年齢は二十代半ば、肩までの青みがかった銀髪に鋭い目つきの細身の女性。


 もう一人は黒いおさげ髪の下に、目鼻立ちのはっきりしない地味な顔。それとは対照的に熊の様ながっしりとした体躯が、その存在を激しく主張していた。


マテルとペネロペ。


 二人の表情には明確に戸惑いの色が見える。


 正直、どうして良いのかわからない――そんな様子が見て取れた。


 だがシュゼットは、後ろに倒れ込みそうな程にふんぞり返ると、二人を大声で怒鳴りつけた。


「貴様ら! シュヴァリエ・デ・レーヴルの再臨、ヴァン=ヨーク陛下の御前である! 頭が高い! (ひざまず)け! むしろ埋まれ!」


「マルゴット卿! 何を貴様が側近面(そっきんづら)して偉そうに!」


 いきなり高飛車に怒鳴りつけられれば、それは反発もする。


 いきり立つマテルを見据えて、シュゼットはヴァンに問いかけた。


「ヴァン陛下、斯様(かよう)に申しておりますが?」


「え……えーと、任せる」


「聞いたであろう。ありがたくも私に任せるとの陛下のお言葉である! 控えろ!」


「ぐっ……」


 マテルは悔しげに唇を噛みながら、しぶしぶその場に(ひざまず)き、ペネロペも遅れてそれに(なら)った。


 目の前の少年。その弱々しい雰囲気を見れば、自分達は(たばか)られているのではないかという思いに捉われそうになる。


 だが同時に、黄金の魔獣。


 あれだけの魔獣を使役できるものとなれば、シュヴァリエ・デ・レーヴルの再来の他にはありえない。


 (ひざまず)く二人を気持ちよさげに見下ろして、シュゼットは更に高圧的に言い放った。


「お前達に陛下へ奉仕する機会を与えてやろう。よろしいですね、陛下」


「任せる」


「陛下のお命を救った者が今、瀕死の危機にある。陛下はお前達にそれを救う栄誉を与えてやると仰っておられる。無事そのものの命を取り留めた際には、お前達にも厚く報いると仰せだ」


 ペネロペとマテルの二人は、顔を見合わせる。


「して、その方はどちらに」


「そこに黒焦げのバカが転がってるのが見えるだろう? その上に(わだかま)っている稲妻。あれは瀕死のその者を延命させるために、陛下が魔法で身を(やつ)させておるのだ」


 マテルは思わず目を丸くする。


 『雷化(サンダナイズ)


 そういう魔法があることぐらい、知識としては知っている、確か第六階梯。


 つまり、この少年はそんな高階梯の魔法を、顔色一つ変えずに使い続けているという事に他ならない。


 これ以上、彼がシュヴァリエ・デ・レーヴルの再来であることを疑う余地はなかった。


「わ……わかりました。瀕死と言う事でございますが、その方はどういった状態なのでしょう?」


「任せる」


 問い掛けたマテルが何か変な物でも口に突っ込まれた様な表情を見せると、慌ててシュゼットが取り繕ろう様に口を挟む。


「あ、あはは、確か脇腹に大きな裂傷と、肋骨の骨折でしたよね……陛下」


「任せる」


「ぐっ……」


 ヴァンにアドリブなど出来るわけがない。


 はっきり言って、これはシュゼットが悪い。


「き、聞いた通りだ。早速、衛生兵を集めろ!」


 シュゼットはとりあえず、誤魔化す様に大声でそう言った。




 数分後、


 簡易の折り畳みベッドを取り囲む様に、衛生兵達が待機していた。


「陛下、こちらの上で魔法を解除してください」


 マテルがそう声を掛けると、ヴァンが真剣な表情で頷く。


「レオさん……我慢してくださいね」


 ヴァンが呻く様にそう語り掛けると、稲妻が彼の腕を離れて、簡易の折り畳みベッドの上に(わだかま)った。


雷化(サンダナイズ)を解除します!」


 ヴァンのその言葉を皮切りに、折り畳みベッドの上に人の姿が浮かび上がり始める。


 やけに古風な青の貫衣(ワンピース)姿、頭の右側で黒髪を纏めた女性。だが、秀麗な顔には血の気が無く、身体が形を取った途端、脇腹から血液が滴り落ちた。


 ――まずい! 想像したよりも状態はずっと悪い。


 マテルは慌てて声を上げる。


「急げ! 吸収系統のものは、交代で絶え間なく体力を流し込め! 氷結系統の者は衛生兵の指示に従って止血を手伝うんだ! 貴様! 縫合は出来るか? 催眠系統の者は傷口を麻痺させろ!」


 衛生兵達が、レオの身体へと一斉に群がる。


「ど、どうですか?」


 ヴァンが心配げに尋ねると、マテルは緊張の面持ちで答える。


「全力を尽くさせますが、出血が酷い。このままでは遠からず、失血死する危険性があります」


「そんな……」


 ヴァンが思わず言葉を失うと、彼を押し退けて、シュゼットが前へと歩み出る。


「応急処置を続けながら、高機動車輛にのせろ! 慎重にだ! マテル殿、そっちの負傷兵はどのくらいいる?」


「重症は二十人ほどだ。死者は……」


「死んだ者についてはあとで聞く! まずはそいつらも一緒に高機動車輛に乗せろ!」


 続いて、シュゼットは『盾亀(シールドトータス)』の方を振り返って声を上げた。


「リル!」


「ひゃい!」


 突然声を掛けられて、リルが『盾亀(シールドトータス)』の上部ハッチから、飛び上がるように顔を出した。


「お前は、王立士官学校(アカデミー)へ飛んで、受け入れの準備を整えさせろ! 希少(レア)系統だが、もしかしたら学生の中には『血』の系統の魔法を持つものがいるかもしれん。セネリエ教官に聞いてみろ。それと医者を掻き集める様に指示しろ! いいな!」


「わ、わかりました!」


 慌てて空へと飛び出して行くリルを見送って、次にシュゼットは『時の楔(クロッカウェッジ)』を解除した。


 途端に『盾亀(シールドトータス)』の前に、無傷のアネモネとクルスが現れる。


「小僧テメエ! なんだよあの雷は!」


 途端にヴァンへと詰め寄るクルスを殴り倒して、シュゼットは声を荒げる。


「馬鹿クルス! 後にしろ! アネモネ、お前は状況を分かっているな」


「はい、大体は」


 傷だらけの状態ではあったがつい先ほどまで、アネモネも衛生兵達の輪の外で状況を見守っていたのだ。


「お前は、こいつらに同行しろ!」


「了解しました」


 衛生兵達に運ばれていくレオ。

 

 その脇を小走りに駆けながら、ヴァンはレオへと語り掛ける。


「レオさん、全部終わらせたら、僕もすぐに会いに行きますから……」


 そして立ち止まり、高機動車輛の中へと消えていくレオの姿を見送った。

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