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第百十二話 そりゃあ被害者に加害者見せたら、そうなる。

「喰らい尽くせっ! 人喰らい(マンイーター)!」


 クルスの叫び声と共に、割れた剣先が触手の様にうねりながら、ペネロペへと迫る。


 しかし、


「第二階梯 空気弾(エアロバレット)!」


 ペネロペが魔法を発動させると、剣先の一つ一つが、次から次へと目に見えない何かに弾き飛ばされる。


「ちっ! 器用な真似を! 押し切れ! 人喰らい(マンイーター)!」


 クルスが尚も魔力を注ぎ込むと、更に剣先が割れて触手の数が一気に倍ほども増えた。


 だが、ペネロペは空気の弾丸で触手を的確に跳ねのけ、今一歩、どうしてもその身体にクルスの攻撃は届かない。


 クルスの表情に焦りの色が見え始めた頃、ペネロペが唐突にニヤリと笑った。


 ――マズい。


「じゃあ、そろそろ終わりにしちゃおうかな。飽きてきたし。うん、あと倍ぐらい空気圧弾(エアロバレット)増やしちゃおう」


 クルスの必死さとは裏腹に、ペネロペの表情にはまだまだ余裕がある。


 おそらくハッタリではない。


「バケモンがッ!」


 だが、クルスが慌てて距離を取ろうとしたその瞬間の事である。


 魔剣人喰らい(マンイーター)の大きく開いた口の奥で、何かがキラリと光った。


 その途端、ペネロペは思わず顔を引き攣らせて、巨体を地に伏せる。


 彼女も、伊達に王国最強と呼ばれている訳ではない。


 それは、ほとんど動物的な勘と言って良かった。


 次の瞬間、強大なエネルギーの塊が人喰らい(マンイーター)の口から飛び出した。


「うわあああっ!? なんか出たッ!」


 衝撃の余り、クルスは弾き飛ばされる様に尻餅をつく。


「痛ってえ…………え?」


 ぶつけた腰を擦りながら顔を上げたクルスは、そのまま絶句した。


 クルスの正面、ペネロペの背後にあった筈の高機動車輛『(リノセロス)』。


 その巨体がくるくると回りながら、宙を舞っていたのだ。


「ななななななな」


 思わず、なが七つ。


「なんじゃそりゃああああああ!」


 クルスが絶叫すると同時に、落下してきた『(リノセロス)』が他の高機動車輛の上に突っ込んで、轟音と共に炎を噴き上げた。


「くっ……なんて恐ろしい魔法を……」


 地に伏せたままペネロペが、クルスを睨みつける。


「ちゃ、ちゃう! ちゃうねん!」


 なにせ、一番びっくりしたのはクルスである。


 吸い込むはずの穴から、超巨大な雷撃が飛び出した日には、言葉遣いもおかしくなろうというものだ。


 だが、次の瞬間、クルスとペネロペは同時に顔を引き攣らせた。


 さらに高く舞い上がっていた、もう一台の『(リノセラス)』が二人の方へと落ちてくるのが見えたのだ。


「「うわああああああ!」」


 二人は、なりふりかまわず背を向けて全力疾走。


 途端に背後で凄まじい轟音が鳴り響き、二人は爆風に煽られて弾き飛ばされた。


「ふべっ!?」


「いったぁーい!」


 顔から地面に突っ込むクルス。


 熊の様な体格に似合わない、幼女の様な声で痛がるペネロペ。


 クルスが、ぺっと口に入った泥を吐き出しながら振り返れば、落ちてきた車両が先ほどまで自分達がいた場所に、墓標の様に(そび)え立って、炎に包まれていた。


「一体、何だってんだ、こりゃあよう」


 クルスが呆然とそう呟くと、宙空から慌てふためく様な声が降って来た。


「あわわわわ、ご、ごめんなさい! わ、わざとじゃない……んです」


 見上げれば、そこには金色に光る巨大な獣に跨った少年の姿があった。



 ◆◆◆



「貴様ァ! なんだあの化物は! やけに余裕ぶっているとは思っていたが、あんな奥の手を用意しているとは!」


 立ち昇る黒煙を背景に、宙空に浮かぶ金の獣。


 それを指さしながら、マテルが唾を飛ばしてシュゼットへと叫んだ。


 だが、返事は無い。


 シュゼットは呆けた様な顔で、金色の獣をみつめていた。


「お、おい! なんとか言ったらどうなんだ!」


 やがて、シュゼットは声を震わせながら、呻くような声を零した。


「は……」


 ――は?


 マテルが思わず首を傾げた途端、シュゼットの絶叫めいた声が響き渡った。


「母親への挨拶も無しに! 勝手にうちの子に嫁入りするとか! どこのどいつだあああああああ!」


「お、おい貴様、一体、何を言って……」


「やかましい! 貴様は魔女どもを纏めて、そっちの方で正座でもしてろ!」


「貴様! 馬鹿にするのも大概にしろ! あれは何だと聞いているんだ!」


 マテルが怒鳴りつけると、シュゼットは苛立つ様に更に声を荒げた。


「我が子がつまらない女に食い物にされてるかもしれんという時に、事細かに説明なんてしていられるか! あーくそッ! いいか! あれが貴様らの奉じるシュヴァリエ・デ・レーヴルの生まれ変わりだ。貴様の部下が怯えて攻撃でも仕掛けようものなら、貴様らは大義名分を失う事になるぞ!」


 マテルは思わず息を呑んで、背後の宙空へと目を向ける。


 三頭五尾。


 異形の黄金の獣に目を奪われていたが、目を凝らせばその上にはみすぼらしく汚れた軍服姿の少年の姿が見える。


 想像していた威風堂々たる王者の姿、それとは随分違う。


 (むし)ろ困惑せずにはおれないほど、弱弱しい。


 少年は顔を蒼ざめさせ、やらかした感満点。


 宙空を指で掻きながら、完全に慌てふためいている。


「ヴァン! おーい! ヴァン、こっちへ降りてこい!」


 シュゼットが大声を出して叫ぶと、少年は遠目にも分かるほど、硬直した。


 そして、彼はまるで……それこそ叱られるのを恐れる子供の様に首を竦めながら、ゆっくりとこちらへ向かって降りてくる。


「マテル殿、わかったらとっとと部下を纏めて大人しくさせろ。戦いは終わりだ。怪我人も多いだろう。集めてとっとと治療に入るのだな」


 確かに、あちらこちらから呻き声が聞こえてくる。


 少年に向けていた視線を下へと下ろせば、そこには燃え上がる車両と、呆然と立ち尽くす魔女達の姿があった。


「わ……わかった」


 項垂(うなだ)れる様にそう返事をすると、マテルは車両の方へと歩み出す。


「停戦だ! 貴様ら! 急げ! 負傷者の救助を急げ!」


 マテルが大声を上げて停戦を呼び掛けると、兵士達が口々に停戦を叫び始め、その声が響き渡る中、金色の獣が大地に降り立った。


「ヴァン!」


 シュゼットが車両から飛び降りてヴァンへと駆け寄る。


「ヴァン、何がどうなっているんだ! お前にいったい何が起こったのだ!」


 シュゼット達がブルージュ男爵の屋敷を出てから(わず)か半日。


 その間に何があれば、これほどボロボロになるというのだろうか?


 しかも、見たことも無い魔獣まで呼び出している。


 だが、ヴァンに正気を失っている様な様子は無い。


 魔獣を呼び出しても正気でいられるという事は、すなわち何者かと結婚したという事である。


 ヴァンの右腕に紫電が走り続けているところを見ると、この魔獣は雷系統の魔獣なのだろうが、リュシールが居なくなった今、第十三小隊には雷撃系統の魔女はいない。


「シュ……シュゼットさん、あ、あの……」


 ヴァンが怯える様に顔を上げると、シュゼットは慈愛に満ちた表情でそっとヴァンの肩に手を置いた。


「心配はいらない。手切れ金は幾らでも用意してやる」


「は?」


 ヴァンが思わずぽかんとした表情を浮かべると、シュゼットは周囲を見回して興奮気味に捲し立てた。


「は? ではない! 相手の女はどこだ。どこの狡猾な女に引っかかったか知らんが、私がきっちり話をつけてやる! そうだ! その訳の分からん狐も今すぐ拾ったところに捨ててこい。マルゴ要塞はペット禁止だ。いや、そんな規定はないが、決めた! 今、決めた!」


 ペット呼ばわりされたフルゴリウスは、訳が分かっているのか、いないのか、地面に寝そべって尻尾の毛づくろいを始めている。


「あ、いや、ぼ、ぼくは、べ、別に騙されたとか、そういう事ではなくて……」


 ヴァンがしどろもどろに口を開く。


 その時、背後からクルスの声がした。


「おいおい、一体何がどうなってるんだよ、小僧。ちゃんと説明しろよな」


 近寄ってくるクルスの姿を見止めた途端、ヴァンの顔が盛大に引き攣った。


「ダ、ダメです! レオさん! 落ち着いて! ク、クルスさん! に、逃げて下さい!」


 途端にヴァンの右腕に絡みついていた稲妻が、音を立てて勢いを増したかと思うと、唐突にクルスへと襲い掛かった。

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