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第九話

「んで、俺を入れて,後何人そろえりゃいいんだ?」


 三日かけて片付けた部室の机で、石神さんがトニックウォーターを飲みながら言う。


「そうね。あと……三人って所ね。とりあえず確定してるのは……」


 こちらは制服姿の玲於奈。

 もはや誰も疑問を持たなくなっているけど、当然女の子。


「あ、俺がライト級か、ライト・ウェルター級のどっちかに出るてことですかね」


 こちらはもはや完全にボクシング部になじみ始めた美雄。


「成程な。俺が出るとしたら……以前のライトか、ライト・ウェルター、ウェルター級ってとこか」


「あ、石神さんの知り合いに、誰かいい人いませんか?」


 すると石神さんが僕のほうをちらりと見る。

 ……うううう……怖いなあ……ばれたらどうしよ……。


「んじゃ、ま、ミドルの人材調達行くか」


 そういうと石神さんは立ち上がった。


「ん? あんたなんか心当たりでもあんの?」


「まあ、つべこべ言わずについてこいや。“ミ・ガータ”との約束だ。意地でもやるぜ、俺は」


――ガラガラガラッ――


 ここは……体育館?

 キュッキュッキュッ、バスケとシューズが床をこする高い音。

 ダムダムダムダム、ボールが床を跳ねる音。


ピッ!「ナイッシュッ!」


 ホイッスルと声援。


「あの……バスケ部が練習してますけど……」


「言ったろ? 人材調達だってよ」


 石神さんは一切の遠慮もなくコートに乗り込む。

 そして、ゴールの下、センターポジションでで高々と手を上げる、一人の男の人の前にたち

 ゴンッ!

 ジャンプしてその男の人の頭を殴りつけた。

 倒れた男の人の肩を掴むと、僕たちの前につれてきた。


「おら、自己紹介しろ」


 ゴンッ、その男の日とはまた頭を殴りつけられた。


「い、いたいっすよ、アニキ……」


 その男の人は、僕たちのまで頭をなでつけながら口を開く。

 ……うわあ……背高いな。

 一八〇以上……八十四、五は、いや、もっとあるかな?


「あの、馬呉、馬呉阿嵐っていいます……お願いします……あ、アニキがいつもお世話になってます……」


「アニキって、このでかいの、あんたの兄弟?」


「んにゃ、舎弟って奴だ」


「舎弟ってことは……要するに子分みたいなもんすか?」


「ああ。今はこんなだが、こいつもかなり悪くてな。“ザ・ブレード”っつうギャングチーム率いてた、この辺一体を締めてたような悪がきだったんだよ」


 うーん、確かに体は大きいし、腕っ節も見るからに強そうだしね。


「けど、そんな人が、どうして今はこんなに腰が低い感じなんですか?」


「ああ、俺がシメたんだよ。タイマンでな」


 うーん、やっぱりこの人って、相当喧嘩も強いんだな。


「ぼっこぼこにしてチーム解散に追い込んでやった。そんで、口の利き方から何からしつけてやったんだよ」


「と、ところでアニキ、一体何の用ですか? いまバスケ部の練習中なんすけど……」


「バスケ部? ああ、やめだやめ。今日中に退部しろ。お前もボクシング部復帰だ」


「え? だ、だってアニキが、俺はボクシング部やめてフードファイターになる、お前はボクシング部やめると何しでかすかわからないから、バスケ部に入れって――いたっ!」


「つべこべ言うんじゃねえ!」


「ひっ!」


 石神さんはまた馬呉さんの頭を殴りつけた。

 こんなでっかいなりして……よっぽど石神さんが怖いんだな……。

 そして僕たちにウィンクして見せる。


「っつーわけだ。ミドル級確保だ。これで後二人、だな」


※※※※※


「なによ! 全然集まらないじゃない! あれから一週間よ?」


 バンッ!

 部室の机を叩き、玲於奈が苛立ちの声を上げる。


「あんたたち、本当に真剣に集めようとしているの? 試合まで後一ヶ月になろうとしてるのよ?」


「ま、まあまあ玲於奈。こればっかりはあせったところでどうしようもないよ」


「玲の言うとおりだよ、玲於奈。ある程度の経験者で適正体重の人間、そもそものハードルが高過ぎるんだ」


「なによ! そんなこと最初から分かってるからこそ努力しなくちゃいけないんでしょ? そこの上級生、あんたたちだって、真剣に集めてんの?」


 石神さんは耳をほじると、指先でふっと吹き飛ばしながら言った。


「無茶言うんじゃねえよ。俺はほれ、馬呉つれてきて、ミドル級の枠埋めてやったじゃねえか。むしろお前等こそ何とかしろよ」


「す、すいません玲於奈さん……真面目にボクシングやっていた連中は、もう大体転校してたりしまして……残ってるのは……あの一件をやらかした連中ばっかりなものですから」


 尊大に足を組む拳聖さんの後ろで、馬呉さんが巨体をかがめてぺこぺこ頭を下げた。

 ……確かに、石神さんの言うとおりだ……。

 本来、僕達が何とかしなくちゃいけない問題なんだ。


「玲くんと美雄くんは、他につてないんですか?」


「……いやそれが……」


 僕と美雄は顔をあわせてため息をついた。

 僕たちはあれから、いろんな人に声をかけた。

 それらしい体格の人を見つけては、普通科であろうと体育科であろうと、目に付く限りの人から片っ端から声をかけた。

 だけど、やっぱりあの一件以来、この学校、というよりも近隣でのボクシング部の評判は芳しくないみたいだ。

 

――コンコンコン――


 ガチャリ

 ふと気づけば、立て付けの悪いドアが開けられる。


「入るぞ」


 そこから姿を現したのは――


「石切山先生!」


 石切山先生は、例のぎょろりとした目で、石神さんと馬呉さんを睨む。


「なんだ、お前達が復帰したってのは、嘘じゃなかったみたいだな。フードファイターになるってブタみたいに太っていたみたいだったが?」


 すると石神さんは、ばつが悪そうに舌打ちをして顔を背けた。


「あんたこそ何の用だよ。あの一件以来部活投げ出して、廃部になりそうになっても何もしようとしなかったあんたがよ」


「それこそ中途半端にボクシングを投げ出したお前に言われたくないな」


「なんだと?」


 ちょ、ちょっとだめだって!

 石神先輩は、石切山先生につめより胸倉を掴んだ。


「や、やめてください、アニキ!」


「そ、そうです! ここで何かあったらそれこそ廃部に――」


 美雄と馬呉さんが、何とか二人の間に割って入った。

 ちっ、石神さんはまた舌打ちをすると、どっかと椅子に座って腕を組んだ。


「まったく……相変わらずな奴だ……ところで、人数は集まりそうか?」


 その言葉に、僕は石切山先生の顔を直視できない。


「……そうか……」


「あ、でも、ライト、ライト・ウェルター、ミドルは何とか集まりそうよ」


「? 君は確か……」


「あ! ああああ! えと、僕と同じクラスの玲於奈君です。ま、マネージャーを引き受けてくれるって……はははは……」


「ん、そうか」


 ほっ、たすかったぁ……。

 まったく玲於奈は何にも考えていないんだから、困っちゃうよな……。


「ところで、キャプテンは誰なんだ? まだ決まってないのか?」


 あ、そうか。

 そういえば部活動として再始動するなら、キャプテンを決めなくちゃだめだよね。


「えと……じゃあ、最年長学年の石が――「玲、お前やれ」」


 ……。

 ………。

 …………は?


「は、じゃねえよ。玲、お前がやれって言ってんだ」


「な、何言ってるんですか? 僕なんて未経験者もいいところですよ!?  それこそ、インターハイ選手の石神さんが――」


「そんな柄じゃねえよ俺ぁ。それにそもそも、お前がやるって言い出さなきゃボクシング部の再始動もなかったんだ」


 そ、それはそうですけど……。


「あ、アニキがそういうなら、自分は何も問題ないっすよ。それに、アニキはかなりむらっけがあるから、きっと玲君のほうがあいたっ!」


「お前はいちいち一言多いんだよ、ったく」


 石のような石神さんの拳の痛みに、馬呉さんは頭を抑えた。


「いいんじゃないの? キャプテンてのは、ただ強いだけじゃなくて、しっかりと皆をまとめられるような責任感がなくちゃだめだと思うし。そういった点では、玲が適任だな」


「……よ、美雄までそんな……」


 ぱんっ!


「あだっ!」


 ……いたたたた……。

 思い切り叩かれた背中の衝撃に振り返ると、玲於奈が腕組みをして立っていた。


「みんな始めは素人なのよ。もし部長という肩書きに役者不足だって言うんなら、それに見合うだけの強さを手に入れなさい。今はまだ部活を再始動させるのが目標でしかないけど、あんたの目標は、そんなもんじゃないでしょうが」


 そうだった。

 僕の目標は、ボクシング部を再指導させることじゃない。

 文字通りそれは、スタートラインに過ぎない。

 僕の目標それは――


「拳聖さんみたいな、ボクサーになること、か」


「それがわかってんなら、そのスタートラインに立つまでの算段くらいは自分で付けなさいよ」


 ……玲於奈……。

 そうだね、こんなことくらいで尻込みしてちゃしょうがないよね。


「わかりました。精一杯頑張ります」


 こんなことで、後から絶対かけるだろう迷惑の足しにはならないけど、とりあえずみんなの前で頭を下げた。


「うん、いい選択じゃないか。すくなくとも、石神の馬鹿をキャプテンにするよりはな」


「何だとこのデブ!」


「や、やめてくださいアニキ! 相手は先生っすから!」


「まあ、その馬鹿は置いておいて。佐藤、今日はこれから出かけるぞ」


「え? どこにですか?」


「興津学園だ。来月の対抗戦の打ち合わせにな」


「で、でも、対抗戦の選手はまだ全員集まって……」


「まあ、向こうさん次第だ。それに、はっきり言って、向こうがこの対抗戦を引き受けるメリッ

トは何もないからな。その上で試合を組んでもらえるか、お前達がどれだけ本気で取り組めるかどうか、それを見せるしかないだろう」


 そっか……。

 拳聖さんもいないし、インターハイ予選も控えてる中で、こんな評判の悪い部活と練習試合なんて、普通割に合わないって思うよね。


「わかりました。行きます」


 何としても、対抗戦を了承してもらわなくっちゃ!


「だったら、あたしもいくわ」


「あたし?」


「あ、え……俺も……いく、ぜぇ……マネージャー……としてぇ……」


 ふう……ようやく自分の口調がおかしいことに気づいたか。

 けど……まだ石切山先生は疑り深い目で見てるぞ……何とかしなくちゃ……。


「じゃ、じゃあ行きましょう! 今すぐ荷物まとめます!」



「興津学園って、遠いんですか?」


「おおそうか、佐藤はこの辺出身じゃなかったんだっけか。まあ、沼津駅から一時間位したところにある高校だ」


 恐竜のようにのしのし歩く石切山先生の後に続き、僕と玲於奈は校門への道を歩く。


「興津高校は、この定禅寺西高校のライバル高よ、だぜぇ」


 ……いい加減語尾くらい直せよ……。


「とはいいつつも、ボクシング部のある学校なんて、そうそうはないからな。ボクシングやろうって言う中学生は、この辺だとうちか興津に入学することになる。まあ、対抗戦ではここ何年かはほとんどうちが勝ち越してきたがな。大半はあいつのおかげだよ」


 ?

 ……あいつ?

 ……あいつってもしかして……。


「拳聖さんのことですね!」


「ああ」


 こくりと石切山先生は頷いた。


「ジュニアの大会であいつの姿を見てな。俺はなりふり構わず、それこそ女を落とすみたいに、うちに来るように口説き落としたよ。こいつは天才だ、いや、怪物、いやそれ以上の、光り輝く原石そのものだった」


「そして案の定、高校のタイトルを総なめにして定禅寺西高校ボクシング部に黄金期をもたらしたんだぜぇ」


 ……玲於奈……気持ちわかるけど、ちょっと語尾がワイルド過ぎ。


「そうだ。あいつのボクシングに魅了されて、たくさんの男達が集まってきたよ。あの石神も、馬呉もその中の一人だ。ただ……それゆえに、中途半端な憧れだけで、まるで夏場の虫のように、ろくでもない連中も集まってきたってわけだ」


 ……中途半端な憧れ、か……。

 僕も人のこといえないよな。

 早く部活を再始動させて、このボクシング部にまた黄金時代を取り戻すんだ!

 ……ん?

 校門にまた人だかり……ああそうか、下校時間なんだから、当然って言えば当然か。


「拳聖さん!」


「――そっか、そりゃ大変だった――ん? お前は……佐藤玲か」


「こんにちは。拳聖さんもお帰りですか?」


 拳聖さんの周りの女の人たちの声にかき消されないよう、僕はちょっとだけ声のトーンを上げる。


「ん、まあな……あれ? お前……」


 しっ!

 口元に人差し指を当てる玲於奈の表情に、拳聖さんは察してくれたようだ。


「ん、ん、ところで、イシさんまで一緒になって、何やってんすか?」


「拳聖――」


 拳聖さんの顔を見て、石切山先生はため息をついた。


「まあ、進路も決まってるお前に言うべきこともないが……あんまりはめをはずしすぎるなよ。俺はこれから、興津まで部活動の引率だよ」


「そっか。たいへんだなイシさんも。せっかく部活休止して少しは楽できるようになったはずなのにな。まったく玲、お前も物好きな奴だな。さっさと諦めて、新しい生活満喫しておけばいいのにさ」


「……」


 石切山先生は、何かを訴えかけるような視線を、無言で拳聖さんに突き刺した。

 ヒュウ、「おっかねえ」、そううそぶくと、拳聖さんはその視線を避け、はぐらかすように口笛を鳴らした。

 ん、なんだか石切山先生不機嫌そうだ。

 僕たちを置いてのっしのっしとあるいていく。

 さて、早く行かなく――


「お兄ちゃん」


 玲……於奈?

 玲於奈は、甘い微笑を浮かべる拳聖さんの前に仁王立ちした。


「ん? どうした。ほら、さっさと行かないと、イシちゃん――」


「お兄ちゃんは、何にも思わないの?」


「お兄ちゃん?」「この子、もしかして、拳聖の弟?」「えー、拳聖って、妹はいるって聞いてたけど、こんなかわいい弟さんまでいるんだー」


 玲於奈は、周りの女の人の存在を無視して、悲しそうな目で拳聖さんを見た。

 ……え?

 ちょっ……。

 玲於奈に腕を掴まれた僕は、拳聖さんの前に引き寄せられる形となった。


「玲はね……お兄ちゃんに……リングの上で戦うお兄ちゃんの姿にあこがれて、わざわざこの定禅寺西高校を受けに来たの。そして、今はその目標を達成するために……本当に痛い思いまでして、部の再開までこぎつけたの」


「えー、まじー?」「拳聖くん、ボクシングやめたんでしょー?」「拳聖をへんなことに引っ張り込むの、やめて欲しいんだけどー」


「うっさい! あんたらは黙ってろ!」


 玲於奈……?

 泣いてる、の?

 玲於奈の悲痛な叫び声は、周りの女の人たちの口をふさいでしまった。

 玲於奈は顔をぐじぐじとこすると、拳聖さんに向かって言った。


「あたしのことは、もうどうでもいい。お兄ちゃんがボクシングをやめて、その女たちと好き勝手遊んでたいってんなら、あたしはもう何もおにいちゃんには期待しない。だから、好き勝てにすればいい。だけど――」


 きっと顔を上げた玲於奈の頬を――水晶のように美しい涙が伝った。


「だけど! こいつの純粋な気持ちをバカにするような真似はやめて! こいつはね、本当にお兄ちゃんのボクシングが大好きだったの! お兄ちゃんみたいなボクサーになりたいと思ったの! せめて、その気持ちと真正面に向き合ってあげて!」


 ……。

 玲於奈……。

 もしかして、僕のために……泣いてくれるの?

 拳聖さんの顔に浮かぶのは、困ったような笑顔だった。


「悪りぃな。けど、お前らがなんと言おうと、俺は――」


 バシンッッッ

 え?


「……つう……」


 玲於奈!


「ちょ、なにやってんのさ!?」


 気がつけば、玲於奈の右手のひらが拳聖さんの左頬を貼っていた。


「玲於奈、いくらなんでも――玲於奈?」


 玲於奈の表情は、怒りと悲しみの中に、困惑したようなものが浮かび上がっていた。


「れ、玲於奈! いいから早く行くよ! 石切山先生、先に行っちゃったから」


 放心したような玲於奈の腕を引っ張ると


「あ、あの、すいませんでした!」


 僕はさっと頭を下げ、そして石切山先生のあとを追う。


「……おう……」


 右頬を押さえたままだったが、いつものスィートな微笑をたたえ、拳聖さんは小さく手を挙げた。



「遅かったじゃないか」


 駅の改札口前、石切山先生は腕組みをして僕たちを待っていてくれた。


「一体今まで何――いや、いい。急ごう」


 弱弱しくうつむく玲於奈の腕を取る僕、二人の姿を見た石切山先生は何も言わずに改札口をくぐって行った。


「ほら、玲於奈。行こう、ね?」


 僕が腕を引っ張ると、玲於奈は小さく頷いたが、その足取りは弱弱しかった。



――ガタンゴトン、ガタンゴトン、ガタンゴトン――


 石切山先生からやや離れたところで、僕たちは席を見つけて座っていた。

 がたごとと揺れる車体は、時折くいくいと玲於奈の体を僕に押し付けてくる。


「……拳聖さんのこと叩いたこと……後悔してるの?」


 玲於奈は、ふるふると顔を振った。


「……お兄ちゃんの顔、叩いちゃった……兄弟同志だから、特にそんなこと後悔なんてしないよ……」


「じゃあ、どうして……」


「叩けちゃったことが、問題なの」


 叩けちゃったこと?


「どういうこと? 玲於奈?」


 玲於奈は、うつむいたまま言った。


「いくらあたしがボクシング経験者だからって、どんなに気を抜いていたからといってお兄ちゃんによけられないはずはないわ」


 ……確かにそうだ。

 インターハイでの拳聖さんの姿は、それこそ溶かした水あめみたいに滑らかで、相手がどんなパンチを打っても、輝くようなテクニックで裁いていた。


「……いくら一年近く……お兄ちゃん……まさかね……ありえない……」


 相呟くと、玲於奈はそのまま押し黙ってしまった。

 ……え?


「……お願い……」


「ちょ、ちょっと玲於奈……」


 玲於奈の小さな手が僕の手に絡んだ。

 僕の腕にすがりつく玲於奈の、白いうなじが見えた。


「……お願い……ちょとだけでいいから……こうしていて……」


「玲於奈……」


 一瞬、僕はものすごく混乱したけれど、それ以上に、僕の横でウサギみたいに体を震わせる玲於奈のことが心配になった。

 どうしたのかはわからない、だけど、ものすごく心細くなっていることくらいはわかる。

 最初はものすごく心臓の音が大きく、早くなっていた。

 だけど、小さく体を震わせる玲於奈を見ていたら、なぜだかその鼓動が落ち着いて行ったんだ。

 はたから見たら、背の低い男子構成同士が肩を寄せ合う、なんとも奇妙な光景だったかもしれない。

 けど、僕がいまこの女の子にできることはこれしかないから、とにかく彼女のさせたいようにしておこうと思ったんだ。


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