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第七話

「くわぁ……と」


 悠瀬……じゃなかった、美雄が背伸びとともにあくびを一つ。


「午後の英語二連チャンは、結構ヘヴィーだな」


「あはは、美雄もそんなこというときあるんだ」


 そういいながら、僕は教科書やノートをバッグに詰め込んだ。

 顔の青あざは、玲於奈が持ってきたファンデーションで何とか隠すことができた。

 あんなの見つかっちゃったら、それこそ大騒ぎだもんね。


「そういや、玲はなんだかいつもより元気じゃん。そんなに俺がボクシング部に加入して嬉しかったわけ?」


「うん、それもあるんだけど……実はさ……」


――


「……あ、あのさ、お前等……一緒に住んでるの?」


 あれ?

 な、なんで美雄、そんなけったいな表情しているの?

 ん?

 ま、まさか、へんな誤解されてない?


「ち、違うよ! そういうんじゃなくて! いま、県聖さんと玲於奈、喧嘩中だから、仕方なく――」


 ……な、なんで急に耳打ちするのさ。


 ゴショゴショゴショ「……あ、あのさ、お前等……」


「……な、何?」


 ゴショゴショゴショ「……もしかして……もう……ヤった?」


 ……。

 ………。

 …………はっ?


「な、何のこと? 君は何を言ってるの?」


「何ってほら、アレ、だよ。つーか言わせんなって、恥ずかしい」


「ちょ、ちょっと、肘でつつくのやめてよ! な、何を想像してるのかしらないけどさ、ただ玲於奈は今一時的に僕のマンションに同居してるだけだから! それだけだよっ!」


 ……はあもう、へんな誤解やめて欲しいなあ。

 ただでさえ、いつも玲於奈には朝晩こき使われてるんだから。


「そんなことよりさ、美雄のほうはどう? 誰か見つかりそう?」


「……予想以上に厳しいな。ただでさえこの辺の人間には悪評立ってるし。それに、今回はただ部員になってもらうだけじゃなくて、対抗戦に出ても大丈夫なくらい、何か格闘技の経験がなきゃいけないからさ」


「……そうだね……こればっかりは……」


 本当なら、僕が真っ先に対抗戦にエントリーしなくちゃならないんだろうけど……。


 まともに運動すらした事のない僕が、リングに立っちゃいけないことくらい、僕が一番わかってる。

 だからこそ、リングに立ってくれる美雄のためにも、僕は自分のできること、メンバー集めを頑張らなくっちゃ。

 部活が指導しない限りは、僕がボクシングを始めるなんて、夢のまた夢だもんね。


「でも大丈夫! ライト級で出場選手の候補がいるんだ!」


「マジで!?  よかったじゃん! その人、経験者なの?」


「うん! もともとボクシング部の人でさ、拳聖さんと同じで、インターハイ優勝者なんだ!」


「すごいじゃん! なんていう人なの?」


「えっと……確か二年生の――」

 

――ガタガタッ、ガラッ――


「遅い! 三分も遅れてるじゃない!」


 ……え?


「れ、玲於奈!? こんなところで何やって……ぐえっ……」


 そ、そんなに強くネクタイ引っ張らないでよっ!

 み、みんな僕たちを注目してるじゃないか!


「お、おい玲於奈……さすがに教室まで乗り込んでこられると、やばいんじゃないの?」


 そ、そうだよっ!

 美雄の言うとおり、君はこの定禅寺西の生徒じゃないし、そもそも女の子だしっ!


「あら美雄じゃない。今日もあたしたちは部員集めをしなくちゃならないから。あんたは本格始動まで精々陸上部で基礎体力をつくっておくことね。それじゃ」


「あ、ああ」


 呆然と見送る美雄を尻目に、まるで足腰多々ない老犬を引っ張るかのようにして玲於奈は僕を引きずって行った。



「ちょ、ちょっと待ってよ」


 僕はネクタイを振りほどいた。


「わ、わかったからそんなに引っ張らないでって!」


「何悠長なこと言ってるの? バカなの? 死ぬの?」


 きっと僕を睨む玲於奈の目に、僕はまごう事なき殺気を感じた。

 何でこの子、中学生の女の子なのにこんな気合の入った目つきができるんだよっ!


「あたしたちの今日やるべきこと、今朝しっかり確認したでしょ?」


「そ、そりゃあ僕だってわかってるよ……」


 そう、今日は、インターハイライト級チャンピオン、石神拳次郎さんをボクシング部に復帰するように勧誘する日だ。


「けど、石神さんって今二年生だよね。どのクラスにいるか調べないと」


 ちっちっちっ、とでも聞こえてきそうな様子で、玲於奈は人差し指を振った。

 いちいちやることがおっさん臭いなあ……。


「ふっふーん、このあたしが、あんたが学校にいる間に何にもしないとでも思ってんの?」


「え? じゃあ……」


「あんたがちんたら勉強している間に調べたのよ」


 ……ちんたらって……結局玲於奈は今日も学校サボったのか……


「で、でもすごいじゃん! どうやって調べたの?」


「学校中の下駄箱の名前探した」


「……結構すぐに調べられそうじゃないか……それまで何やってたんだよ」


「あんたんちにおいてあったゲームずっとやってた」


「単に遊びに飽きただけじゃないか!」


「うるさいわね。結局あんたが授業終わらなくちゃ行動できないんだから同じことよ。あんたもまたマニアックなゲームやってるのね。なにあれ、二次元アイドルのリズムゲーム? 一瞬引いちゃったんだけど」


「ほ、ほっといてよ!」


 僕がどんなゲームやろうが僕の勝手だろ?


「ほら、もたもたしてたら帰っちゃうかもしれないじゃない。さっさと探しに行くわよ」


「……はいはい……わかりましたよ……」


 ……って、まてよ……


「……あのさ……石神さんって……」


 すでにずんずんと先をすすむ玲於奈は、振り返ることもなく言った。


「二年F組よ」


 ……ああ……やっぱりか……。



「何、もじもじしてんのよっ! さっさと、行きなさいっ!」


「そ、そんなに強く押さないでよっ! お、お願いだから、も、もうちょっと! もうちょっとだけ心の準備をっ!」


 ……だって……F組って言ったら……。


「た、体育科のクラスだよ!?  なんていうか……怖いって言うか……」


「ビビッてないでっ! さっさと! いきなさいっ!」


「あわっ?」


――ゴトンッ――


 ……てててて……。

 また転んじゃったよ……。

 本当にこういうときの玲於奈は強引なんだから――って?


「よう、大丈夫か?」


「ひっ?」


 坊主頭の、気合のはいった人が僕の顔を覗き込んだ。


「お前、一年生か? こんなところに何の用だよ」


 そういうと、右手を差し出してくれた。


「あ、あと、あのですね――ひゃっ?」


 うわっ!

 その手に答えた僕の体を軽々と引っ張りあげた。

 すごい力だな……見た感じ野球部の人っぽいけど……見た目より優しい人みたいだな。


「す、すいません。あの、人を探してまして……」


「人? 誰を探してんだよ」


「あの……石神拳次郎、さんなんですけど……」


「拳次郎?」


 そういうとその野球部っぽい人はきょろきょろと周囲を見渡す。


「……いねえな……よォ、拳次郎どこ行ったかしらねえか?」


 野球部の人は、周囲のクラスメートに訊ねてくれた。


「おお? 拳次郎なら、またあそこ、学食じゃね?」


「そういやそうだな……ってことだ。たぶん学食にいるから、行ってみな」


「は、はい! ありがとうございます!」



「ほら、スムーズに聞きだすことができたじゃない。いちいちヒビらなくてもいいの」


「……そんなこと言っても……まあ、そうだね……」


 見た目より優しい人がいるんだな、体育科って。


「そんなことより、石神さんって人、どんな人だか知ってるの?」


「これよ」


 玲於奈はポケットから写真を出して見せた。


「インターハイの集合写真。お兄ちゃんの横でメダルをかけて腕を突き上げてる人が石神よ」


 僕はその写真を受け取って確認する。


「へー、結構格好いい人なんだね」


 写真の中の石神さんは、ちょっとウェーブのかかった黒髪に、ばたばたと長いまつげ、ウィンクも陽気に笑顔を見せる。

 拳聖さんとは違ったタイプのワイルドな感じのイケメンで、まるでラテン系の俳優みたい。


「拳聖さんはどっちかって言うと、背も高くてしまった感じだけど……この人はそれほど背は高くないけど、いかにも筋骨粒々って感じだね」


「なんか聞いた話しによると、近隣の女子生徒をとっかえひっかえ遊びまくってる奴らしいわ……正直言って、あたしこういうタイプ一番嫌い……」


 ……思い込んじゃうと向こう見ずなくせに、玲於奈って結構男女関係潔癖なんだよな。

 拳聖さんと女の子がいちゃいちゃしてるのも、よく思ってないみたいだし。

 まあ、もとから女にもてない僕には関係のない話だけどさ。 



「拳次郎ォ?」


「ええ。ここにいるって聞いたんですけど……」


 そういえば、学食って初めてきたかも。

 体育科とかの人がたくさんいて、ものすごく競争率が激しいって聞いたから、僕は毎日お弁当持ってきてるしね。


「拳次郎なら、あそこでバトってるぜ」


 バトってる?

 戦ってるって事?

 その人の親指の指す方向を見ると、黒山の人だかりができている。


「いけー拳次郎! やったれやぁ! お前に二〇〇〇円かけてんだからなぁ!」


「光岡ぁ! そこだそこ! 手ェ抜いてんじゃぁねえぞ!」


 ……もしかして、漫画とかでよくある……放課後、男達が拳をかわして学年の番長を決めるとかそういう……。


「何やってんの、あのむさくるしい人だかり」


「あ、玲於奈……」


 よし、今度こそ、玲於奈に言われる前に自分からきちんと言い出さなくちゃ。

 血で血を洗うような決闘が行われていようとも、僕は怖れない。


「いってくるよ、玲於奈」


 バシッ


 玲於奈が僕の背中を叩いた。


「頑張るのよ」


「うん」


 玲於奈から勇気を注入してもらう。


「……すいません……ちょっと……ちょっと、通してもらえませんか……」


 んぎぎぎぎ……や、やっぱりこれだけ男の人が並んでると……もうなんだか……身動きが……。


「んしょっと! あの、す、す、すいません! 石神――」



――ガツガツガツガツ――


「石神選手、カツ丼完食ゥ!」


「おらぁ! 次こいやあ!」


 ……。

 ………え?

 …………あの人誰?


「石神選手、ラーメン入ります!」


「っしゃらあ!」


 ぞぞっぞぞぞぞぞ

 頭がもじゃもじゃの、でっぷりと太った無精ひげの男が、追加注文されたしょうゆラーメンをむさぼる。


「あ、あのぉ……」


 僕は隣で声援をあげている一人の先輩に訊ねた。


「あ? なんか用か?」


「えっと……あの人……いったい誰ですか?」


「あ? あいつはわが高の誇るフードファイター、石神拳次郎に決まってんだろ?」


「フードファイター?」


「ああ。放課後食堂を使ってフードファイトが行われててな。あいつはここ半年間負けなしのトップファイターなんだよ」


「フ、フードファイトって、じゃ、じゃあボ――「ボクシングはどうなったのよ!」」


「玲於奈!?」


 隙間から同じように体をねじりいれた玲於奈は、掴みかからんばかりに食って掛かる。


「ボクシング? ああ、そういやあいつインターハイチャンピオンだったっけか」


 それすら忘れられてるのか……。


「けどよ、知ってんだろ? 半年も前に部活やめたの。いまじゃ見ての通り、最強のフードファイターとして輝いてるぜ」


「フードファイターだかなんだか知らないけど! 何でボクシング部やめちゃったのよ!」


 ちょ、ちょっと落ち着きなよ玲於奈!

 今の君は女の子じゃないんだからっ!


「ボクシング、か。ふっ、まあ確かにあいつは将来を嘱望されたボクサーだったかも知れねえ。けど見ろよあいつの姿を」


 言われるがままに僕たちは石神さんの姿を見る。


「おら次ぃ!」


 叫べば揺れる、顎周りの肉。

 滴り落ちろべっとりとした汗と、なんだかわからない液体。


「石神選手、ハンバーガーに手をかけますゥ!」


 貪り食うそのさまは――


「「もうブタにしか見えないっ!」」


「ブタ、か。最高の褒め言葉かも知れねえな」


 フッ、何もわかっちゃいねえんだな、とでも言いたいかのごとく、その人は笑った。


「ボクシングを続けていても、あいつはチャンピオンであり続けられたのかも知れねえ。だがな、今あいつは、確実にそれ以上の、まさしくわが高の伝説への階段をほがわっ!?」


 玲於奈の拳がその先輩のみぞおちに食い込んだ。


「ああもう、なんでもいいっ!」


 ……ああもう、めちゃくちゃだよ……もう何がなんだか……。


「ふう、ふう、ふごっ!」


 石神さんの目の前で、苦しそうにスパゲッティをほおばっていた相手選手? が、苦しそうな声を上げ、そしてイスから崩れ落ちた。


「“ガーノッ!”」


 その瞬間、えと……何語だろ……とにかく日本語以外の雄たけびをあげて、石神さんらしき肉の塊は右手を突き上げた。

 ああ、確かにこの人は、間違いなく石神さんだよ。

 だって、あの写真のポーズとまったく同じ仕草だもん。

 力強くたくましく、恍惚すら感じさせる。

 レフェリーらしき生徒が、その腕を取って宣言した。


「勝者、“エストマーゴ・デ・ピエドラ”! “石の胃袋”! 石神拳次郎!」


 どぉっ


 割れんばかりの歓声、そして地響きのように足元が踏み鳴らされる。

 ああ、これが俗に言う“ララパルーザ”ってやつか。


「ケッンジロオッ! ケッンジロオッ! ケッンジロオッ!」

「ケッンジロオッ! ケッンジロオッ! ケッンジロオッ!」

「“エストマーゴ・デ・ピエドラ”! “エストマーゴ・デ・ピエドラ”!」


 ああ、僕たちは今目の当たりにしているのだ。

 伝説の男が、まさしく伝説の階段を更なる高みへと駆け上っているのを。

 我々の目の前、伝説のチャンピオンが――って


「「ちがーう!」」


 大声で叫び声を上げる僕たちを、周囲の男達、そして石神さんが注目した。

 石神さんらしき人が僕たちに近寄る。


「なんだお前ら?」



「――成程な。まあ事情はわかったよ」


 食後のアイスクリームをなめながら、石神さんは頷いた。


「だが悪いな。知っての通り、俺はもうボクシングをやめたんだ。今俺は、フードファイターとして新たな戦いに挑んでいるところなんだよ」


「いやいや、儲けさせてもらってますよぉ、石神さん」


 その後から、一人の男が手もみしてコーヒーを差し出した。


「石神さんのおかげで、定禅寺西フードファイトクラブも大盛り上がりで。さ、今日の分です」


 おそらくは現金が入っているのであろう封筒が差し出された。


「てなわけで悪いな。ほかをあたってくれや」


 ズズズ、熱いコーヒーを石神さんは一気に流し込んだ。


「け、けど……どうして石神さんはボクシングをやめてしまったんですか? やっぱり、あの一件があったからなんですか?」


「ああ? そんなもん関係ねえよ。インターハイ優勝しちまって、俺にはもうやるべきことがなくなったからな。新しい目標が見つかって、その実現のためにかけようと思ったしな。俺は静岡一のフードファイターになってテレビ静岡の『くさデカ』に――」


「――何が新しい目標よっ!」


 ばんっ!

 玲於奈が机を思い切り叩いた。


「あんたがボクシングにかける情熱ってそんなもんだったわけ?」


「……なんだと?」


 うわ……さっきまですごく陽気にへらへら笑ってたと思ったら……こんな表情できるんだ。

 石神さんはリングに上がっていた当時の、獲物に食らいつくハンターのようだ。


「お前に何がわかる? 拳聖さんもボクシングをやめて、才能のかけらもねえようなクズどもと一緒にサンドバッグしこしこ叩いてろってのか?」


 その言葉に、さすがの玲於奈も言葉をのんだ。

 当然だ。

 僕だって、妹の玲於奈だってその理由を知らない、納得がいかないんだから。


「……あの……やっぱり……石神さんも拳聖さんにあこがれて……この学校に入学したんですか?」


「……」


 ちっ、拳聖さんは舌打ちをして顔を背けた。


「……悪いか? 俺は天才ボクサーだが、俺と並ぶ……いや、もしかしたら俺以上の天才ボクサーに出会っちまった。俺は……この人と一緒にボクシングがやりてえ、そう思ってこの学校を受けたんだ。だから、その人がリングを去ったってんなら、俺がこの学校でボクシングを続ける理由もねえ。だから俺もグローブを置いたんだよ」


「それは僕も同じです」


 僕も、拳聖さんにあこがれてこの学校に入学したんだ。

 石神さんと違ってボクシングの経験はないし、たぶん才能のかけらのない、石神さんの言うクズどもとそんなに違いはないかもだけど、その志は同じなんだ。


「だからこそ、もう一度ボクシング部に入部してください。僕達が対抗戦に出ることができれば、拳聖さんも――」


 ガツッ


「――うわっ!」


「ちょっと! 何すんのよ!」


 石神さんは急に立ち上がると、僕の胸倉をあっという間に掴みあげていた。


「拳聖さんをもう一度リングに挙げるだあ?」


「……は……はい……そ……それが……」


「なんもしらねえガキどもが勝手なこと言ってんじゃねえ!」


 ドンッ!

 ……てえっ……。

 僕は思い切り突き飛ばされ、床にへたり込んだ。


「ちょっと、大丈夫?」


「あ、ああ。ありがと玲於奈。大丈夫、みたい……」


 けど、一体どうしちゃったんだろう。

 なにも知らない?

 勝手なことを言う?

 どういうことだ?


「悪かったな、つい感情的になっちまった」


 石神さんはどっかりと椅子に座るとハンチングをかぶり、またアイスクリームのスプーンを運ぶ。


「だがな、あれほどのボクサーがリングから降りる理由がどういうものか、お前ら少しは考えたことがあるのか? 勝手なこと言ってあの人困らせる権利はお前らにはねえ。わかったらとっとと諦めろ」


「できません」


 僕は立ち上がって反論した。


「確かに、これは僕たちのエゴなのかもしれません。けど、もし対抗戦に出て部活を復活させたら、拳聖さんはリングに戻ってくるって約束したんです。これは男同士の約束ですから。だから、僕は何としてもボクシング部を復活させます」


 ぴくり、石神さんの表情に一瞬の変化が生じた。


「……本当に拳聖さんがそういったのか?」


「はい」


「……」


 ちっ、石神さんは舌打ちをしてスプーンをおいた。


「……条件がある」


「え?」


「条件守ったらボクシング部に復帰してやるっつってんだよ」


「本当ですか!」


「男に二言はないんだけど、わかってるわね?」


「本当に守れれば、の話だ」


 石神さんは、ギロリと僕たちを睨んだ。


「一つ、これ以上拳聖さんを困らせるな。拳聖さんがでるって分は、代わりに俺が出てやるから」


「本当ですか!?」


 やった!

 なんだ、この人だって離せばわかって――


「こらこら、慌てるのはまだはええぞ」


 そ、そうか、落ち着け、落ち着け……。


「もう一つはな――」



「……どうすんのよ……」


 どうすんのよって……。


「……こっちが聞きたいくらいだよ……」


「あんた女友達とかいないの?」


「そんなこと言ったって、僕こっちに引っ越してきたばっかりだし……っていうか、玲於奈こそいないの?」


「は? 冗談言わないでよ。友人関係を壊すような真似したくないもの」


「だったら、玲於奈が――」


「冗談じゃないわよっ! だれがあんな男に! ああああああ、寒気がするわ……」

 玄関前のベンチの前、玲於奈は悪寒に体を震わせた。


「あれ? 何やってんだよ、二人とも」

 声する方向を見れば、ジャージーに身を包み、肩にタオルをかけた美雄の姿が。


「あ、美雄……実はさ……」


――


「……いやー、まいったな……」


 ベンチに座りこんだ美雄もため息をついた。


「美雄とか、知り合いに頼めないの?」


「いやいやいやいや! 勘弁してよ! 俺だって友人関係壊したくないよ!」


「だいたい、あの男が節操なさすぎなのよ。何であたしたちがあの男に――」


 そうだよなあ……。

 こればっかりは無理強いできないもんなあ……。

 なんたって、石神さんの出した条件ってのが……。


「――女の子紹介しなくちゃならないのよ」


「けどさ、その、石神先輩って、痩せてた時はめちゃくちゃ女の子にモテてたんだろ?」


「うん……なんて言うか……ワイルドな感じがして、男の僕から見ても、すごく恰好いい人だったと思うんだけど……」


「だったら、ボクシング部に復帰すればまた前の状態に戻るんだから、痩せたら紹介するとか、そういうんじゃダメなのか?」


 ふるふると首を振る玲於奈。


「だめよ。フードファイターになってから、あれだけいた女たちが一気にいなくなっちゃって、女性不信になっちゃったんだって。だから、今の状態の自分でもいいといってくれる、愛情の深い女がほしい、ってわけのわかんないこと言っちゃってんのよ。デブのくせに」


 はあもう、面倒くさいなあ……。


「ああいう風に見えて、結構ロマンティストらしいから。だから、心が震えるような、ええと……“エル・デスティナード”が欲しいんだってさ」


「なにが“運命の人”よ! バカバカしい! 何でいちいちスペイン語なのよ! イベリコブタかっつーの!」


「ああ、っと……なんかすごい手詰まり感があるな……」


 美雄はタオルで頭を拭いた。


「……うん……こればっかりは……ねえ……僕たちではなかなか……」


「ああもおっ!」


 地面に足の裏を叩きつけるようにして玲於奈は立ち上がった。


「イライラしたらお腹すいちゃったわ。玲、帰るわよ。帰って夕ご飯食べて、もう一度作戦会議よ!」


 ……もう、そんなこと言ったって作るのは僕じゃないか……なんてこと玲於奈に言ったって無駄なんだろうけどね。


「わかったよ。けど食材ないから、買い物に行かなくちゃだね。ごめんね美雄。何とかいい案考えてみるよ」


「ああ。俺の方も、一応フリーの女友達に声かけてみるけど……期待しないでくれよ」


「うん。ありがとう」

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