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第三話

 ……はぁ……。

 ため息つくと幸せが逃げちゃうって言うけど、もうこれ以上僕からどんな幸せが逃げていくって言うんだよ……。

 ……帰ってきたら洗濯にご飯の支度……。

 大変だって自覚はしてたけど、定禅寺西高校のボクシング部に入れるなら、って思ってたからなあ……。

 本当に僕、これから三年間暮らしていけるんだろうか……。

 なんだろ、宿題も手につかないや……。

 特待が維持できなくちゃ、この学校にいられないんだけど、かといってこのまま定禅寺西高校に通う意味があるんだろうか……。


「……だめだ、疲れた……」


 僕はシャーペンを離すと、そのままベッドに倒れ込んだ。

 ……もうだめかも。

 むなしいなあ……。

 この一年近く、一体僕、何やってたんだろ……。

 拳聖さんの言うとおり、今のうちに転校する支度しとこうかな……。

 とりあえずこの学校の特待に受かるくらいには勉強したから、たぶん大概の学校には受かるよね。

 うん、そうしよう。

 それで、共学校で、軽音楽部とかそういう部活に入って、学園祭とかでバンド組んで、彼女とかも見つけて一緒に勉強して、それで――


“僕も、ボクシングを始めたら、拳聖さんみたいに強くなれますか?”


“僕は、あなたみたいなボクサーになります! そしていつか……僕も“シュガー”って呼ばれるくらいになります!”


 ……。

 ………。

 …………僕のバカ、意気地なし。


「……ふっ、ひっ、ひっ……えぐぅ……」


 何であの日のことなんか思い出して、それで泣いたりなんかしちゃってるんだよ。

 そうだよ。

 僕は、拳聖さんみたいなボクサーになりたいんだよ。

 女の子がいなくたって、先輩達が怖いからって、それでも僕はボクシングをやりたいんだよ。

 あの日見た、リングの上の拳聖さんの姿、あんなふうになれるわけないって、わかってるんだ、僕だって。

 けど、けどそれでも、僕はボクシングをやりたい。

 拳聖さんに少しでも近づきたい。

 絶対に、地球が太陽に突っ込んで蒸発しちゃうくらいありえない確率だとしても、僕も“シュガー”なんて呼ばれるような、僕の一挙手一投足が会場を沸かせるような、そんなボクサーになりたいんだ。

 けど、けど――


「……ひっく、ひっくひっく……何でひっく、僕ひっく……泣いてるんだよお……強くなるってひっく……言ったじゃないかひっく……」


 それでも涙が止まらない僕は、枕に顔をうずめた。

 その時、ズボンのポケットに、何かが触れる。


「……」


 確かめるまでもない。

 僕はそれを取り出す。


“平成○△年全国高等学校総合体育大会ボクシング優勝”


 拳聖さんのメダルだ。

 一体拳聖さんは、何でボクシングをやめちゃったんだろ。

 あの女の子の取り巻きを見る限り、女の子と遊ぶのが楽しくて、やめちゃったのかな。

 けど、僕にはどうしてもそうは思えない。

 何でかはわからないけど、拳聖さんは女の子たちを適当にあしらいながらもボクシングを続けられるくらいには器用な人だと思うし。

 それとも、あの部活の不祥事でやってられないって思っちゃったのかな。

 あれだけの動きができる人だから、ボクシングへの思い入れも人一倍強いと思うし。

 それとも、すでにプロテストを受験しちゃって、プロに?

 ……なわけないか、だからこそボクシング自体をやめちゃうはずもないもんね……。


「……結局何もわからないまま、か……」 


 僕はメダルを枕元に置いた。



“ヘイボーイ”


 ……とりあえず、宿題終わらせなくちゃな……。


“ヘイユー、ボーイ”


 ……宿題終わらせたら、お米研いで明日の朝食の支度し説かなくちゃ……。


“ヘイヘイヘイボーイ、ムシシチャダメヨ。キコエテルンショー?”


 ……聞こえない聞こえない、何も聞こえないよ僕……。


“ボーイ、イイカゲンイシナサーイ!”


 ゴンッ


「あいたっ!」


 ……あたたたたた……。


「……な、何だよ一体……」


 僕しかいないはずのこの部屋に、一体誰が片言の日本語でしゃべりかけるんだ?

 ……もしかして……。


「どろぼー!」


“チガウデショ!”


 ゴンッ!


「あいたたっ!」


 今度は明確に、頭をぶん殴られたのがわかった。


「……ったたたたた……い、一体どうしたって――」


 頭をさすりながらベッドから上体を起こした僕の目の前には――


“コンバンワ、ボーイ。ソンナニナカナイデ”


 そこには、一人の男が立っていた。

 白い肌に、ぺったりと後に撫で付けられた髪の毛、そして口元には天を仰ぐようなカイザーひげ。

 そして……裸の上半身に、丸太のように太い腕を組み、下半身は編み上げのロングブーツに……股間を強調するかのようなスキニーなタイツ……。


「変態だー!」


“ダレガヘンタイヨッ! シッケイナ!”


 ゴンッ!


「あいたたたっ!」


“マッタク、アナタトイウショウネンハ、メウエノヒトニタイスルケイイトイウモノヲマタクワカッテイナイネ。ユーハホントニジャパニーズ?”


「そんな格好で人の家に勝手に入り込むような人に言われたくありません!」


 ……って、え?

 い、一体誰?

 緊張のあまりごくりとつばを飲む僕に、目の前の大男はウィンクした。


“ワタシハ、カミサマデス。ボクシングノカミサマデス”


 ……片言でなんだかわかりづらかったけど……うん、間違いなく言ったよな……。


「あなたが……ボクシングの、神様?」


“ソノトオリデス。カミサマナンテヨバレルノモキュウクツデスカラ、ソウデスネ……ワタシノコトヲ、‘L’ッテヨブガヨロシデショウ”


 ……L?

 名前を書くと人が死んじゃうノートを巡るサスペンスドラマに出てくる探偵みたいな名前を名乗るこのマッチョな白人男性は、白い歯をむき出しにして笑っていた。

 ……こんな姿でこのいい笑顔……悪い人じゃないとは思うけど……別の意味で怖い……。


“キョウノイチブシジュウハミセテイタダキマシタ。アナタハホントウニボクシングガスキナノデスネ”


 おっかなびっくりだったけど、それでも僕は力を込めて頷いた。


「……けど、こんなことになっちゃって……どうしたらいいのかわからないんです……」


 ボクシングの神様、か。

 なんだかよくわかんないけど、神様なら――


「Lさん、お願いがあります。ボクシングの神様なんですよね?」

 にこにこにっこり。


“ハイ、ソウデスヨ”


「お願いです! ボクシング部を復活させてください! そして……拳聖さんを、ボクシング部に復帰させてください!」


“オーケーボーイ。ソレデハマズ、セカイジュウニチラバルタマヲアツメルノデス。ソノナハドラゴ――”


“ちょっと待ったー!”


 ボゴッ


“いってえ?”


 ……おいおい、また変なのが出てきたぞ……。

 その人は、Lと同じく大柄な白人男性だったけど、きちんとダブルのスーツに身を包み、これも綺麗に髪の毛に櫛を通して、とてもインテリジェントな匂いがする。

 なんだかこう……銀行の貸付係か頭取みたいな雰囲気だ。


“何をするのだ! 痛いではないか!”


“それはこっちのせりふですよ。そもそも、何で片言なんですか”


“やかましい! そのほうが外人感が出るだろうと思ったからだ!”


 ……なんだよ、L、普通にしゃべれるじゃんか……。

 そんなことより


「あのー、すいませんけど、僕をおいてけぼりしないでくださいよ。そもそもあなたは誰なんですか?」


“ああ、すいません。わたしの名前はジェー“Jだ! Jと呼べ””


「あ、Jさんですね」


“あーあー、なんでそんなことするんですか。また彼変な勘違いしちゃいましたよ”

“我輩がLなのだから、君は当然Jになるに決まっておるではないか!”


 ……ちょっと、人の家で喧嘩はやめて欲しいな……。


「と、ところでLさんはボクシングの神様だとはうかがったんですが、Jさんは……」


“あ、本気で信じてたんですか? そんなわけないでしょう。わたしたちは幽霊ですよ単なる幽霊。すいませんね。この先輩がわけのわからない誤解させちゃって”


 ……なーんだ、そうだよね。

 そもそも、まだボクサーでもない僕の前に、ボクシングの神様が現れるわけないじゃないか。


「あははは、騙されちゃいましたー」


“ほら先輩、ちゃんと謝って”


“うむすまぬ。けど、まあ、よいではないか。ぬはははは”


「あははははー……成仏してくださいっ!」


““なんでそうなるっ!””


 な、何でこんなところに幽霊が?

 もしかして、このマンション事故物件って奴?


「神様仏様イエス様! 何でもいいからお助けください! いやー、殺されるー!」


“ああ、そういうのいりませんから。別にあなたを呪おうとか地獄に引きずり込もうとか、魂の取引の契約をするとか、そういうつもりで出てきたわけじゃありませんから。まあ、『クリスマス・キャロル』に出てくる幽霊みたいなものだと思ってくれれば、怖くないでしょう”


「へ? ……じゃ、じゃあ、なんでこんな、アジアの築二〇年のマンションなんかに出てきたって言うんですか?」


“うむ。そうだな、言うなれば……”


 ひげマッチョのLさんが、銀行員マッチョのJさんのほうをちらりと見る。

 Jさんは、小さく頷き、そして口を開いた。


“あなたの、純粋な思いが、そのメダルを通して私たちに伝わったんです”

“ボクシングに対する、な”


 へ?

 どういうこと?


“君のボクシングに対する熱い想い、それがそのメダルに篭り、そしてそれが我輩たちを冥府からこの場に呼び起こしたのだ”


「じゃ、じゃあですよ、もしかして、あなた方は僕の願いを叶えてくれたりするんですか?」


“残念ながら、それはできません。私たちは所詮幽霊でしかありません。先ほども言いましたように、神の御技を越えるような真似はできません”


「……そうですか……け、けど、だったらなんで僕のところに出てきたんですか?」


“うむ”


 ひげマッチョのLさんは、その分厚い胸板を強調するように腕を組む。


“君が、リングにたち、拳を振るいたいという気持ちは痛いほどに伝わった。だがしかし、神ならざる我輩たちに、無条件で君の願いをかなえるほどの力はない”


“失礼、私も職業柄なものでね”


 銀行員マッチョのJさんは、どこからか取り出したアタッシュケースから書類を取り出し、そして僕に提示した。


“君がおそらく、命の次に大事にしているであろうそのメダルを私たちに差し出せば、君の願いがかなうように取り計らいましょう”


「……このメダルを……ですか?」


 二人は腕組みをしたまま頷いた。

 僕はメダルを握り締める。

 確かにこのメダルは、大切なものだ。

 僕をボクシングに導いてくれた、とても大切なメダルだ。

 けど、これを手放せば、僕の願いはかなうんだ。


“あなたにとっては、悪くない提案だと思いますが。そのメダルをあなたに差し上げたあのボクサーも、それほど大切なものとは思っていなかったみたいですしね”

“うむ。そのメダルには、君の大いなる願いの力が込められておる。二度とそれを手にすることはできなくなるが、きっと後悔はしないであろう”


 すごくばかばかしいし荒唐無稽だけど、幽霊が目の前に立っている中で、それを言うのも可笑しいし、だからこそこの提案には真実味がある。

 だけど……だけど……。


「ごめんなさい。わざわざ来てくれたって言うのに」


 僕は頭を下げた。

 このメダルは、拳聖さんが僕のために、僕の首に掛けてくれたものなんだ。

 何があったって、たとえ拳聖さんがそのことを忘れていたからって、その価値はまったく揺るがない。


「確かに僕は願いをかなえたい。けど、このメダルがなくなったら、そもそもかなえたい夢自体も消えてしまうような気がするんです。それに――」


 それに、僕はまだまだ可能性をやりつくしていないんだ。


「もしかしたら、ボクシング部を復活させて、拳聖さんをリングに呼び戻すことができるかもしれない。最初は……確かに絶望しかかったけど、けど、あなた達が来てくれたおかげで元気がわきました。僕は、最後まで諦めずに、ボクシング部を復活させて、拳聖さんをまたリングにあげるために一生懸命頑張ります!」


 僕の言葉を聞いた銀行員のJさんは、深いため息をついた。


“我々は神ではないが、ある程度の未来の予測はつく。君のその願いがかなう可能性は、限りなくゼロに近いと思う。それでもか?”


「はい。それでも僕は、このメダルと一緒に可能性にかけたいんです。このメダルがあれば、どんな困難にも立ち向かえる気がするから」


“……そこまで言われたのであれば、我輩からは何も言えん……”


 ひげマッチョLさんは、寂しそうな表情を浮かべた。

 するとJさんは、アタッシュケースをまさぐると、また新しい紙を取り出した。


“それでは、次のビズィネスに取り掛かりましょうか――”


 Businessの発音も心地よく、Jさんは、その書類を読み上げる。


“――ということで、そのメダルを我々に一時預けてください。一時的にね。そして我々があなたに与えるものは‘成就’ではなく、課すべき‘試練’です”


「試練……ですか?」


“明日以降、我輩たちは君に試練の始まりを告げる瞬間を与えよう。そこから、君にとっての試練が始まる。もし君がその試練を乗り越えることができれば、君の願いはかないこのメダルも戻ってこよう。しかし……”


 Lさんは、またJさんのほうをちらりと見る。


“投資とは、今も昔もそういうものです。なんだかんだでお優しいあなたには向かないことでしょうけどね”


 Jさんは、小さく頷き、そして口を開いた。


“あなたは、すべてを失います。メダルも、ボクシングも。それはすなわち、あなたの人生の最も輝かしい次代を不本意なまま失うことを意味します。申し訳ないが、レートを吊り上げたのはあなただ。ただ、これはビズィネスですから、乗るも乗らないもあなたの判断です”


「……もし……もしあなた方の言う試練というものをこなすことができれば、僕の願いがかなうというのですか?」


“我輩たちができるのは、君の手のひらにダイスを乗せることだけなのだよ、ボーイ”


 Lさんの腕は、ますます丸太のように太く逞しくなったような気がした。


“そのダイスが手のひらに乗せられたとしても、それを振るのは君しかおらん。一が出るか六が出るか、はたまたフィールドから飛び出して消えてしまうか。それは神ならぬ我輩たちの知るところではないのだよ”


 どうしたらいいんだ。

 もし試練を乗り越えられなければ、僕は大きなものを失ってしまうかもしれない。

 けど、この人たちの言うとおり、僕一人の力では僕の運命を変えることは難しいだろう。

 このまま運命に従っても、ただのゼロでしかない。

 この投資、というよりも賭けに乗れば、僕はすべてを手にできる可能性を手に入れる代わりに、すべてを失う可能性もあるんだ。

 ごくり、僕はつばを飲み込む。

 だけど、僕はあの日、強くなるって決めたんだ。

 ほぼ0の運命に流されるよりも、それが100になって帰ってくる可能性が、僕が試練を乗り越えることによって生まれるならば……


「わかりました」


 僕はメダルを二人の前に差し出した。


「どうなるかはわからないし、正直ちょっと怖いけど……僕は、その投資話に乗ります! そして“試練”を乗り越えて、僕の願いをかなえます!」


“そうですか”

 Jさんは複雑な表情でメダルを受け取った。


“それでは、これで契約成立ですね”


“うむ”


 パチイィィィン――

 Lさんは部屋中に大きく響くほどに指を鳴らした。


 するとJさんの手にした書類に、浮かび上がるようにして僕の名前が記入された。


“明日以降、あなたの前に、‘試練の天使’が現れます。そして、あなたにそのメダルに見合うべき試練、いや、災いというべきか……ともかく、それが降りかかることになるでしょう”


「“試練の天使”? 災い?」


 な、なんだそれ……。

 ぼ、僕みたいなよわっちい奴に、耐えられるんだろうか。

 さっきはああいったけど……やっぱり不安――


“大丈夫だ。この子は強い。真っ向から試練にぶつかり、きっと克服してくれるものと、我輩は信じておる”


 Lさんは僕の頭をポンポンとなでた。


“‘臆病者の戦法’、など取ることなくな”


 カチン、という音が部屋に響いたような気がした。


“……まだ言ってるんですかあなたは……いいですか? 当時は人気絶頂のあなたが相手だったからこそそう呼ばれただけです。結局はわたしのようなクレバーさこそがものをいう世界になったじゃありませんか”


 ……なんだかおかしな雰囲気になって来たぞ……。


“何を言う! スタンドアップアンドファイトこそがすべてではないか! 我輩の豪腕の前に恐れをなした貴様のような奴こそ、臆病者というのだ!”


“結果がすべてです。あらゆる角度から可能性を検討したとしても、私の勝利は揺るぎませんからね”


「……あのー……申し訳ありませんですけど、こんなところで喧嘩は……」


“なんだと? 貴様この我輩の鉄拳を食らいたいのか?”


“そんなもの食らったら死んでしまいますよ”


 いや死んでますよ。


“だからこそ私のクレバーさこそが生きてきたのではないですか。時代は変わるのですよ”


 ……ああだめだ、全然人の話し聞いてないな……。


「あの、ですね、お願いだから仲良く――」


“うぬう! そこまで言うのならば、百年ぶりのリマッチといこうではないか!”


“望むところですよ。さあいつでもかかってきてください! ‘臆病者の戦法’? 古臭いのにも程がある。今では‘ジャブ’っていうんですよ!”


 ああああ、ファイティングポーズまでとっちゃってるよ。

 僕のベッドの脇で、裸と銀行員風のマッチョな二人が向かい合う、なんてシュールな光景だ。

 なんていってる場合じゃない、早く止めないと、あんなのが暴れたら、この部屋がめちゃくちゃになっちゃうよ……。


「や、やめてください! け、喧嘩するなら別の――」


““やかましい!””


「うひゃっ!?」


――


 ……ってててててててて……

 もうなんなんだよ、僕はこの部屋の主なのにさ……。

 しかも、あんなマッチョが二人して僕のことを突き飛ばさなくてもいいのに――

 って……。

 ………。

 …………あれ?


「Lさん? Jさん?」


 気がつくと時計は深夜の二時を回っている。

 なんだ、そうだよな。

 バカだな僕って、なんて夢見ちゃってるんだろ。

 けど、なんだか妙に生なましかったなぁ。

 って……。

 ………。

 …………あるよな、ちゃんと。


「メダルはあるよね」


 けど――

 ズキン、肩口が痛い。

 ?

 なんだこれ……。


「……あざ?」


 LさんとJさんに突き飛ばされた場所が、青黒いあざになっていた。


※※※※※


「あ、佐藤君おはよ……どうしたの?」


「え?」


「い、いや……なんだかものすごく疲れた顔してるけど……隈すごいよ。勉強のしすぎじゃない?」


「え? そ、そう?」


 言えるわけないよなあ。

 昨日の夜、ボクサーの幽霊達が僕の部屋で暴れまわっていました、なんて。

 どう考えても頭のおかしい人だよ……。

 しかもあの後宿題終わらせてお風呂に入って、結局寝たのは朝の四時。

 三時間くらいしか寝られなかった……。


「ちょっと宿題やった後家事やってたからさ。こういうのまだ慣れないからさ、あははは」


「やっぱり一人暮らしって大変なんだな」


 そうなんだよね。

 一人暮らしして始めて、お母さんがやってた家事の大変さがわかるよ。

 僕も多少手伝っていたとはいえ、はっきり言ってそんなの子どものお手伝いの域をでなかったってことなんだよなあ。


「けどさ、女の子連れ込んだりできるじゃん」


「え? ば、バカなこと言わないでよ! 他県から来てしかも男子校に通ってて、そんな女の子なんて連れ込めるわけないじゃないか!」


「そういえばそうか。けどいいな、もしそうなったら、女の子家に引っ張り込み放題じゃん」


 はぁ、悠瀬君は大きなため息をついた。

 まあ、悠瀬君みたいに背が高くてハンサムな男の子なら、それもできるんだろうけど。

 僕みたいな男にそんなことは最初から不可能だから、羨ましがってもしょうがないけどね。


「僕みたいな男のところに女の子がやってくるなんて――某アニメみたいに空から女の子が降ってくるくらいありえない展開だよ」


 ガラッ――


「おっと、やべっ」

 教室にはいってくる先生の姿を確認すると、悠瀬君は慌てて自分の席へと戻った。



「はぁ、つかれた……」


 あーあ、結局今日も何もできなかったなあ。

 特進だから仕方ないのかもしれないけど、授業のスピードも速いし、講習もあるし。

 本当に僕はボクシング部に入ることができるんだろうか……。

 ……あの夢、一体なんだったんだろ。

 夢、いや、現実?

 “試練”を与えてそれに立ち向かう、なんてちょっとできすぎてるよ。

 けど、もしあの夢が現実だとしたら。


――我輩たちができるのは、君の手のひらにダイスを乗せることだけだ―― 


 ダイス、さいころ、か。

 ばかばかしいかもしれないけど、もし本当にそんなものが僕の手に今握られてるとしたら。

 あとは、いつそれを振るのか、ってことか。

 まあ、本当にばかばかしい話なんだけどね。

 それよりも、夕飯の買い物をして早く帰らなくちゃ。

 実家から送られてきた野菜がまだまだあるけれど、お肉もそろそろ量がすくなくなってきたし、買い足しておかなくちゃね。


「確か特売の時間は……」


 六時過ぎからだったかな?

 えっと、そういえばスーパーはどっち方向だったっけ?


「確か……“スーパーマルトモ”ってのが……」


 まだまだこの町に慣れないから、早く商店街の並びくらいは覚えなくっちゃね。


「確か看板が……この辺に――」


「待てこらぁっ!」


 ん?


「待てと言われて待つバカがどこにいるのよっ!」


 なんだ?


「へっ、何とでも言えよ。もう逃げられねえからなぁ」


 なんだなんだ、どこかで喧嘩でもしてるのか?

 きょろきょろ見回しても、それらしい姿はない。


「逃げられない? あたしを誰だと思ってるのよっ!」


 けど、声は聞こえるなぁ。


「二階くらいならねぇ!」


 二階?

 上かな?


「なんてことないんだからぁっ!」


 ……?

 ………。

 …………!?


 天使の羽がひらめ――いや違う。

 ちょっと、いや、かなり短めの制服のスカートだ。

 その中からは、清らかな天使の衣――ではなかった。

 極端に短く見えるスカートには釣り合わない――


「そこどいてええええええええ!」


 真っ白な“空とぶ”パンツだった。

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