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93 前に進んだこと

 多分、俺が日向でもみんなの前で自分の弱さを誰かに言われるのは嫌だろう。そう思って店を出るまでずっと黙っていた。

 

 話す機会があったらいいけど。

 そんな風に思っていたら、日向の方から声をかけてきた。

「在田君、少し話したいことがあるんだ。僕は本屋に寄るんだけど、つきあってくれないか」

「あ、ああ、もちろん」

 言いながらちらり、と女子の方を見たら、川原が一瞬、一緒に行きたそうなそぶりを見せたが、また水口が絶妙な勘のよさで賑やかに話を遮った。

「ねっ、まだもの足りなくない? このあと、パフェも行こうよ。小畑君もー」

「えっ、俺も?」

「甘党でしょ」

 小畑はええー、男子俺一人? と妙に照れながら水口に引っ張られてむこうに歩き出した。


 しばらく俺と日向は黙って並んで歩道を歩いた。

 俺の方からは切り出しづらい。だって、日向にとっては悪魔にすがりたいぐらい辛いことだったんだろうから。

 魔法が幻影だったように日向の経験したことも嘘で取り返しがつくことだったらいいのに。でも、こればっかりは現実なんだ。

 日向のお父さんは本当に死んでしまったのだろうか。現実は夢よりもずっと厳しいんだ。旅立ったと言っていた、ということは自殺なんだろうか。身内が自殺するなんて、こんなに辛いことはないだろう。

 それまで日向はお父さんのことどう思っていたんだろう。もし尊敬していたんだとしたら。それまで全幅の信頼を置いていたお父さんが突然裏切ったと思ったのだとしたら。


 「同情してるか?」

 唐突に日向が尋ねた。

 そういう振り方をしてくるとは思わなかった。

「いや。……俺にはそういう経験がないから、想像することしかできない。でも、俺でも、もしかしたら同じことをしてしまったかもしれないとは思う。言ってたじゃないか。俺は元来、おまえと同じだって。俺はそうは思わなかったけど。おまえは以前はちゃんと努力していたし。

 実は、おまえのそういうとこ嫌いだったけど、そのうち気づいたんだ。羨ましかっただけだったって。俺は努力を諦めてたけどおまえはちゃんとやっていた」

「でも嫌いだった」

 日向は自嘲するようにふっと笑った。

 なんて言ったらいいんだろう。でも、多分、同情とか慰めとか、こいつ、嫌いだろうな、と、なんとなくわかる。

「僕は負けたけど、考え方が間違っていたとは思っていない。世の中に無駄な努力というのはあると思っている」

 そうか。基本的には変わってないのか。

 少し残念な気持ちだ。

 でも、現実はそうだよな。時代劇みたいに、退治されて「ははあー、参りました。もう悪いことはしません」なんて嘘くさいってずっと思ってた。すぐ反省して敵の前であっさり謝るような奴はきっとまた悪事を繰り返す。負けたからってそんなに簡単に人は変わらない。

「でも」

 日向は言葉を続けた。

「少し新しい考え方を入れることにした。つまり、無駄な努力はあるけど、最初からそれが無駄かどうか見極めるのはなかなか難しい場合もある」

「うん、それはそうだな」

「間違っているという場合もある」

 日向は、少し寂しそうに自分をきっぱりと批判した。

「でもさ」

 慎重に言葉を選びながら、でも自分の考えはちゃんと伝えよう、と思った。

「何かをやろうとしたら間違えることは当然あるよ。間違えるってことは、少なくとも前に進んだってことだよ。何もしなければ間違えることもない」

 日向はまた黙って、しばらく隣を前だけ見て歩いていた。

 怒ったのかな。俺が何にも知らないくせに偉そうなこと、言ったから。


 だいぶ本屋に近づいてきた頃、日向はまた口を開いた。

「父は事故を装って自殺したんだ。自分が死んだら保険金が下りると思って。でも、警察や司法解剖医が寄ってたかって自殺だとあっさり見抜いた。騙しおおせると思った父が愚かだったんだ。

 まるで僕みたいだろう? 世界やみんなを騙してしまえばうまくいくと思っていたんだ、浅はかにも」

 日向はわかってるんだな。

 自分が何をやっていたのか。玉座に座った状態でわかっていたのかどうかは知りようもないけど。

 そうだ、と言っても悪いし、否定することもできないので、今度は俺が黙って、でも、日向の方にしっかりと視線だけは向けて話を聞いた。

「手っ取り早く結果が欲しかった。自分を否定するのが怖くて、焦っていたんだと思う。でも、在田君の言うとおりだな。もっと早く、ちゃんと現実を見つめないといけなかったんだ」


 現実を見つめる。

 俺にだって、それができてたんだろうか。

 ここ数ヶ月、俺だって魔神や魔神の息子たちと幻影の中で過ごしてきた。何が現実で何が幻影だかわかっていたかどうか自信はない。

 おっさんは、悟は欲望の虜にならなかった、と言ってくれた。

 でも、多分、俺が立派だったわけじゃない。ただの偶然だ。

 そういうことを頭の中で考えながら日向の話をずっと聞いていたけど、気のきいたことは言えなかった。


 本屋に着くと日向は、参考書ではなく就職のコーナーに行った。

「進学じゃないのか」

 驚いて尋ねると、日向は本棚の方を見たまま答えた。

「経済的にゆとりがない。大学は無理だと思う。とりあえず、母と祖母のために早く働こうと思って」

「えらいな」

 思わず、そう言葉が出た。本当は残念だ、奨学金とか取れば日向なら大学に行けるだろう、とも言いたかったけど、日向が自分で決めたことだ。俺がとやかく言うことじゃない。

 なんだかこいつの気持ちがわかる。

 俺たちが似てるとすればその部分だろうか。自分のことは自分で決めたい。他人に干渉されるのはまっぴらだ、という独立心。

 もう魔法は使えないんだ。

 現実を見つめて自分で努力していかないといけない。


 「君は進学なんだろう? 勉強、頑張れよ」

 日向が、それほど冷たくない声で俺を振り返った。

 なんて言ったらいいのか、一瞬迷った。

 でも、俺が日向なら、同情なんてしてほしくない。

「うん、頑張るよ。俺にとっては、すごく強かったおまえと対等に頑張れたってことだけで、大したことだった。逆に言えば、俺がしっかり頑張って結果出せば、おまえも同じ能力があるってことになるよな」

 初めて日向は、にやっと笑った。

「そうだな。結果出せよ。僕は道は違うかもしれないけど、必ず結果を出すから、ぼやっとしてるなよ」


―――――――――――――


読んでくださってありがとうございます。

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