89 本当に大切なことがわかれば
そんなことが何の役に立つんだ。俺が魔法を使えてるのは影におっさんがいるからだろ。おっさんの手助けで今まで頑張ってこられたけど、やっぱり俺なんかじゃだめだったんだ。でも、悪魔の求めるとおりおっさんを呼び寄せたら消えちゃうんじゃないかって心配してた。だから呼ばなかった。
せっかく来てくれてこの質問はどんな意味があるっていうんだ。
「もう忘れた? しょうがないなあ」
「忘れてねえ」
馬鹿にしたような魔神の言い方に反射的に答えはしたものの、思い出すまでに少し時間がかかった。
「魔法には強い思いが必要」
これは絨毯で清谷さんちに行こうとして失敗した後、魔神が言ったこと。何かをしたいという強い思いがないと魔法を使うエネルギーが出せない。
「そう。ほかには?」
正解だったようだ。魔神のタレ目が優しく問いかける。
「魔法に限界はない。限界って思ったらそこが限界」
これはタマネギから救出してくれたとき話してくれた。それを知って俺は急速に強くなった。だからこそシャイターンの繰り出す魔物たちをやっつけてここまで来れた。
「もう一つある」
出来の悪い生徒に丁寧に教え諭すように魔神は続けた。
もう一つ?
何かあったか。今の状況を打破できるようなすごい秘密が?
「何度もワタシ、言ってたネ。これが一番大事」
急に、どきり、と心臓がひとつ打った。
でも、これを言ってしまったら今までの全てを否定することになる。それこそ俺が口にすることでおっさんが消えてしまったりしたら。
「悟、本当はわかってるデショ」
「うん、ああ・・・あれか。でも、これ言っちゃったら最初から全部意味がなかったことにならないか」
魔神は少し寂しそうに、にこっと笑った。
「そういうものだヨ。本当に大切なことがわかれば、それまでの道筋はいらないものになる。いらないものは捨てる勇気も必要。ダイジョブ。悟。悪いようにはならないから」
悪いようにはならないってどういう意味だろう。
でも、俺の思ってる最後の秘密が真実だとしたら、シャイターンにも勝てるのかもしれない。
「聞きたいと思ってたこと聞いてもいい? おまえ、ずっと前、なんかシャイターンに恨まれてるようなこと言ってたじゃん。あれってどういうこと?」
もしかして、だけど、これでおっさんのことを見納めになってしまうかもしれないと思って、どうしても聞きたかったことを尋ねた。
日向のところにやってきたシャイターンが俺に絡んでくるのもおっさんとシャイターンに過去の確執があったからだったのかもしれない。
アシュファクは少し眉根を寄せた。
「うーん、あんまり悟に関係することじゃないから悪いなーと思って言わなかったんだけど。ずっと昔、スルタン・メフメト二世の頃ネ、あの人がキリスト教の町を一つ欲しいと言ったからワタシが協力したことがあった。でもスルタンは町を落としただけでは事足りず、もっともっとと欲しがっていった。多分その頃からムミードがスルタンに取りついてたんだヨ。初めは気づかなかった。ワタシがムミードを追い出そうとして争いになって、ますますいろいろこじれてネ」
スルタンなんとかって、そういえば、俺が冗談で世界征服と言ったとき、魔神が世界征服する人はちゃんと考えてる、と例に挙げた人だった気がする。
そういうことだったのか。本気で世界征服を考えた歴史上の人物の影にアシュファクとシャイターンが対立していたのか。
「あいつ、性質がわるいね。はじめは人間に自分の力を自由に使わせて人間がこんな奴簡単に支配できると思いこんだところで徐々に依存性を高めていくんだよ。そして、いつのまにか、人間は自分が支配していると思ったそいつに支配されてしまっていくのに気づかない。気づいたときにはもう抜け出せないほどに依存してしまってそいつなしでは生きていけなくなってしまってる」
「それって、今の日向みたいにってこと?」
魔神はうなずいた。
「人は相手を支配したと思った瞬間にその相手に支配される。気をつけないといけないネ。でも、悟はダイジョブ。人はみんな魔神を手に入れると欲望の虜になる。それなのに悟は一回も魔法を自分のために使おうとしなかった。成績が上がったのだって、自分で勉強したからだし、魔法を使ったのはいつも誰かを守るためだった。自分の栄華や名誉のためではなかった。そこが日向少年と違うところ」
「そうだったのか。でも、俺がダークサイドに陥らなかったのは、最初おっさんなんて頼りないと思ってたから。そして、屁理屈ばっかりこねてちっとも願いをきいてくれなかったからなんだけど。結果としてそれがよかっただけなんじゃないかな」
「謙虚だね、悟は」
アシュファクは満足したようにぽんぽんと俺の肩を叩いて笑った。
その笑顔にほっとして、一番聞きたかったことを口にした。
「消えちゃうかもってほんとなの? 消えたら、おまえ、どうなっちゃうの? それって何とかならないの?」
―――――――――――――――――
読んでくださってありがとうございます。