86 炎のように燃える空間
「安全なところに保護しているだけだ。君だって彼女たちの生命が惜しいだろう」
「でも、これじゃ捕虜と一緒じゃないか。せめてもう少し待遇よくしろよ」
「大丈夫だ。居心地は悪くない」
にやにやしながら日向が言うので檻の中をちらりと見てみるが、俺が前に閉じこめられたタマネギと同じように、いや、もっとよさそうだ。床は絨毯が敷かれクッションなんかもある。でも、閉じこめられることそのものが自尊心のある人間にとては屈辱だ。
なんとか絨毯を潜り込ませられないか試してみたが俺の出した絨毯は檻の手前で弾かれ、中に入り込めない。おっさんはあの時、自分のランプを差し入れてくれた。やっぱりあのぐらい強い魔法使いじゃないと助けられないのか。
一瞬、とてもアシュファクを呼びたくなった。でもだめだ。我慢しよう、彼女たちに今は少なくとも命の危険はない。
一方、日向の呼び覚ました角と翼のある真っ黒い巨人は、ぬうと腕を伸ばして俺を捕まえようとした。もちろん絨毯を飛ばして逃げたが、相手は逃げれば逃げるほど巨大になってくるのか、どこまでも腕を伸ばしてくる。大きさが変わっているようには見えないので相手も飛んできているのかもしれない。
今、校長室は屋根もなく地面もない炎のように燃える空間になっている。そのなかに清谷さんと川原を閉じこめた球状の檻がぷかぷか浮いている。
玉座の日向は、俺を捕まえようと手を伸ばすシャイターンのもう片手の上に悠々と座っている。俺の方は必死で逃げているのにシャイターンは疲れた顔もせず追ってくる。
逃げるばっかりでとても攻撃に回る余裕がない。ここに小畑はいないし。置いてこなければよかった。でも、多分、これは俺の戦いなんだ。
ひゅっと、逃げながら半月刀を飛ばしてみたけど、刀は空しくシャイターンを取り逃して戻ってきた。もっと何か強力な武器はないのか。
と思ったら川原のバズーカが握られていた。やったことないけど、さっきたくさん見ていた。シャイターンめがけてぶっ放してみる。
ドガン、と砲声は響いたがシャイターンはびくともしない。
本当に、俺程度の魔法じゃとても太刀打ちできないってことなのか。でも、そんなこと言ってられない。おっさんを呼ばないと決めてる以上、どうしても俺一人でなんとかしなきゃ。
「よし。俺も巨大化!」
ぐんぐんと絨毯ごと大きくなった。シャイターンと同じぐらいになれたと思ったら敵はもっと巨大化しやがった。清谷さんたちの檻が今は小さく見える。彼女たちは本当に大丈夫なんだろうか。
シュッとシャイターンの尖った爪が俺を掠めた。刀で押さえようと思ったが、ガキンと弾かれた。そもそも力がすごい。ジャッバールも強かったけど、膂力が比べものにならないぐらいだ。
ゴオッとシャイターンが火を吹く。本当に熱い。髪の毛がちりちりと焼けてこげた臭いがする。これって、本物の火か? 焼かれたら本当に火傷してしまうのか?。
部屋の中がどんどん熱くなってきている。
「おい、日向。この暑さじゃ彼女たちが参っちまう。せめて人質だけでも安全なところに・・・」
答えの代わりに悪魔のような笑い声が返ってきた。
「人のことなんか心配してる余裕があるのか。ずいぶんなヒーロー気取りだな。そんなこと、君には全く似合わないくせに」
似合わない。そう、俺はそんな柄じゃない。わかってる。
今更ながら、今までほんとに地味な人生送ってきた思い出が頭を掠める。日向が太陽なら俺は目立たないそこらの屑のような星だ。光ってるのか光ってないのかわからないぐらい。
でも。
「おまえはアホか。似合うとか似合わないとか、そういう問題じゃない。俺はかっこつけたいから戦ってるわけじゃない。かっこ悪くてそれがどうした。いくらかっこ良くても誰かのために役に立つんじゃなかったら、誰かを愛する為じゃなかったら何の意味があるもんか!」
日向が怒りに燃えた顔で、シャイターンの手のひらの上で玉座から立ち上がった。
「だから君は愚かだと言うんだ! 愛だの誰かだの、そんなものに意味を見いだしている奴は馬鹿だ。結局、勝つのは絶対的な力を持つものだけだ。圧倒的な有利さを持つごく少数のものだけが世界を独占する。僕が構築した世界に限らず、君たちのもともと生きてきた世界だって、オブラートに包まれた弱肉強食の世界なんだ。学生だから、親の保護の元にいたから、君には隠されていたんだろうが、一皮むけば僕たちはそんな残酷な社会に生きているんだ!」
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