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8 ストーカー行為はまずい

 結局、清谷さんのことばかり考えてその日はずっと上の空だった。次の授業が始まっても、前の教科書を出しっぱなしで先生に怒られ、変な注目を浴びてしまった。プラスの注目も浴びないくせにマイナスだけ目立つのは最低だ。

 俺は清谷さんのどこに惹かれているんだろうか。

 あからさま、と言われる一歩手前まで彼女のことをちらちらと観察していた。

 顔だけじゃない。多分、所作だ。彼女の手の動き、歩き方、一つ一つがとても美しいのだ。丁寧、そして凛としている。何か和風のお作法でも心得てるんだろうか。窓を開けるにしても、机の中から本一冊取り出すにしても、普通の女子とまるで違って、がさつさがない。

 

 また白昼、妄想の世界に飛んだ。

 盛夏だけれど、緑深い木立の中は風がそよいで涼しい。

 人里離れた山奥の禅寺。座禅を組む煩悩だらけの俺。

 その後ろを清谷さんが、禅杖を持ってしずしずと歩み、俺のところまで来るとゆっくりと向きを変え、・・・肩をぱっかーん! 

 うーん、あっという間に打たれてしまった。どこまで心穢こころけがれてるんだ、俺。でも、清谷さんなら嬉しいかも。いやいや、Mじゃないぞ。


 ようやく授業が終わって廊下に出たら、当たり前のように魔神が立っていたので、のけぞりそうになった。

 にこっと笑って手を振る魔神を、周りに気づかれないように階段の裏の人気のない場所にそうっと連れてきた。今朝は魔神は、ふわふわの布団でフテ寝してたので、これ幸いと置いてきたはずなのに。

「メガネちゃんのおうち、わかった?」

「いや、そんなに簡単にわかんね。情報源がないからなあ」

「ついてってみようか」

「えっ? そりゃ、まずいよ。ストーカー行為って、日本じゃ捕まっちゃうんだよ」

 魔神はにやにやしながら、自分を指さしてぐいぐいと俺に迫ってきた。

「雇い主、こんな時こそ命令するネ。ワタシならバレずに追跡できるヨ」

 え? いや、うーん。

 ほんとは俺が追跡したいのに、こいつだけ行かせるのはなんか悔しい気がする。ばれないように、こいつと一緒にストーカー・・・。いやいや。犯罪はだめだろ。


 「あっ! メガネちゃん!」

 魔神が突然廊下を指さしたのでどきっとした。

 カバンを持った清谷さんが、女子と楽しそうに話しながら歩いてきてすぐ近くを通り過ぎた。俺のことも魔神のことも目に入ってなさそうだ。

 魔神が、行く? 行く? とそわそわしている。

「ま、学校の中ならいいかな・・・。そういうこと、ありそうだし。もしばったり会っちゃっても、俺が学校にいるのは別に変じゃないしな」

 半ば自分に向けて言い訳しながら、俺はそっと清谷さんに続いた。

 清谷さんが何の部活に入っているのか、はたまた帰宅部なのかも知らない。ついて行くと、四階の家庭科室に入っていった。さすがに、中までは俺が入ったら変だ。

 悔しいけど、こいつに行かせるか。

「じゃ、ちょっとだけ頼むよ。いいか。くれぐれも学校の外まではついてっちゃだめだぞ。いくら魔神でも、悪いことは悪いからな。あと、迷惑かけんなよ。姿を見せるなよ」

「悟、こうるさいネ」

 しっしっと魔神は、蠅でも追いやるように俺を手で払って、嬉しそうに鼻歌歌いながら家庭科室に入り込んだ。ちくしょう、俺も魔法使えたらな。でも、入っていくのは女子ばかりなので、少しは安心かも。


 そのまま、ずっと家庭科室の前で待ってるのもストーカーめいているので、仕方なく自分の所属する文芸部に向かった。文芸部の活動場所は、二階の図書室に隣接する自習室と名のつく一部屋だ。

 文芸部はゆるいので、いつも全員出席とは限らない。今日は小畑がサボりか。早速、水口が嬉しそうに、夏の間に部誌を作る作業予定表を渡してきた。

 まず、自分の原稿を七月中に上げてくること。それから校正レイアウト、印刷製本まで夏休み中に仕上げる。

「三百部? マジか。これ以上、不良在庫が増えると、置き場なくなるぜ」

 部誌は文化祭では一部二百円で売るが、当然ながら毎年売れ行きは悪い。今どき、誰も文芸なんか買わない。面白ければともかく、自分で言うのもなんだが、こんなオタクめいた文章になんて誰も金出さないだろ。

「今年は友達の漫研の子に表紙絵頼んだの。すっごいかわいいから、表紙だけで買ってくれるんじゃないかと」

「パンツとか谷間とか見えるイラストか?」

 あほか、と水口に一蹴された。

「文芸誌買うのは変態男子ばっかじゃないんだよ。ほら、見て、彼女の絵」

 水口が見せてくれたイラストは確かに上手でかわいかった。

「絵は認める。しかし、これは詐欺だ。中身と全然違う」

「売れりゃいいのよ、売れりゃ」

「汚れちまってるぞ、部長」

 中原中也の悲しみならともかく、水口の商魂が汚れきってても、美しい小雪は絶対に降りかからないぞ。


 集まったからといって、みんなで何をするというわけでもない文芸部は、今日もだらだらと、適当に図書館の本の題名をパロったりして遊んで終わった。


 魔神の方は成果が上がったのだろうか。

「どうだった?」

 帰り道、待ちきれず校門を出てすぐ俺は魔神に尋ねた。

 魔神はあまり楽しそうでもなかった。

「ああ? なんか作ってたネ。ぬいぐるみみたいな」

 そうか。手芸部だ、家庭科室でやってるのは。清谷さん、手芸部なのか。似合うな。

「なんのぬいぐるみ作ってた? テディベア? うさぎ?」

 わくわくして俺が尋ねると魔神はうーん、と考え込んだ。

「ええっとネ・・・。なんてったかな。・・・ミトコンドリ?」

 は?

「・・・ミトコンドリアか? なんか虫みたいな奴?」

「うん、多分、それネ。あと、ゴジ体とか言ってたかな」

「ゴルジ体か。それ、ぬいぐるみで作成してたってこと?」

 わからん。水口の病気はそれなりにわかるが、清谷さんは何のマニアだ。どう解釈したらいいのか。真面目なのか、どっかずれてるのか。


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読んでくださってありがとうございます。


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