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72 レックスって

 気がつくと周りにはまだみんな倒れている。さっきデュラハンと戦っていたとき踏んづけてたりしてなかったのか少し心配になった。でも、デュラハンと戦っている間、地面には何もなかったような気がする。

 近くの一人に駆け寄るとそれは清谷さんだった。

 意識を失って横たわっている顔にかかる黒髪が色っぽくてどきどきする。触って起こしてしまっていいのかどうか迷って、いつまでも動けないでいると、小畑が後ろから近づいてきて話しかけた。

「おい、起こせば? 自分でやりたいだろ」

 途端に顔が熱くなった。後ろ向いてるから小畑には見られていないと思うけど。

 一生懸命、動揺を隠して息を整え、そっと呼びかけた。

「清谷さん? 大丈夫?」

「・・・ん」

 そっと清谷さんが眠りから覚めるときのように薄目を開けた。長いまつげが白い肌に影を落とす。

 そのままゆっくりと瞬きをして清谷さんは片手で髪をかきあげた。

「あれ? 在田君?」

 自分で手をついて上半身を起こした清谷さんはまだ眠そうな目で俺を見つめた。ほんとに、どんな表情でもかわいい人だな。

 起きあがった清谷さんは辺りを見回すと、小畑と同じことを口にした。

「あの・・・バスはどこに行ったの?」

 やっぱりそうなのか。集団催眠みたいなものなのかな。小畑に話したのと同じ話を清谷さんにして、そういえば、と思い出してもう一度ポケットのクッキーを取り出した。

「あのさ、これ、食べない? 割れちゃってて悪いけど」

 差し出すと清谷さんは、穏やかなほほえみを浮かべて、ありがとう、と手を伸ばした。

「美味しいね、これ。手作りなの?」

「うん、母さんのパート行ってるパン屋さんのね。でも、手作りだと思う。パン屋さん、パンを焼くのが何より好きだって言ってたし」

 そういう人もいるんだ、と魔神が言っていた。本物の実のある食べ物はそういう人が支えてくれているんだ。

「元気になる感じがする」

 そうか、よかった。偶然とはいえ実のある食べ物、持っていてよかった。

 もっと清谷さんに見とれていたかったけど、ドスンドスンとまた何かがやってくる音がした。

 まずい。絶対また怪物が。


 振り向いた俺は、読み間違えた、とわかった。

 相手は清谷さんだった。ということは、騎士や怪物じゃなくて。

「あっ、ティラノサウルス・レックス!」

 レックスってなんだ。よくわからないけど、今は蘊蓄うんちくを聞いている場合じゃない。この史上最強の肉食恐竜を早くなんとかしなければ。

 高さにしてだいたい俺の身長の二倍、長さは七、八倍近ぐらいになるんだろうか。頭の部分だけで子供の身長ほどもある。それにこの巨大な牙をむいた口。

「逃げろ!」

 まだ、ぼうっとしている清谷さんの手を引っ張って走り出した。どのぐらい早く襲ってくるんだ、ティラノって。

「絨毯!」 

 多分、人間が走るより絨毯の方が速いだろう。清谷さんをまず先にして絨毯に飛び乗り、近くにいる小畑を、もう跳び始めた絨毯の上から手を伸ばして引っ張り上げた。

「グワアアッ!」

 巨大な猛獣の声でティラノは叫び、体を伸ばして首をこちらに向けてくる。ティラノの身長より高く絨毯を飛ばしてとりあえず逃げたが、これからどうする。

「清谷さん、ティラノの倒し方ってわかる?」

「倒し方?」

 清谷さんは、それほど怖がっていない顔で首を傾げた。やっぱり綺麗だ。こんなこと考えてる場合じゃないけど。

「だいたい大型生物ってのは口の中か目が弱点なんじゃないか」

 清谷さんがなかなか答えないので小畑が言った。

「そうか。口と目か。じゃあ、そこを狙えばいいんだな」

 どの武器を使おう。ティラノは地上をドスドス歩くだけでこっちまでは届かないようだから、飛び道具を何か使えば・・・と考えていたら、急に清谷さんが声を上げた。

「だめっ! やめて。可哀想」

「可哀想?」

 待ってくれ、清谷さん。可愛いペットじゃないんだから、この巨大な肉食恐竜に同情はしないでほしいな。

「だって、生きてるのに。あの子だって好きでこんなとこに出てきたわけじゃないと思うの。なんとかならない?」

 そうか。言われてみれば、こんなところにいる方が変だと言えば変なんだろうな。あの子って言い方はどうかと思うけど。

「じゃあ、どうしたらいいと思う?」

 清谷さんは片手を頬に当てて潤んだ目でティラノを見て考えている。本当に生き物が好きなんだな。こんな場合じゃなければ。


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読んでくださってありがとうございます。

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