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7 二年D組人間関係図

 ここ、どこだ。

 幸いなことにスマホだけはポケットに入っていた。マップで今の場所を検索すると、俺の町から電車で二駅ほどのところだとわかった。でも、電車賃持ってねえ。

「おい、おっさん。そっちじゃない。歩いて帰るならこっちだ」

 声をかけると魔神は絨毯を持ったまま向きを変えた。

 腹は立っていたけど、一人で持たせるのも可哀想だったから絨毯の片端を持つのを手伝った。魔神は嫌がらず、黙って俺がマップを頼りに歩くのについてきた。

 誰かが見たらなんだと思うんだろな。怪しいペルシア絨毯売りか、アラブ人の引っ越しの手伝いか。こんな夜更けに情けない。清谷さんちの近くじゃなくてよかったよ。


 しばらく俺と魔神は暗く黙って歩き続けたが、コンビニの前でちょっと奴は立ち止まって物欲しそうに中を見た。

「だめだよ。俺、財布持ってきてないし」

「わかってるヨ」

 魔神は怒ったように答えたが、見てる前でポンと音を立てて次の瞬間にはドーナツを持っていた。

「あっ! 店のもの勝手に取っちゃだめだぞ。いくら魔法でも」

 慌てていさめると、魔神はタレ目で俺を見て、

「ダイジョブ。これ、幻影ネ。悲しいときは霞でもいいから甘いもの食べたいネ」

 と答えた。よくわからなかったけど、ホントネ確かめてみてヨと、触らせてくれた。すっと、空気の抵抗感のなさ、そのままにドーナツの中に指が通った。幽霊みたいかも。これが魔法で出した幻影か。

「そうか。疑って悪かったよ」

 おれが謝ると魔神は、ばくばくとドーナツを口に放り込みながら答えた。

「いいヨ。悟がちゃんとモラル心得てる人で嬉しいネ」

 目が潤んでるように見える。こいつ、やけ食いしてなかったら、もしかして泣きそうなのかな。そう思って今は、話しかけるのを遠慮しといた。


 結局、二駅分歩いて、帰ったときには夜中だった。

「ふうー、疲れた。もう懲り懲りだ」

 文句を言うつもりじゃなかったが、魔神は顔を赤くして黙り込んだ。それを見て少し可哀想になった。

「あのさ、やっぱりもっとちゃんと調べてからの方がいいよ。思いとか、そんなよくわからないものじゃ、どうにもなんないんだ」

「でも、思いがないと魔法使えないネ」

 怒ったように魔神は答えた。

「そうなのか。魔法ってよくわかんないけど」

「魔法使うにはそれなりのエネルギーとかパワーがいるネ。何かしたいっていう強い思いがないとなかなか魔法使いにくいネ」

 それはなんとなくわかる。確かに、なんかするには、えいっと頑張るエネルギーが必要だし、それは魔法だって一緒なのかもしれない。

「でも、雇い主の命令には従わないといけないんじゃないの? アラジンだってさ」

 ふう、と魔神はため息をついた。

「まあ、そういう時もあるネ。でも、嫌々従ってる時と、楽しく働いてる時は同じじゃないヨ。アラジンだって、ランプ取られたら、もう魔神、言うこと聞かなくなっちゃったネ」

 そうだっけ。そういえば、ランプを取られて苦労してた気もするな。


 いつのまにか魔神はお総菜パンを出してぱくぱく食べていた。

「おまえ、そのパンはどうしたんだ?」

「ああ、台所にあったネ。たくさん入ってたから一つもらったヨ。悟も食べる?」

「ああ、わかった。これ、母さんがパートに行ってるパン屋の残りもんだな。余ると袋詰めにして持って帰ってくれるんだ。じゃ、俺も食べよっと」

 魔神はようやくにっこりして、数個入ったパンを袋ごとポン、空中から取り出した。

「じゃ、俺、明太子フランス。これ、あんまり売れ残らないんだ、ラッキー」

「クリームパンはワタシのネ」


 お腹が膨れるって、確かに幸せだ。魔神が悲しいときには食べたくなるって気持ちもわかる。いや、まずい。このライフスタイルじゃデブ一直線だ。

「強い思いが必要ってのはわかったけど、思いだけじゃたどり着けないってのもわかった。だから、ちゃんと調べよう。まず、どこに住んでるか、だよな。それから、ほんとにおまえの奥さんがそこにいるかってのも、わかるといいけど」

 けど、どうやったら。

 ほとんど話したことのない清谷さんに、いきなり指輪の精、そっちにいる? なんて聞いたら、俺も水口病だ。

「多分」

 魔神は髭についたパンくずをパタパタと無造作に払い落としながら答えた。

「悟がワタシのランプ買うちょっと前に、女の子が母ちゃんの指輪、買ってったネ。声からするとメガネちゃんだった気がするヨ」

「えっ? 清谷さんが?」

 清谷さん、お祭りに来てたのか。ってことは、意外と近くに住んでるのかもしれない。誰と来てたのか気になる。女友達か家族だったらいいんだけど。


 次の日、学校で、俺は授業も上の空で考えた。

 清谷さんの住所。

 一番、手っ取り早い方法は、俺でも話せる数少ない女子に協力してもらうことだ。例えば、水口とか。

 しかし、水口はあんな性格の上、詮索好きでおしゃべりだから、俺が「清谷さん」と口にした瞬間に、俺の片思いがばれるだろう。そして、一日後には学年中に噂話が広がっているに違いない。

 それが、清谷さんの耳に入ったとしたら。

 俺だって十六年も生きていれば、向こうが俺の気持ちを知って、

「そうだったの? あたしも実は好きだったんだ」

 なあんて言ってくれる確率は、俺んちの庭から徳川の埋蔵金が出てくる確率より低いことぐらいわかる。

 清谷さんは、優しそうだから、

「きもっ!」

 とは言われないかもしれないけど、

「ごめんなさい」

 は確実だろうな。そしたら、俺はあと二年近い高校生活を針のムシロで過ごすことになる。清谷さんに惚れて振られた身の程知らずって、学年中に広まってるんだから。


 そういや、清谷さんって彼氏いるのか。そんなことすら知らない。

 それは、なんとか調べられるかも。「二年D組人間関係図」を作ってる篠原とは割と親しい。

 休み時間は暇だったので、俺は篠原に、人間関係図見せてくんない? と持ちかけた。どのぐらい正確かどうかはわからないが、とりあえず面白いし、一部は、なるほど、と思える。

 篠原は、見せてと言われるのが大好きだから、喜んで取り出して広げてくれた。

「最近は球技大会やら夏休み前やらで、ちょっと変化してきてるんだよなあ。特に一部の女子が」

 その一部に清谷さんは含まれてるのか。


 川原麗夏は違うクラスだけど、クラス枠を飛び越えて日向に強力な矢印が向かっている。日向から川原への矢印は「?」マーク付きだ。小畑の水口に対する気持ちは、誰も知らないみたいだ。多分、ありなんじゃないかと思うけど。

 肝心の清谷さんも「?」マークに囲まれている。彼女を狙っている男子は多いものの、彼女の方からは矢印が出ていない。俺は少しほっとした。

もちろん、その中に俺は含まれてない。俺の気持ちはまだ誰にも知られていないはず。

「そうそう。ここがこうなんじゃないかって気がするんだけどな」

 つぶやきながら篠原は、清谷さんから日向にむけて、細い矢印を書き込んで、その隣に「?」を入れた。

 なんだって?

 急に心臓の鼓動が早くなったのが感じられた。

「あいつの活躍、すごいだろ。女子の視線がみんな熱いんだよな。俺もバスケとかやっときゃよかったかも」

 それは俺も同感だ。でも、正直、日向にかなうとは思わない。悲し。

「ウハウハだよな」

 俺が言うと篠原は、ははっと乾いた笑いを漏らした。みんな同じように思ってるんだろう。日向、ちょっとできすぎだ。なんであんな奴が。


――――――――――――――


読んでくださってありがとうございます。

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