61 学校が悪魔の城に
その夜は遅かったので自分のベッドに潜り込むとすぐにぐっすり眠って、次の日の朝はもう冬休みだったので思い切り寝坊した。
目が覚めてもしばらくぼうっとして、昨日起きたことをゆっくり思い出してみた。
おっさんが消えちゃう?
想像ができない。そんなこと、絶対あってはいけない。
俺に関わるとどうしていけないんだろう。なんか悪いことしたのかな。そこが気になる。俺に何かできることがあったらいいのに。
ジャッバールと会って話したい。でも、あいつは最近、夜しか現れなくなってしまった。
とりあえず起き出してきてダイニングに行った。リビングで母さんがテレビを見ている。自分でトーストを焼いて食べながらなんとなく母さんの見ているテレビを見ていると、突然、地震が起こった。
食卓の上に下がっている電気が大きく揺れ、テーブルの上のジュースが倒れそうになったので慌てて押さえた。テーブルの端に乗っていたコップが滑って落ち、がちゃんと割れた。リビングの置き時計も滑って落ち、花瓶が倒れて割れ、水と花が床に散らばった。
揺れはそれほど続かずに収まり、母さんが急いで、テレビテレビ、とチャンネルを変えて地震ニュースを探した。
「緊急ニュース速報です。今日午前十一時二十三分、地震がありました。各地の震度は以下の通りです。・・・」
続いて映像は地震で崩れたテレビ局内、そして町の上空からのヘリ映像へと移った。そこに見慣れた風景が。
「清明高校付近で大きな地割れがあり、高校の校舎が壊滅的被害を受け・・・」
聞いた途端、俺は思わず立ち上がった。
清明高校って俺の高校だ!
「何? 母さん、今のニュース」
「ん? ああ、そう、悟の高校だね。でも、今、冬休みだから、あんまり生徒いないんじゃない?」
のんびりそんなこと言ってる場合じゃない。
スキー合宿に行くのは、たしか今日からだった。遠くに行くわけだからから、もっと朝早く出発していると思うのだが、わからない。
どうも嫌な予感がする。
トーストを口に押し込んでコートを羽織って家を駆けだした。
高校まで歩けば十五分、でもそんな時間かけていられない。一生懸命走った。もっと早く、もっと早く。息が切れてきたけど、そんなこと、かまっていられない。
スキー合宿に行くって言ってたのはどのメンバーだったか。ちゃんと話、聞いてなかったけど、多分、小畑や清谷さんもいたような気がする。というか、クラスの俺以外のほとんどが参加する、という話だったか。
走って走ってようやく学校、と思われる場所に着いた。
と思われる。今やそこには校舎の影もなく、真っ黒な湖が出現していた。湖の真ん中には、あのアラブ風のタマネギの塔が乱立している。でも、今、その色は白でなく真っ黒だ。真っ黒な壁に宝石だろうか、きらきらと反射する色とりどりの装飾が不気味な美しさを放っている。
みんな、校舎、じゃなくってあの城の中にいるんだろうか。
でも、どうやって近づくんだ。
俺は湖に近づいて、そっとその水に触ろうとした。せめて、船でもあったら。
すると、突然、水の中からバシャっと大きな魚が飛び上がり、俺に牙をむいて食いつこうとした。慌てて避けると、すでに手には半月刀が握られていた。
水に近づこうとすると、バシャバシャと何匹もの魚が飛び上がり、鋭い牙で食いつこうとする。飛び上がる度に半月刀で切りつけ、すぐに湖の岸辺近くの水面は魚の死体でいっぱいになった。
ようやく魚がもう、現れなくなったのを確かめて、俺は一生懸命、頭の中で船のイメージを思い浮かべた。多分、できることってそのぐらいだ。
おっさんが言ってた。限界だと思わなければ限界はないって。魔法だから。
すると、その通り、湖に一艘の細長いボートが現れた。小さくてちょっと不安だけど時間がない。それを手で引き寄せてまず片足、乗り込んだ。揺れる。ボートなんてほとんど乗ったことがないから、揺れて落ちないか心配だけど、ほかにどうしようもない。もうちょっと大きくてしっかりした船を思い浮かべたらよかったな。
ふと、魔神のおっさんの絨毯を思い出した。絨毯は決して乗る人を落っことさなかった。おっさんのことを信じたように俺は絨毯を信頼した。きっとそういうことだ。
こいつもきっと大丈夫。
思い切ってもう一つの足もボートに乗せ、真ん中に座ると、船はオールもないのにすうっと黒い湖の上を、真ん中に浮かぶ城を目指して滑り出した。
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