60 魔法に限界はない
「すげーな。たいして練習もしてないのに。これも魔法の力なのかな」
「そう。悟はまだ魔法、よく理解してなかった。でも、これでもうダイジョブ」
本当に大丈夫なのかなあ。おっさん、いつも過剰に楽観的だし。
「でも、いくら魔法だって限界があるだろ」
「うん。限界だって思ったらそこが限界だから」
「スポーツトレーナーみたいなこと言うなよ」
俺が笑うと魔神もつられて笑った。
「でも、ほんとネ。スポーツは人間の肉体だからほんとの限界はあるけど、魔法なんて所詮、幻影だからねえ。限界はないって思ったらどこまででもないヨ」
魔法は幻影。それって、おっさん、ずっと言ってたよなあ。
「じゃあ、絨毯も俺が飛んでるってことも幻影なの? もし、俺が魔法を信じる気持ちがなくなったら空の上から真っさかさまに落っこちちゃうってこと?」
「どう思う?」
魔神はちょっと言葉を切って試すように俺の顔を見た。
一瞬また怖い、という気持ちが胸をよぎった。この絨毯が嘘で魔神も嘘だったら今、俺はこんな空中にいるわけがない。そしたらこれは何だ。全部夢ってことなのか。
俺はもう一度魔神の顔を真っ直ぐに見て答えた。
「いや、落ちない。だって、落ちたら死んじゃうし。その前におまえが絶対なんとかして助けてくれる」
それを聞くと魔神は満面の笑みを浮かべた。
「嬉しいよ、悟。ワタシを信じてくれて」
「だって、友達だろ? 信じてたからいろいろ一緒にやってきたんじゃないか」
「友達。悟は友達って言ってくれた。ご主人様じゃないネ」
「やめてくれよ、ご主人様なんて。俺がしたことなんて、夜店でランプを買っただけじゃないか」
魔神はまたちょっと複雑な表情を見せた。嬉しくて泣きそうなのか、不機嫌になったのかよくわからなかった。
どうしたんだよ、と笑って話しかけようと思ったら聞き慣れた声が空中から聞こえてきた。
「お父さん、悟は無事でしたか」
ジャッバールが青い絨毯に乗ってこっちに飛んでくるところだった。隣には緑の絨毯に乗った別の息子さんもいる。
「お父さん、だめだって言ったでしょう。もうこれ以上悟君に関わったら困ったことになりますよ。早く帰らないと」
魔神は、背が高くがっしりした息子の方を見てひとつため息をついて、俺にむかって肩をすくめて見せた。
「来たネ、一番真面目な息子」
「ええと、誰だっけ」
「ラシード。正しい道に導くもの。とてもワタシの子とは思えない」
思わず笑ってしまった。自覚してるんだ。
ともかく魔神は、自分より背の高いその息子に引っ張られるように緑の絨毯に乗せられた。
「あの、アシュファク。あのさ・・・もう会えないのかな。その・・・」
少しずつ遠ざかるおっさんに向かって、もう一度声をかけた。あまり引き留めたらいけないんだろうか。困ったことになるって何なんだろう。本当はもっと一緒にいたかったのに。
「ダイジョブネ、悟は。遊ばないとだめだヨー」
おっさんが後ろを向いて手を振りながら遠ざかる。お気楽な声が風に乗って飛んできた。
行っちゃったのか。
見送る俺にジャッバールが野太い声をかけた。
「大丈夫だったか、悟。私が行けなくて悪かった。ただ・・・」
「本当はだめなんだろ? ほかの魔神の魔法を邪魔したら」
俺がそういうとジャッバールは少し驚いた顔をした。そして苦い顔で、そうだ、と答えた。
「あのさ、ちょっと心配だったんだ。お父さんは俺に自分のランプを貸して助けてくれた。でもそれってお父さんの魔法になるんじゃないのかな。お父さんは俺の魔法って言ってたけど、でも俺、魔法使いじゃないし」
「よく見抜いたな、悟」
ジャッバールはひとつ、ため息をついた。
「そこの辺りが私にはよくわからないんだ。父さんは大丈夫、と言うし、ヒクマトはだめじゃないかと言うし。ただ、父さんはああいう性格だから・・・」
ジャッバールの心配はよくわかった。
「そうだよな、軽く考えすぎだよな、いくらお気楽でも。あの・・・、俺も気になってたんだ。おっさん、消えちゃうかもって言ってた。それってどういうこと? 人間が死ぬみたいに全くいなくなっちゃうってこと?」
しばらくジャッバールは黙っていた。その通り、と言いたいのか、それとも全然別のことを答えようとしているのか。
ついにジャッバールは意を決したように俺に向き合った。
「悟、君には黙っていようと兄弟で決めていた。でも、・・・私が言ったとみんなには言わないでくれるか。実は私たちが心配しているのもそのことなんだ。母さんも。父さんはあまりにも魔神のタブーを犯している。このままだと魔神ではいられなくなる。格下げか、下手をすると本当に・・・」
「消えちゃうのか」
ジャッバールはうなずいた。
「もともと私たち魔神は煙の出ない火から作られた存在だ。人間は物質だから死んだら土と魂に戻り、魂はバルザフに行って最後の裁きを待つ。でも、魔神は恐らく火に戻るか消えてしまうのだろう」
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