59 魔神の離れ業
今日の魔神はいつも以上に楽しそうだった。絨毯を猛スピードでぶっ飛ばして急旋回させたり、ジェットコースターみたいに空中回転させたり。
「ふええ、落っこちる」
最初は心配していた俺だったけど、そのうち絨毯はジェットコースターよりずっと楽な乗り物であることがわかってきた。どこまで飛んでも、どんな飛び方をしても絶対絨毯は乗っている人間を振り落とさない。極端な話、空中でびょん、と跳ねてもちゃんとふわりと受け止めてくれる。
俺がそう言うと魔神は満足そうに答えた。
「ジェットコースターは怖がらせるための乗り物だからネ。絨毯は乗り心地のいい乗り物。そこが違う」
「もっと遊ぼう」
魔神は楽しそうに立ち上がって、絨毯の上で飛び上がって一回、空中回転をして、ぴたり、と着地のポーズを決めた。
「すげー。太っててもそんなことできるんだ」
拍手をすると魔神は、
「悟もやってごらん。簡単だヨ」
と言う。体育なんていつもはろくにできないし、ましてや逆立ちや空中回転、バク転なんかもできるわけがない。魔神に、早く早くとうながされてしぶしぶやってみた。
そしたら、なんと、軽々とできてしまった。体操選手みたいな着地のポーズまで。
「すげー! なんで? 魔法?」
俺が信じられなくて自分の手足を確かめていると魔神が教えた。
「悟に魔法がかかってるというより、これが絨毯の使い方ネ。いろいろできるよ」
そして魔神は絨毯の端っこに立って、そこからぴょん、と空中に飛び降りた。
あっ! と思う間に絨毯がすうっと動いて魔神を受け止めた。魔神はにっこりして振り向いた。
「はい、次、悟」
「えっ? 俺? いや、俺、人間だから無理」
踏みとどまっているのに魔神が、はいはい、と背中を押す。
殺す気か!
「うわっ!」
自分で飛び降りたというより魔神に突き落とされて俺も夜の空中へ。
助けてくれー!
次の瞬間、ふわり、と絨毯が受け止めてくれた。
「あー怖かった。これ、魔法じゃなかったら殺人だぞ、おまえ」
魔神はちょっと意地悪く笑った。
「いろいろできるってわかってほしかったネ」
それからまだまだいろいろやってみた。絨毯の上では俺ですらオリンピックの体操選手並のことが軽々できる。
「ちょっと剣もやってみようか」
魔神が半月刀を出したので、俺も半月刀を握って、おっさんがいない間にジャッバールと訓練した成果を見せた。
「うまくなったねえ、悟」
おっさんは、しばらく会ってない叔父さんか何かのように顔をほころばせて誉めてくれたが、俺は少し悲しくなって刀を下ろした。
「うん。でも、半月刀なんて大して役に立たないんだよな。今じゃ小畑の空飛ぶ馬とか槍とか、鉄砲みたいなのも使ってるし。俺なんかじゃとても太刀打ちできないような化け物が出てきてるし。なんか鉄砲が出てきて刀の時代が終わっちゃったような感じだよ。俺なんて所詮古いタイプの武士なんだよな」
「半月刀もいろんな使い方、できるネ」
言うとおっさんは半月刀を器用に片手でくるくる回転させ、それから前方に向かってひゅっと投げた。くるくる回る半月刀は飛んでいって旋回し、またこっちに戻ってきた。おっさんはそれを絶妙なタイミングでまた手で捕らえ、あっという間に構え、のポーズに戻った。
「かっこいいー!」
思わず誉めると、またおっさんはにっこりと半月刀を俺に渡した。
「はい、次、悟」
またかよ。
「だから俺には無理だって。そういう練習してないし」
「ああそう。ジャッバールはやらなかったの。でもダイジョブ。時間ないからやったことにしとこう」
やったこと。いいのか、そんなんで。
よくわからないことを言って魔神は無理に俺に半月刀を握らせた。できるわけないだろ、と思いながら、さっき魔神がやってたことを思い出して片手で半月刀を回してみた。
すると、なんと、同じようにできている。
「そうそう。はい、前に飛ばして」
魔神が言うので、思い出しながら、えいっと前に投げてみた。さっきおっさんがやった通り、半月刀はくるくる回転しながら戻ってくる。
「怖っ!」
下手すると回転して飛んでくる半月刀に自分がやられそうなので、逃げようとしたらおっさんが俺の手を無理矢理取って半月刀をバシッと握らせた。刀の柄は確かな重みを持って俺の手に握られていた。
「ほらできた」
飛んできた半月刀の重みで少し手がじーんとしびれるのを感じながら、おっさんの言葉が心地よく耳にしみこんできた。
できたんだ。
「今のは、手伝ってもらったからできたんだよ」
と言うと、もう一度、と強制され、しぶしぶあと何回かやらされた。数回やるとなんとなくコツがつかめて、自分にもできそうな気がしてきた。
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