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54 誰とも話せない

 その晩、小畑は練習に来なかった。

 いつものように小畑の家の窓までジャッバールの絨毯で行ったことは行ったのだ。でも小畑は窓のところに現れなかった。こんなことは初めてだった。

 たまたまかな、と思って絨毯の上から電話してみたのだが、電話にも出なかった。


 どうしてなんだ、小畑。


 偶然なのかもしれない、今日だけなのかもしれないと思ったが、少し心配になった。もしかして、もう日向と一緒に十分戦えるから俺となんか練習の必要を感じないのかも。

 いや、実はもっと心配していることがある。

 小畑はもう俺のことなんか見限ってるんじゃないか。日向がいれば、俺なんかいなくてもいいって思ってるんじゃないかって、変な疑いが頭をもたげてきた。

 「友人は信じなければいけないよ、悟」

 ジャッバールが心配して声をかけてくれた。

「わかってる。小畑に限ってそんなことないと俺も思う。きっと何か事情があったんだ」

 その晩はジャッバールと一緒にいつもの練習をしたが、いまひとつ身が入らなかった。

 本当にこんなことばっかりやっていていいんだろうか。何かもっと別の、もっと効果のあることをやるべき時期なんじゃないだろうか。

 それよりも、本当に練習の相手はジャッバールでいいんだろうか。


 そんなことを考えていたのがジャッバールにも伝わってしまったのだろうか。その日の練習は決していい出来ではなかったのに、彼も何も言わず終了した。


 寝る前にもう一度小畑に連絡を取ろうとしてみたが、メールに既読はつかないし、電話にも出なかった。


 学校でも、小畑と話してみようとしてもなかなか話ができなかった。最近の小畑は妙に人気があっていつも誰かに囲まれている。別にまったく口もきけないわけではないのだが、話そうとすると必ず誰かが小畑に話しかけ邪魔されるという具合だ。

 少しほっとしたのは、小畑が決して俺のことを無視しようとしているわけではなさそうだったところだ。俺と話すのを途中で遮られる前のほんの一瞬、悪いな、という表情があいつの顔に浮かぶのを見て、やっぱり小畑を疑って悪かったと思った。


 水口の方も、お化け屋敷にさらに新しい工夫が増えてエンターテイメント性が向上したので、ますます忙しくなった。

 普通のお化けが出てくるだけでなく、それこそ遊園地のように、歩いていると急に滑り台に落ち込んだり、ばしゃっと水が降ってきたり、意図して仕掛けていない筈の妖怪が現れたりする。水口さえも知らない変化なので案内役が真剣にびっくりしたり悲鳴を上げたりする。それが面白いと評判になり次から次へと来訪者がやってきているのだ。文芸部員はお客さんの誘導に忙しく、もう遊園地の係員なのか文芸部員なのかよくわからない状態になってきている。

 なんだかつまらなくて、ちらりと顔を出した後、水口にばれないようにそっと帰った。


 清谷さんも、毎日学校でかわいいペットを出すので、以前よりもっと近寄りづらくなった。清谷さんを囲む動物ファンの輪はどんどん増えて行列ができるほどだ。俺も並べばペットに触らせてくれたり、少しは話もできるのかもしれないけど、これだけみんながいる前で魔神だの魔女だのと話すのも抵抗がある。

 水口も清谷さんも俺を無視するわけでも嫌そうな顔をするわけでもなかった。ただ、話はできない。いつも誰かが周りにいる。

 最初は偶然かと思ったけど、あまりに毎日、いつもなので何か悪意を感じる。俺が話しかけようとしていないときには、必ずしもだれかがいるわけではないのに話そうとすると急に邪魔が入る。少なくともそんな気がする。


 小畑はその後も剣の練習には参加しなかった。近くまで何度も行ったのに、時間になっても部屋にいないからどうにもできないのだ。何度か電話やメールで連絡を取ろうとしてみたが相変わらず音沙汰もない。電話は話し中も多い。

 割り込み通話ぐらいできるようにしとけばいいのに、とイライラしたが、よく考えてみれば俺の電話も割り込み通話はできない設定になっている。俺も小畑も今までそんなに友達って多くなかったから、別に困らなかったのだ。

 俺はどんどん独りになっていっているのに、小畑も水口も清谷さんも急に人気が出たみたいだ。


 時々学校には、幻獣が現れる。でもいつも俺が駆けつけるより先に日向と小畑が馬かペガサスで出陣してあっという間にやっつけてしまう。武器も進化してどんどんかっこよくなってるし、俺の半月刀なんかじゃとても太刀打ちできそうにない。

 川原もバズーカ砲が気に入ったらしく時々出動してはズガンとぶっぱなし、女子の喝采を浴びている。


 もう、俺、別にいなくてもいいかな。

 どうせ俺なんか。

 と、言いかけて気がついた。最近、この口癖長いこと言ってなかったな。しばらく自分のこと、情けないとか努力しても無駄とか、思わずにいられていたんだった。それは魔神のおかげかもしれないしジャッバールのおかげだったのかもしれない。

 わずかな友達以外誰も認めてくれてはいなかったけど、みんなのために頑張ってるんだという誇りみたいなものがあった。だから頑張れた。

 でも、今じゃ日向や小畑の方が断然活躍してるもんな。

 

 「もう、俺がいなくても別にいいんじゃないのかな。これ以上剣の練習しても進歩なんてない気がする」

 愚痴というでもなく、ある日ついジャッバールにこぼしてしまった。ジャッバールは子供に言い聞かせるように忍耐強くこう言った。

「悟はなんのために毎日練習しているんだ。ただ惰性で続けているだけなのか。戦士は一日も練習を休まない。それはいつ戦いが始まっても対応できるようにするためだ。上達しない時期はある。でも止めてしまったら後戻りしかできない」

「スランプってやつか」

 ジャッバールはうなずいた。

「もう嫌だと思っても、それでも頑張らないといけない時はある。ただ、私にそれを強制することはできない。君が選ぶことだ」

 俺が選ぶ。そう言われても。

 頭が混乱してどう考えていいのかわからない。

 何のために、俺、こんなことやってるんだろう。


―――――――――――――――――――――


読んでくださってありがとうございます。


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