53 これじゃだめだ
家に帰ると家でもおかしなことがおこっていた。
二月三月には受験を控えて勉強してなきゃいけないはずの兄さんと弟が二人でゲームに興じている。
「どうしたの? 二人とも勉強しないで。あ、私学推薦受かったとか?」
思わず口にすると兄さんが振り向いた。
「なんだ、悟。知らなかったのか。大学が変わるんだよ。受験がなくなって誰でも行きたい大学に行けることになったんだ。高校もだ」
「えっ? そりゃまた急だな。大学受験がなくなるのは俺も嬉しいけど、でもこの春のことだろ?」
母さんがお茶を持ってきながら話に加わった。
「そうなのよ。新聞見なかった? 急な話だけど、いいことだからすぐに取り入れようってことになったんだって」
おい、嘘だろ。
これも、まさかとは思うけど日向の考える理想の社会ってことなのか?
「でもさあ、それだと人気のある大学ばっかり人が集中するんじゃない? 人気のない大学は生徒集まらなかったりして」
「だから、大学合併っていうか、A大とか分校が全国各地にできるんだって。地方の大学はその分校になるらしいよ」
母さんがパート先の残りパンをお皿に持ってきながら答える。そういえばこのクリームパン、魔神のやつ好きだったな。
なんかどんどん変なことになってきている。おっさんは今、何をしているんだろう。
パンを食べながら、少しずつ不安になってきた。あまりに急に何もかも変わりすぎている。本当にいいのか、勉強しなくて。
実は全部嘘で、騙された人だけが勉強しなくて取り残されてるってことないのか。
行きたい大学に行ける、偏差値で振り落とされることもない、確かに理想だけど、本当に急にこんなことができていいものなのか?
「でも、やっぱり勉強しないといけないんじゃない?」
思わずゲームをしてる二人に声をかけたら笑い声が返ってきた。
「悟にそんなこと言われるとは思わなかったな」
ちょっとむっとする兄さんの言い方だけど、確かに少し前の俺だったら勉強なんてするだけ無駄、みたいなこと言ってたんだよな。俺の場合はやってってどうせできないからって思ってた。
でも今は違う。できないのはやらなかったからだってわかる。やっても、そう簡単にはできるようにはならないけど、だからってやらなかったら一歩も前に進めない。
俺がそう思ってるのに、今まで優等生だった兄さんが急に勉強やめるってどういうことだ。
「兄さん、ほんとは勉強嫌いだったの?」
「そりゃそうだろ。勉強好きな奴なんているか? 受験のためにやってたんだよ。やらなくていいならやらないだろ、普通」
そう言われると反論できない。確かに受験がなかったら俺だって勉強しないかも。
でもいいのか? 何かに騙されてないか? みんな。
夕食の時、さらに驚くべきことが起こった。
クリスマスでもないのにポットパイ、豪華なサラダ、美味しそうなソースがかかった薄切り肉、ポタージュスープとご馳走が並んでいた。
「へええ、すごいな。レストランみたいだね。今日、なんかあったの?」
俺が聞くと母さんは嬉しそうに答えた。
「料理がすっごい楽になったのよ。ネットでレシピ調べて、これってボタン押すだけで簡単に出てきちゃうの。誰が発明してくれたのかしらねえ」
それを聞いてまたひっかかった。
変だ。
なんか変だ。それはあきらかに魔法なんだけど、魔神はこんなことしなかった。
椅子に座って黙って食べながら、魔神のやったこととどう違うのか一生懸命考えた。
料理はどれもおいしかった。ひとつひとつがレストランの味みたいだった。でも、これをボタンひとつでって絶対変だ。
じゃあ人間は何も努力しなくていいのか。
魔神も確かに魔法は使ったけど、俺にこんな楽はさせなかった。いや、かえっていろいろあいつのために俺が頑張ったんだ。清谷さんに奥さんのこと探ってみようとしたり。あいつのためじゃないけど、川原に幹事の仕事押しつけられたり。半月刀で戦ったのも、手助けはあったとはいえ俺が自分でやったことだった。
日向のしようとしてることは、ありがたいようで実は人間を甘やかしてるだけなんじゃないのか。
食べ終わって自分の部屋へ来て、ぼんやりと魔神のことを考えていた。あいつがいたらこの状況、なんて言うんだろう。ごはん美味しいネとかお気楽なこと言うんだろうか。言うかもな、あいつ、母さんのファンだから。
でも。
いろいろあいつとの思い出に耽りながら、俺は急に思い出した。
こんなもの、幻影だ。
自分は魔神だから幻影を食べても生きていけるけど、俺は人間だから幻影ばっかり食べてたら飢え死にするって、あいつ、言ってた。
まずいじゃないか。
俺はごろごろしてた布団からがばっと起きあがってお腹のあたりを触ってみた。
ほんとに食事したのか? 幻影でお腹が膨れたような気がしてるだけじゃないのか?
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