50 川原、洗脳されてる
「やっぱり日向君、変だねえ」
「聞いてたのか」
後ろから話しかけた水口に俺は答えた。
「ごめん、聞こえちゃったっていうか。なんかさー、選ばれた、とか僕らが変える、とかそれこそ中二病みたいだけど日向君みたいなのが言うと、ちょっとぞっとするね。まさかとは思うけど、ほんとに実行しちゃったりして」
「そこなんだよ。言ってるのが俺や小畑だったら、またまたー、って言われておしまいだけど、あの日向だからな」
「目がマジだった。怖えー」
小畑も遠ざかる日向の背中を見つめながら放心したように口に出した。
「いったい何なんだろう、奴にとりついてる悪魔って」
ひとりごとのようにつぶやくと、小畑がそういえば、と言い出した。
「あれ以来、お父さんの方は音沙汰ないの? 悪魔と知り合いかもって話だったじゃん」
「うん、全然。なんかなー。もうちょっと教えてくれてもいいと思うんだけどな。変な言い方だけど、友達だって思ってたのに、いきなり何も言わずに消えちゃうなんて水くさいよ」
「まあまあ。それだけ重要なことなのかもしれないしさ、向こうは向こうなりに気を使ってくれてるのかもしれないし」
ふう、と俺はため息をついた。
今できることって何なんだろう。日向は明らかにおかしい。でも、いったい何ができるんだ、俺たちに。何かしないと。毎日筋トレや半月刀の練習ばっかりじゃ、ちっとも前に進んでる気がしない。そうしている間にも、日向はどんどん悪くなってきてるんじゃないか。
そんなことを、小畑と話してたら水口が、
「勉強しなよ、勉強。明日もテストだよー」
と、急に現実に引き戻したので、そうだった、と俺たちも帰ることにした。
テストが終わってまた平常の授業に戻ってきていたが、クラスの雰囲気はだんだんと異なったものになってきた。
同じクラスじゃないが、まず川原麗夏に捕まった。
「在田君、日向君の誘いを断るってどういうこと?」
「は? なんのこと? 俺、なんか誘われてたっけ?」
本気でわからなくて聞き返したら、ばっかじゃない、と見下された。
「日向君の世界を実現するの。在田君が第一の助け手になるって、日向君すごい期待してるのに、なんで協力しないの? 在田君なんて、どうせほかに特技もないし暇でしょ? このチャンス逃したら、もう在田君が人の役に立つことなんてないかもしれないのに」
「ひでえ言われようだな」
思わずつぶやくと川原は、むっとした顔をした。
「最近反抗的なんだけど、在田君」
反抗的とはなんだ。
「それ、失礼だろ。おまえ、何様なんだ。なんで俺が言いたいこと言ったら反抗扱いされるんだ。いい加減にしろよ」
「前はそんなこと言わなかった」
川原はちょっと複雑な表情をした。少し寂しそうな、いや、満足してるのか。少なくとも怒ってるわけじゃなさそうだ。女子の気持ちはよくわからない。
俺が答えないでいると川原はさらに続けた。
「強くなったね、在田君。だからこそ日向君も在田君を見込んだんだと思う。今、世界が捻れてる。世界が揺るぎなかったときは何も変化が起こせなかったけど、今ならできる。同じ力を持つもの同士、もっと協力したらいいと思う」
「それは日向が俺に言えって言ったことなのか」
川原は驚いたように目を丸くした。
「違うわよ。みんなわかってることよ。今はまだ仲間が少ないけど、そのうち多数派になる。早く、こっち側に来た方がいいって言ってるの。そのうち在田君にも真実がわかるわ」
「なんだよ、真実って」
「理想の社会を作るのよ。ううん、今はそれが理想に思えるけど、実現したらそれはもう理想じゃなくなる。その代わり、過去、つまり今の社会を振り返って、なんてみんな変な規則に縛られて操られてたんだろうってわかるのよ」
川原。洗脳されてる。
そんなに日向に惚れてるからなのか、それとも悪魔の力なのか。
「一応聞くけど、おまえたちの言ってる理想の社会って、どんなのなんだ」
「みんなが好きなことをして生きていける社会よ。学校だって行きたい人は行けばいいし、行きたくなければ行かなくていい。偏差値で輪切りにされることもないし、仕事だってやりたいことから拒絶されることもない。誰かが富を独占することもなく貧困も病気もない、そんな社会。よく考えてみて。あなたが日向君に協力すれば、そんな理想の世界がもっと早く実現する」
心地よい言葉が並ぶ。妙に綺麗すぎる。
そんなこと言った奴、いたような気がする、歴史のどこかに。でも、いまだに社会がそうじゃないってことは、そんな理想郷は夢物語で実現不可能なものだったって歴史が証明してるってことじゃないのか。
俺は不勉強だから、川原や日向に理屈ではかなわないけど、なんとなく変だ。それは直感みたいなものだ。
「日向に言っといてくれ。俺は、何が正しいか、自分で見極めるって」
「馬鹿じゃない?」
川原は明らかに不愉快な顔をして、睨むような一瞥をくれて俺に背を向けた。
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