47 清谷さんが出したもの
ドスンドスンとやってきたのは二体の鬼だった。ひとつは牛の頭、もうひとつは馬の頭を持っている。
「牛頭鬼馬頭鬼だー。ほんとなら地獄にいる奴だよ」
後ろから水口の嬉しそうな声がする。ほんとにこいつは危機感ゼロだな。
半月刀を持って迎え撃つが、相手は俺の二倍ぐらいの身長がある。一方は長い二叉の槍を持って、もう一方は三つ叉の槍を持っている。半月刀の届く範囲より槍の届く範囲の方が断然長い上に、連中の方が腕も長いし、高いところから槍を突き下ろしてくる。しかも二人だし、卑怯だぞ、おまえら。
と言っても通じる相手じゃないので、必死で守りながら半月刀をふるっていると、水口の声がまた聞こえた。
「どうしよう、優美ちゃん。なんか対抗できるモンスターとかいないかな」
「え? モンスター・・・?」
無理だろ、清谷さん。現実的そうだし。
「そう。なんか想像すればそれが現れてくれるみたいなの。あたしの頭ん中に今、思いつかないんだよね。あの鬼達に対抗できそうなのが」
「モンスターとかよくわかんないんだけど・・・。あの、牛とか馬だから、象とか出してみたらどうかな」
象か。確かに象は清谷さんらしいな。象使いになりたいって言ってたし。
「いいね! 優美ちゃん。じゃあ思い描いてみて。そこの廊下にいるって」
「うん。ええっと、インド象よりアフリカ象の方が大きいの。それで、インド象は雌には牙がないけどアフリカ象には雌もあるの」
三つ叉の槍が俺の髪の毛をしゅっとかすめる。清谷さん、蘊蓄はいいからなるべく早く頼む。
「マンモスでも出せちゃうんだよ」
「ほんと? じゃあ、地球最大級の松花江マンモスで」
その言葉が終わるか終わらないかのうちに、ボオーンと象の吠え声をさらに低く大きくしたような声が廊下に響いた。
出やがった、巨大マンモス。
とにかく大きい。天井にぶつかって破壊しそうなぐらい大きい筈なんだけど、今は天井も異様に高く変形しているのでぶつかってはいない。俺と戦っている牛頭鬼、馬頭鬼も、はるか高いマンモスを見上げて動きが止まっている。
「在田君、危ないからどいててね」
後ろから清谷さんの声がする。確かにこの巨大哺乳類に普通の大きさの俺が太刀打ちできるとは思えない。マンモスと二体の鬼に挟まれる位置にいた俺は、鬼達が気を取られている隙に、マンモスの横を二人の女子の方に下がった。
マンモスが滑り台よりも長い二本の牙の間から鼻を振り上げた。ばしっと馬頭鬼が吹っ飛ばされる。
「いいぞ、清谷さん」
「うん、こんなんでいいのかな」
清谷さんはあくまで控えめだ。川原みたいにきっぱりとした戦闘意識がなくても女子でも戦えるんだな。
また、ボオーンとマンモスが吠え、巨大な前足が牛頭鬼めがけて振り下ろされる。清谷さんは両手で目を覆い、俺と水口が注目する中、ぐしゃ、と踏まれる鬼はしゅうっと煙になって消えていった。同時にマンモスの姿も薄くなって消えていく。
「終わったよ、清谷さん」
俺が声をかけると清谷さんは顔から手をどけて、あたりを見回した。
「あれ? マンモスは?」
「鬼を退治したから消えたけど」
「そっか」
清谷さんは小さくがっかりした声を出した。水口の反応と一緒だな。怪物みたいなマンモスでも愛着あるんだ。ということは、水口はナマコにも同じように愛着があるのか。理解できない。
さっきまで天井も幅も妙に広がっていた廊下も元に戻っている。いつもどおりの文芸部前の廊下で、二、三人の生徒がこっちを見ている。こいつらには今の戦いがどんな風に見えていたんだらろうか。
水口と清谷さんは興奮気味に今の出来事についてまだ話しているが、俺はちょっと情けない気分に陥っていた。
二回も続けて一人じゃ戦えず女子にまで助けてもらった。
俺も、もっと強くならないといけないんじゃないか。
その日もジャッバールや小畑と訓練をしたけど、どうやって強くなるのかまったくアイデアが浮かばなかった。ジャッバールは想像力があればもっとできるはずだと言うが、その想像力がないのだろう。
文芸部のくせに想像力がない。今まで別に困るとも思ってなかったけど、俺の作品がつまんないのはまさに想像力がないからだったんだな、とか変な風に落ち込んだ。半月刀の練習をしていても今一つ身が入らず、ジャッバールに何度も、もう一度、と叱られた。
「なんか武器の知識とか入れたらいんじゃね?」
小畑が提案してくれるが、とっさに思い浮かばないのだ。まあ、課題の一つにしておこう。
「なあ、ジャッバール。俺たちが使ってるのって、魔法の一種なのかな。頭で考えたことが実際に起きてるって、普通の人間にできることじゃないだろ」
ジャッバールは、そうだ、とうなずいた。
「俺たちが魔法使いになってるってこと? そんなこと、できるのかなあ」
ジャッバールは考えながら答えた。
「君たちが私たちのようになっているというわけではない。多分、その『場』が影響を受けているのだろう。つまり、空間が曲がって怪奇現象が起きている時は場所そのものに魔力が働いている。だから、魔力のない人間にもその場を変化させることができる、そういうことじゃないかな」
「ふーん、よくわかんね」
小畑は、いつも通りあんまり興味がなさそうだが、俺はなんかひっかかった。練習が終わったらよく考えてみよう、と思ったが、練習終わって風呂にはいるとすごく眠くて、その晩も熟睡してしまった。
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