46 魔神の奥さん情報
来週から期末テストのテスト週間で部活が休みになる。
今日が最後の部活、と思って文芸部に入った途端、どきん、と心臓が飛びあがった。
なんで清谷さんがいるんだ。
「あ、在田君、来た」
清谷さんと向き合って座っていた水口が振り返る。
「あの、お邪魔してるね」
清谷さんが控えめな調子で言う。
「あっ、ううん。ぜんぜんいんだけど。あのっ、どうしたのかな」
水口がにやにやしてこっちを見ている。声がうわずってしまったに気づかれたかもしれない。だめだな、もっと普通にしゃべらないと。
「あのさー、あたし生物選択だから優美ちゃんと一緒になるじゃん。そこで魔神のこととかしゃべったら、優美ちゃんとこにもいるんだって、そういう人。だから、在田君と話してもらおうと思って連れてきた。いいでしょ?」
「気楽に誰にでも話すなよ、水口。まあ、相手が清谷さんでよかったけど」
「ってことは、在田君、知ってたの?」
「まあな」
どさっとカバンを置いて、俺も少し離れた席に座った。
「なあんだ。このこのー」
水口が足を伸ばして蹴ってくる。
「やめろって。なにがこのこのだよ。何でもないよ、別に。俺のクラスで怪奇現象が起きたとき、清谷さんには見えたんだ。まだみんなには見えてない頃。だから気がついた。清谷さんのとこに奥さんがいるって俺んとこの魔神も言ってたし」
「ええっ! ご夫婦なの、在田君と優美ちゃん」
「飛躍した言い方すんな! だいぶ抜けてるだろ!」
ああもう。清谷さん、苦笑してるし。恥ずかしい。俺も顔、赤くなったりしてないだろうか。
気を取り直すために水筒のお茶を一口飲んで尋ねた。
「そういえば、魔神の奥さん、元気?」
「うん。最近、娘さんたちが遊びに来るようになったけど」
「えっ? そっちは娘さんなんだ。俺んとこには息子さんたちが来るけど」
「そうなんだ。なんか、アラブのきまりって厳しいらしいね。女性はあんまり人前に出ちゃいけないとか」
そういうものか。
「で、なんか話してる? 最近の怪奇現象のこと」
「うん。そのことなんだけど、どうも悪魔的な魔神が暴れてるんじゃないかって。名前が覚えにくくて、えっとムミ・・・ムマ?」
「アラブ人の名前って覚えにくいよね」
そう言うと清谷さんはほっとしたように微笑んだ。こんなに綺麗なのに控えめなところがほんとに心惹かれる。
「なんかね、その悪魔、旦那さんの知り合いみたいなこと聞いた。まったく知らない相手じゃないみたい。でも、あたしにはあんまり詳しく話してくれなくて」
「そうか。俺の方も。実は、魔神が最近いなくなっちゃって」
「いなくなった?」
清谷さんの目が丸くなる。
「うん、代わりに息子さんたちは来てくれてる。だからいろいろ変なこと起こっても、困ってはいないんだけど。でも、せっかく奥さんのこと聞いてもらったけど、意味がなくなっちゃったな」
「ううん。それはいいんだけど」
清谷さんが白くてほっそりした指でストレートの黒髪をかきあげ、ちらっと目を流す仕草が、色っぽくてどきどきする。思わず見とれてしまいたい気持ちを押さえるためにわざと目をそらした。
「清谷さんの方には起こってない? 危ない獣が現れたりとか」
「そうね、危なかったのは、体育倉庫で在田君と一緒だったときだけ。あたしの方はよく道に迷うの。学校に行く道の筈なのに外国の道に出ちゃったり。魔女と娘さんたちがついててくれるから、今のとこ困ってはいないんだけど」
黙って聞いていた水口が退屈そうに運動場に目をやりながらつぶやいた。
「なんか、こんなメンバーだと何かまた奇妙なことおこりそうだよね」
聞いた途端悪い予感が頭をよぎった。
「おい、そんなこと、口にすると・・・」
早速出やがった。
廊下から、ドスン、ドスンと重い物が落とされるような音がだんだんと近づいてきた。
逃げ隠れしてもしょうがないだろうと腹をくくって、俺は廊下に走り出た。もちろん半月刀を握って。
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