45 ナマコなめるべからず
その後、川原とは一言も口を聞いていないが、向こうから話しかけてくる気配もない。普段だったら話したいとも思わない相手だが、あれだけ奇妙なことを経験して全く驚いていない様子なのはこっちがびっくりだ。女子は順応力があるとは水口を見て思っていたが、もしかして川原はそれ以上に順応してるのかもしれない。
女子の気持ちはまったくわからないので、いつもだったら水口あたりに聞いてみたいところだが、今、水口にこの話題はタブーなのだ。
小畑と口裏を合わせて、できるだけ触れないようにしてきた。
つもりだったのだが。
「助けてー」
授業が終わり、文芸部に行こうと図書室に近づいた俺は茶色くてヌメヌメした巨大な固まりが廊下をびっしり塞いでいるのに行く手を阻まれた。
助けてーは水口の声だ。
「助けてって、おまえ、何やったんだ、こんな大量の巨大ナマコ出しやがって」
「えー、いや、つい・・・」
「つい、じゃねえ」
手に半月刀を持って、高さ一・五メートルほどのナマコ達をとりあえず一匹一匹切りつけながら進もうとしたが、二匹目にかかった途端、そいつが、のべっと内蔵を吹き出した。ぐにゅぐにゅする内蔵がびしゃっと広がって顔や手足に絡みつく。
「うわっ、水口、何とかしろ、こいつら」
「なんとかできないから困ってるんだってばー」
「困るなら出すな! 全くもう!」
手足に絡みつく内蔵は柔らかいとはいえ、結構丈夫くて絡まれると動きがとれない。
「どうしたー?」
ナマコ大群の後ろから聞きなれた声が聞こえた。
「小畑か。気をつけろ。こいつら、内蔵出すと手強いぞ」
「ふーん。ナマコなめるべからず」
なんだそれは。ダジャレにもなってないぞ。
動きがとれないながら、後ろを振り返ると小畑が騎士姿に変身しているのが見えた。
「こいつら、攻撃は効かないんだ。内蔵に絡まれると手足動かなくなる。武器はやめた方がいいぞ」
行ってるそばから、小畑はえいっと槍を繰り出す。なるほど、槍は長いので一匹はそれでしとめた。でも、二匹目が迫って行き、小畑に向かってびしゅっと内蔵攻撃を繰り出す。すんでのところで避けた小畑だったが、やっと俺の言ったことを理解したようだ。
「だめだな、こりゃ」
「だめって言っただろ。人の言うこと聞けよ。まったく、水口といい」
「だってえ」
嫌がってるのか喜んでるのかよくわからない水口の声が聞こえる。
小畑は攻撃を一旦やめて、少し考えているようだった。
「そうだ! あのさ、ヒルに襲われたとき、火を近づけるって言うじゃん。ナマコもそれじゃだめかな」
「いいぞ! 小畑。おまえ、馬鹿かと思ってたけどなかなかやるな」
「おまえにだけは馬鹿って言われたくない」
言ってる小畑の手元に火が見える。小畑がちょっと動いたので視界の隅でしか、彼の姿を見ることができないが、どうやって火を使っているのだろう。
小畑の作戦はすぐ速効し、ナマコは一匹ずつ逃げてだんだんと道が開いてきた。小畑が俺に絡みついてるナマコにも手に持った木の棒の火を近づけてくれたので、ようやくナマコは内蔵を吸い戻して逃げていった。
体が動くようになったので、俺も小畑に倣って両手に火のついた棒を持って次々にナマコを追い払い、ようやく水口にたどり着いた。
「ふう。ありがとう」
「少しは反省しろよ、まったく」
水口は消えていくナマコ達を残念そうに見つめながら、
「ああ、ナマコちゃん達が行ってしまう・・・」
と、つぶやいた。
「だから、おまえ、ぜんぜん懲りてないだろ!」
「え? いや、でも、せっかくだし」
「せっかくじゃねえ!」
「どうせ出すならちっちゃい奴にすればいいのに」
笑いながら小畑は言うが、まったくそのとおりだ。
俺の天敵と言うべき川原が役に立ち、味方と思っていた水口がこんなに厄介だとは。ほんとに、話す相手は選ぶべきだったな。
でも、川原は何も説明しなくてもいきなり順応していた。水口も、話さなくても、もしかしたらできたかもしれない。女子はよくわからない。
「でもさ、水口がこうなったからには、もう後戻りできないだろ。いっそのこと、水口にもちゃんと自覚して戦ってもらった方がいいんじゃね?」
小畑が言うと水口はさっそく目を輝かせた。
「もっちろん、心の準備はできてるよー! で、何から出せばいい? 犬神様? お狐様?」
「なるべく飼い主に無害な奴で頼む」
「えーっ、どれにしようかなあ」
水口はケーキ食べ放題を前に迷う女子高生そのもののようにワクワクを露わにして喜んでいる。
吉とでるか凶と出るか。こんな博打みたいな仲間、ほんとに役に立つのかな。
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