44 恐るべし川原 麗夏
また別の日には、角と牙を持つ巨大な蛇のような怪物が帰り道の校庭にいきなり現れた。俺はすぐさま半月刀を出し、小畑はまた騎士姿に変身した。
今度の奴は、今までになく巨大だ。小畑によるとワイアームという翼を持たない、竜に似た幻獣だそうだ。
俺は半月刀でぶった切り、小畑は槍を持って突進するが、切り離しても切ったところがまたすぐくっつくので倒しても倒してもきりがない。
「ちっきしょー。切っても切ってもだめだ。どうしたらいいんだ」
ため息混じりに小畑に訴えると、
「切り離した体がくっつかないようにどっかに流すとか飛ばしてしまえればいいみたいなんだけど」
と答えた。
でも、どうやって、と四苦八苦していると、そこに女子が現れてしまった。なんと、川原麗夏。
まずい。いくら嫌いな川原でも、幻獣に襲われるのは。
見えてないといいけど、と期待したが、川原は目を丸くして立ちすくんでいる。
「何これ・・・? あと、在田君たち、そんな格好で何やってんの」
「えっ、見えるの?」
「間抜けなこと言わないで。何、その騎士みたいな姿とアラビア風の刀は」
ばっちり見えてんのか。川原みたいな奴はどうせ現実しか見てないかと思ってたのに。
「見えてんなら危ないぞ。ちょっと下がってろ」
川原は一瞬むっとした表情を見せたが、気にしてる場合じゃない。ワイアームが川原に向かって長い牙のある口を大きく開けて襲ってきた。俺はもう一度半月刀を持って襲ってくる敵をとりあえず防いだ。
小畑も盾を構えてもう一度槍で突進する。
だめだ。何度やっても同じことだ。
「小畑、なんかないか。大量の水を出して流しちゃうとか」
「流すってどこへ? 水は出せると思うけど、校庭にぷかぷか浮いてちゃまたくっついて再生しちゃうぞ」
言う間にもワイアームはガブガブと襲ってくる。
半月刀が牙に当たり、カキンと金属音をたてる。横から小畑が槍を繰り出す。
まずい。半月刀を口でがしりと捕まれた。
「離せ、このでか蛇」
俺が半月刀を渾身の力で引っ張っていると、突然、青ざめていた川原がきっぱりと声を上げた。
「在田君、ちょっとそこどいてて」
何? どいてって?
思う間もなく、ズガーンと轟音が響いた。
俺のすぐ脇を何か大きな棒状の物がシュッと飛んでいった。次の瞬間、爆音とともにワイアームの体が粉々に吹っ飛ぶ。
ものすごい爆風と怪物の破片が俺にもぶつかってくる。必死で防いでいると小畑が声を上げた。
「今だ! なんか、風とか」
風? そうか、えっと、風だったら。
「風神!」
とっさに思いついて叫んだ。
途端に空がさあっと黒くなったかと思うと、出た。
風神雷神図屏風、美術の教科書に出てくる、金屏風に描かれた緑色の鬼みたいな風神が風袋からびゅうびゅう風を吹き出しながら天空に現れた。すごい風だ。
「おい、俺も吹っ飛ぶ」
「これ、つかまって」
川原が出してくれた細長い筒状の武器につかまって風の通り道から逃れて、振り返ってみると、粉々になったワイアームはバラバラと、はるか大空に吹き飛ばされていくところだった。
「ふう、危なかった。ってか、川原、おまえ、それなんだ」
「ああこれ」
川原がこともなげに持ち直したその武器は直径八センチ、長さ一・五メートルほどのでかくてごつい銃器だった。
「バズーカ砲じゃね?」
馬から下りた小畑が近づいてきて言う。
なんだと。
「川原、これ、どうやって・・・」
川原がにこりともせず、手にした銃を見つめると、それは次第に消えていった。
「どうもこうもないわよ。あんたたちが負けてるから武器が欲しいと思っただけ。名前は知らないわ。映画で見たの」
「対戦車ロケット弾発射装置だよ、携帯式の。普通、女子にぶっ飛ばせるか? こんなもん」
「詳しいな、小畑」
「前、調べたじゃん。文芸部で戦争物書いたとき」
呆れるやら怖いやらで俺たちが唖然と川原を見つめると、川原はふん、と踵を返して地面に落ちたカバンを拾い上げた。
「目の前に敵がいたら、戦うのは当たり前でしょ」
ちらりと振り向きざまに捨て台詞を残して、さっさと帰って行く川原を見て、ちょっとかっこいいと思ってしまった。
「すげー。あいつ、理由も聞かなかったな」
「男らしい奴」
なんか敵ながら天晴れだったな、今日の川原は。
いつのまにか風神も消え、晴れた空が戻ってきていた。
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