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4 彼女こそ俺の理想

 「いや、やっぱハーレムいいや」

「あっそう。じゃあ、世界征服の方は?」

「ああ、すっかり忘れてた。そういや、言ったな、世界征服」

「ま、そんなことだろうと思ったネ。でも、一応聞いとかないとと思って。稀にいるから、真剣に世界征服とか願う人。スルタン・メフメト二世とか」

「誰それ」

 魔神は明らかにびっくり顔で俺をまじまじと見つめた。

「えーっ! 知らないの? メフメト二世。えーっ! それじゃ世界征服とか絶対ないネ。普通、大きなこと望む人はそれなりに研究してるネ。そんなんだから成績悪いヨ、悟」

「・・・よけいなお世話だ」

 確かに成績悪いけど。世界史なんて知らんし。


 「妖精さんと話してるのかな? それとも見えない宇宙人?」

 突然、後ろから声をかけられて飛び上がりそうになった。

 背中がぞわっとするこの口調は、俺の所属する文芸部の部長、水口奈美。ずれてるくせに変なところで鋭くて、微妙に触れられたくない部分に触れてくるからちょっと苦手だ。

 それにしても、魔神の存在に、そこはかとなく気づいたのはこいつが初めてだ。恐るべし、万年中二病。見えてはいないようだが、俺が独りごとぶつぶつではなくて誰かと話していることをちゃんと見抜いた。

「えっ? いやー、俺、なんか言ってた? やだなあ、また独りごと言っちまったかなあ」

「そう? 誰かと話してるのかと思った。世界征服とか言ってたもんね。もしかして、悪の秘密組織か? フフフ・・・」

 やめろ。俺も巻き込むな。

 

 だいたい、この時期、水口が話すことは決まっている。秋の文化祭に向けて部の活動誌を出すのだが、その原稿を夏休み中に上げてこい、と。

 伝統的にうちの部では部誌と呼ぶので、ブシブシ言いながらみんなを追いかけ回す。「水口が武士になった」と俺たちは呼ぶ。 

 部費回収の時期にはブヒブヒブヒーッ! と豚になる。

 

 そういえば、水口は顔はかわいい。ちょっとぽっちゃりだが、制服の上からでもはっきりわかるEカップ(という噂)にも心惹かれる。

 ハーレム候補、なりうるか?

 いや、でも、俺のハーレムでブヒブヒ言われたくないな。

 小畑は結構、こいつ好きかもしれない。

 一度、文芸部で諺いじって遊んでるとき、

「割れ鍋に子豚って、絵的にかわいくね?」

 と言うので、

「それは水口のことか」

 と言ったらそれきり会話が途切れたので、実は結構本気だったりするかもしれない。


 ともかく、ブシブシ迫る水口に、絶対休み中に原稿仕上げてくるからと誓約を交わして、ようやく教室に戻ってきた。

 「っ! ・・・ごめん」

 後ろの扉を閉めようとしていた美少女とあやうくぶつかりそうになり、俺は慌てて立ち止まった。

「・・・ごめんね。大丈夫だった?」

 申し訳なさそうに彼女は手を止めて尋ねてくれた。

 清谷きよたに優美。そうだ。

 周りの世界がおしなべて濁り穢れていたとしても、彼女の周りだけは清浄な涼風がそよぐ。彼女こそ俺の理想。

「あっ、ああ、うん。清谷さんは」

 控えめな笑みを浮かべ小さい声で、

「大丈夫。もう授業始まるよ」

 と知らせてくれた彼女は味気ない日常に舞い降りる女神。

 ハーレム候補、決定。

 いや、もう、清谷さんなら十人いても百人いてもいい。あっち向いてもこっち向いても清谷さん。さすがに変か。

 というか、別にハーレムでなくてもいいかもしれない。清谷さんと二人きり。おおー! 二人きりって響き、なんかいいぞ。


 ・・・で、二人きりになってどうするんだ。情けないことにそこから先が思い浮かばない。そんな経験、一度もないし。

 例えば。

 みんなが帰った放課後、二人きりで教室に残るシチュエーション。

「・・・」

「・・・・」

「・・・あっ、あの・・・」

「あ、ああー? あの、いいお天気だね」

「そうだね。・・・、あの、私、もう帰らないと」

 さようなら。

 もう終わっちゃったよ。

 二人きりになって、何を話せばいいんだ。世の中のカップルって二人きりでいったい何をしてるんだ。いきなり手をつないだり、なんかそれ以上のことしようとしたら、それこそ変態だし。


 そういえば清谷さんについて俺はほとんど知らない。普段、どんな会話をしてるとか、何に興味があるのかとか。

 今まで清谷さんなんて、通りすがりに憧れるだけの存在だった。でも、今はもっと知りたいと思う。彼女を理解したいと思う。これって進歩と言えるのか?

 魔神がどこまで信用できるかわからないけど、一応魔法使えるんだから、清谷さんとどうにかなるのも全く夢じゃないかもしれないかもって気がするからだろうか。

 言ってみれば清谷さんは壁に掛かったタブロー(絵画)か美しいタペストリー(織物)だと思っていたら、実はそれは中身の読める一冊の本だった、そういう気持ちだ。考えてみれば人間なのだから、眺めるだけの存在というのは失礼なのかもしれない。でも、俺はそれでよかったんだ、今まで。

 彼女は俺の生きてる世界と違うところの人。テレビのアイドルや雑誌のモデルと同等の存在。

 ところが、どうだろう。俺の生きてる世界とまるで違うとこから来た、このおっさんのおかげで、もしかしたらアイドルがテレビから現実世界に出てきたかもしれない。いやいや、あんまり高望みしないでおこう。せめて、握手会ぐらい? 


 そんなことをぼーっと考えながら机に肘を突いていて、また魔神のことを忘れていた。前から配られたプリントを後ろの席に回すとき、振り向いて俺はまた髪の毛逆立ちそうになった。

 教室の後ろの空間に魔神が居心地良さそうなソファーを広げてすっかりくつろいでいる。暇なのかボールを数個持ってジャグリングなんかしている。あんな真っ赤なソファー、どうして先生も気づかないんだ。魔神は俺と目が合うとにっこり笑って片目をぱちっとつぶって見せた。

「は・や・く・か・え・れ」

 唇の動きで伝えたつもりだったが、逆効果だった。よくわからなかったのか魔神は立ち上がって俺の机の隣に歩いてきた。

「なんか用?」

「いや、来なくていいから。うち帰ってろよ」

 できるだけ顔を動かさないように早口でささやいた。

「平気平気。誰も気づいてないネ」

「いや、そんなことない。さっき、水口がやばかった。ほら、体育館の横で」

「ああ、ダイジョブ。ワタシに気づくような人はそっちの世界に理解あるネ」

 そっちの世界ってなんだ。水口の世界だけは避けたい。うう、まずい。俺も一歩踏み入れかけてるってっことか。

 魔神はソファに戻りながら教室の生徒たちを、まるで校長先生が見学に来たようにじっくり見て回り、かわいい子がいると机の横に座り込んで、にやにやしながら眺めてみたりしている。おい、清谷さんだけはやめろ。


――――――――――――――――――

読んでくださってありがとうございます。

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