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39 もう会わないでほしい

 そのあと、ジャッバールは約束通り絨毯に乗せてくれてちょっと夜空を空中散歩した。小畑は必死で絨毯にしがみついて、時々下方に見える町並みを見ては、すげえすげえと喜んでいた。

 いつのまにか、俺は小畑より絨毯に慣れてきたこともわかった。絨毯は決して乗る人を落とさない。俺が魔神やジャッバールを信頼するように絨毯も信頼していい乗り物なんだとわかってきた。

 余裕で絨毯に座る俺を見てジャッバールが声をかけた。

「悟、だいぶ慣れてきたようだね。ここで半月刀使ってみたらどうかな。そろそろそういうことをやってもいいと思う。健児はもう少し絨毯に慣れてからの方がいいが」

「ここで?」

 ジャッバールは真面目な顔でうなずき、半月刀をどこからともなく出して渡した。

「立って、だよね?」

「もちろんだ。座っていては使えないだろう」

 ジャッバールはすでに立ち上がって自分も半月刀を構えている。

 ここ、空の上だよな。怖いんだけど。

 ジャッバールは前を向いて虚空に向かってさっと半月刀をふるう。おっかなびっくり俺も真似をして振ってみる。立つだけでもちょっと不安なのに、重さのある刀を振るうと足を踏ん張らないといけないしバランス崩すと怖いのでどうしても腰が引けてしまう。

「悟、もっと足を前に出して大丈夫だ。地面に立っているときと同じように」

 容赦ない指導が入る。言われてできるなら苦労しない。地面のまっすぐな線の上は歩けるけど高さ1メートルの平均台の上は歩けないのと一緒だ。

「いや、あの、もうちょっと地面で練習させてくれない? 今度はそのつもりで練習してみるから」

 そう言うとジャッバールは気がついたように小畑の方を見た。

「ああ、そうだな。つい熱が入ってしまって悪かった。君たちはそろそろベッドに行かないといけない時間だろう。健児を送っていこう」


 日向は最近ほとんど学校に出てきていない。日向ファンの女子は多いのでいろいろ噂が耳に入ってくるが、病気で自宅療養中という部分は共通している。水口の主張していたアフリカ眠り病では絶対ない。見舞いに行っても会えなかった、と誰かの話がちらりと耳に入った。

 それなのに相変わらず成績はよかったらしい。中間テストの時、あんなに顔色悪かったのに、勉強はしてたのか。好きになれない奴。

 

 でも、俺も今回のテストはかつてないほど結果がよかった。いつも、真ん中辺の順位を行ったり来たりしてたのに、今回はクラス十番以内に入っていた。まぐれか、と思ったが嬉しかった。

 「やればできるじゃない」

 ひさびさに母さんのご機嫌な声が聞けた。最近「仁さん」は母さんのところにも現れないらしいが、あまり気にしていないようだ。

「まあね」

 まんざらでもない顔を見せてしまったら、

「この調子で大学受験も頑張れ」

 と、藪蛇で言われなくてもいいことを言われてしまった。 


 ある夜、ジャッバールと一緒にヒクマトが現れた。

「こんばんは、悟。私のこと、覚えてるかい?」

「こんばんは。もちろん、覚えてるよ。一番賢い息子さんだろ?」

 ヒクマトは誇らしげな笑みを浮かべて右手を出した。ジャッバールやお父さんより少し背が低く、太っても筋肉質でもないので小柄だ。

「あの、お父さんのこと、気になってるんだけど。元気?」

「ああ、そのことなんだが」

 ヒクマトは濃い眉をちょっとしかめて言いにくそうに黙った。

 ジャッバールが、仕方ない、というように隣でうなずいた。ヒクマトは意を決したように口を開いた。

「ああー、悟、君は父さんにとても親切にしてくれた。父さんも君のことが大好きだ。でも、・・・なんというか、今は父さんに会わないでほしい。申し訳ないが、これは兄弟みんなで話し合ったことで、父さんも納得している」

「えっ・・・」

 思わず言葉に詰まった。

 こんなこと、言われるとは思ってなかった。

 会わないでほしいってどういうことだ。俺と会うのが迷惑なのか?

 ヒクマトは言いにくそうに言葉を続けた。

「君が父さんのことを大事にしてくれて、私達も本当に嬉しい。だから、私達兄弟にできる協力は何でもする。君にとっては父さんがいなくても何も困らないだろう」

「困るって・・・。その、世界の捻れさえなんとかしてくれれば、ほかは別にいいんだけど・・・」

 どうしてなんだ。あいつが、もう俺に会いたくないって言ってるのか? 俺は別に、会いたくないなんて思ってないのに。迷惑だなんて思ってないのに。

 今度はジャッバールが口を開いた。

「捻れについては私達もできるだけのことはしている。君にも教えてもらいたいこともあるし。必要なら、学校にも私が保護しに行こう。もちろん、誰にも見られないように」

「わかったよ。お父さんもそう言ってるんだろ」

 つい、ぶっきらぼうに俺はジャッバールの言葉を遮った。

 ジャッバールとヒクマトは顔を見合わせた。口を開いたのはヒクマトの方だった。

「悟、あんな風に見えても、父さんは魔神の中ではかなり高位の者なんだ。それなのに、するべき義務をしないで怠けていた。もちろん、君のせいじゃない。人も魔神も、環境が整えば楽をする。君のところは本当に居心地がよかったそうだ。日向君のところにいる者、ある程度、見当はつけているが、ああいう者が出てきたのも、我々が怠けていたせいもあるかもしれない。我々は向かうべき者に向かわなくてはいけない。君が悪いんじゃないよ」

「我々の問題なのに、悟を巻き込んでしまってよかったのかと思う」

 ジャッバールも口を添えた。

「でも、日向や清谷さんは俺の世界の問題だろ? 日向のことは好きじゃないけど、悪い奴に取り付かれてたらほっとけないよ」

「なるほど。聞いたとおり、悟は正義感がある」

 ヒクマトがようやく笑みを浮かべた。

「だが、君には君の、父さんには父さんの役割がある。君は、おそらく今、自分と自分の周りだけは護る必要がある。それについては、できる限りの協力を約束しよう」

 そんなこと言われても納得はいってない。でも、もう俺の選べることじゃなさそうだ。黙ってうなずいて、いつもの通り、ジャッバールの絨毯で小畑との練習に向かった。


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読んでくださってありがとうございます。


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