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36 幻獣が襲ってきた

 その時突然、体育倉庫の高い位置にある窓から漏れる日光が鋭く光った。

 と思うと、日の光は形を成し、鋭い牙を持った犬のような姿になって俺に襲いかかってきた。

「危ない!」

 咄嗟に俺は清谷さんを片手で俺の後ろにやった。

 咬まれる! と思った瞬間、俺の右手にずしり、と半月刀が握られていた。条件反射で半月刀を思い切り振り下ろした。シュウウッというような音がして、光でできた犬の幻影は消え去ったが、俺の手にはまだ半月刀が握られたままだった。

「・・・在田君?」

「あ、ごめん。何だ、今の」

「わからない。なんか、犬みたいなの、見えた気がする」

「うん、そうだよな。なんだったんだろう」

 握った半月刀に目をやると、今まさにゆっくりと重さをなくしながら消えていくところだった。

「あのさ、清谷さん。変な話だけど、最近、幻影とか見たことない? その・・・魔女以外に、化け物とか、想像しただけの物とか」

「うーん、そうだな・・・。あたし、手芸部の展示で細胞模型作ってたでしょ? 作ったはずないのに、免疫細胞が増えてたことあったけど、またあの入れ替わりみたいな現象が起こってるのかなって、あんまり気にしてなかったんだけど・・・」

 そういえば、そうだった。

「ちなみに、細胞模型って、趣味で作ってたの?」

「ええと、今年のテーマは授業でやること、だったから、生物にしてみようかと」

 そうだったのか。

「変な話ついでに、ごめん。実は、魔神のやつ・・・」

 

 がらり、といきなり半開きだった倉庫の扉が大きく開いた。

 俺が魔神の敵の話をしようと思っていたのに邪魔が入った。最悪の。


 川原麗夏。なんで、いいところに。

 川原はじろり、と俺と清谷さんを交互に見た。

「・・・仲、いいんだ?」

 探るように冷たい声で尋ねられた。

「片づけ当番だから。別に他に何もない」

 川原の口調にちょっとむかつきながら俺はきっぱりと答えた。

「もう休憩時間、とっくに終わってますけど」

 川原はずかずかと倉庫に入ってきてほとんど清谷さんにぶつかりそうになりながらマットに手をかけた。

「あっ、そうだね。急がないと」

 清谷さんはひらりと天女の薄衣をひるがえすように倉庫から走り出ていった。

「在田君はいつまでも、ぐずぐずと美人との余韻に浸ってるわけね」

 川原は棘だらけの言い方で俺を鋭く睨んだ。

「さっきそこが崩れそうになったから、直してただけだ。おまえも気をつけろよ」

 例の光の犬が出てきた辺りを指し示しながら俺も倉庫を出た。

「崩れそう?」

 わけがわからない、という川原の声が聞こえたが、無視して行くことにした。もし川原が危なかったら助けてやらないでもないが、と少し気になったが、B組の連中が体育館に入ってきていたし、川原の悲鳴も聞こえてこないので、大丈夫だろう。


 それにしても何だったんだろう、あの幻獣。俺だけじゃなく清谷さんも見てるんだから、俺の妄想じゃないんだろうな。

 ああ、こんな時、魔神が帰ってきてくれたらいいのに。


 うちに帰って、風呂の順番を待っている間、寝転がってぼうっと天井を見つめていると、突然どこかで聞いた野太い声がした。

「おや、悟。私や父さんがいなくても練習に励んでいると思ったぞ。それとも今は休憩中か」

 出た! マッチョ息子。

「戻ってきたんだ、ええっと、ジャ・・・」

「ジャッバールだ」

 嬉しさと驚きで体を起こした俺に、ジャッバールはにこやかに大きな右手を差しだし力強い握手をする。

「今日、半月刀の出番があったようだから、様子を見に来た。何か起こったのか」

 これを話したかったんだ。俺は、檸檬やナマコ、やた烏から体育倉庫に現れた犬のような幻獣について思いつくまま一気に話した。

「さとにい、風呂空いたよ」

 弟の声がドア越しに聞こえてきた。

「うん、わかった」

 とりあえず答えておいてからジャッバールに断る。

「俺、風呂行ってくるから、待っててくれる? まだまだ相談したいことあるんだ」

 一瞬、ジャッバールの顔が羨ましそうになる。もしかして、こいつも日本の風呂、入りたいのか。でも、こいつ、魔神よりかなり大きいしな。

「えーと、風呂入ってもいいけど、一緒は無理だから、俺が歯ブラシしてる間にさっさと入って出てくれるかな。この後、まだ三人入らなきゃいけないから時間があんまりなくって」

「ありがとう! 悟」

 やっぱり入りたかったんだな。俺が歯を磨いたり支度をしている間、風呂の中から鼻歌なんか聞こえてくる。やっぱり親子だな、こんなところが。


 風呂の後、まずジャッバールに、さんざん訓練させられた。正直、魔神がいなかったから最近少しさぼり気味だった上、ジャッバールの訓練はさらにきついメニューだったので汗だく、へとへとだ。風呂の前にしとけばよかった。後でみんなが寝てからこっそりシャワーに入ろう。

 「それで、何なんだろう、集団で見ている、この変な幻覚は」

 うーむ、とジャッバールは腕を組んで考えている。筋骨たくましいし、顔も強面だし、お父さんよりかなり頼りになりそうに見える。

「それも、『世界の捻れ』のひとつのように思えるな。私はあまり詳しくないから、ヒクマトに聞いておこう」

「ヒクマトっていうのは、ええっと・・・」

「ヒクマトは知恵、という意味だ。息子の中では四番目、子供の中では五番目だ」

「ああそうか。あの、賢そうな人かな?」

 ぱちん、とジャッバールは指を鳴らして空中に肖像画を浮かび上がらせる。あの、魔神と丁寧語で話していた顎の細いアラブ青年だ。

「ヒクマトが最も情報を集めるし、それを考えもする。頼りになるやつだ」

 君も頼りになりそうだよ、と言うとジャッバールはわずかに胸を反らし嬉しそうに笑った。

「娘さんたちは来なかったんだね」

「女性はむやみに人前に姿を現さないことになっている」

 そうか。アラブの決まり、厳しいんだな。


―――――――――――――――


読んでくださってありがとうございます。












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