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35 文芸部ばっかり幻覚を見ている

 中間テストが始まると部活もなくなるので学校から早く帰るようになる。

 そのある日、帰り道に檸檬れもんがぽん、と落ちているのを見つけた。

 初めは誰かが買い物帰りに落としたのかな、ぐらいしか思わなかったけど、その後も檸檬がやたら俺の前に現れるようになった。

 また別の日にはナマコが。檸檬はスーパーで普通に売ってるけど、まるごとのナマコは、この町は海の近くでもないので滅多に見ない。檸檬はともかく、ナマコが道路に転がっているのは気持ちが悪い。

 檸檬とナマコ。偶然かもしれないけど、ちょっと嫌な予感もする。文芸部の仮装の組み合わせだからだ。どうしてそんなものが、俺の日常に。


 文芸部で、冗談混じりに水口に、最近檸檬やナマコをよく見る話を振ってみた。そしたら水口もよく見るという。

「ナマコだけじゃないのよ。信じてくれないかもしれないけど、三本足のカラスをこないだ見た」

「えっ? 八咫烏やたがらすって奴か? もしかして。それ、絶対幻覚見てるか、見間違いだって」

「見間違いって、まず思うよね。でも、八咫烏って普通の烏より大きいんだよ。公園だったけど、その烏だけ普通の烏の何倍も大きかった」

「ええー」

 相手が水口なだけに、ついに幻覚まで見るようになったのかとも思う。でも、俺も水口も同じ時期に変な物を見るようになったというのは少し変だ。

 小畑が近くにいたので、最近変なもの見ないか念のため聞いてみると小畑も変なものを見たという。

「ま、気のせいだと思うし」

 初め言うのを嫌がっていたが俺と水口が、あまりに普通に変な話をしているのでついに口を割った。

「んー、なんだな、あれ。ほら、ドラゴンっていうか」

「おまえのが一番怖いって!」

「見間違いかもしれないし。UMA(未確認生物)かもしれないし」

「UMAの時点で十分怪しいよ。なんか週刊誌に投稿してみたら」

「写真ないのか、写真」

 そういえば誰も写真は撮ってなかった。檸檬やナマコじゃ写真撮る気にもならないが、八咫烏やドラゴンは、写真って思わなかったのか。

「そうだった。惜しい・・・! 次こそ写真」

 水口が悔しがっているが、小畑は相変わらずへらへらしている。

「気のせいだって。頭おかしくなったって思われるよ」

「集団で、か? 文芸部ばっかり?」

「甘いよ、在田君。私達だから疑われる」

 水口、自覚してるのか。なんだか魔神のこと、話してみたい衝動でうずうずしてきた。でも、肝心のあいつがいなくなってしまって、証拠も何もない今、話してもしょうがない。


 日向は文化祭以来、ますます休みがちになっている。中間テストだけはなんとか出席したけどなんだか顔色が悪い。どうしたんだろう。別にあいつのこと、好きでも何でもないけど、変なものがついてるかも、と思うと気になる。

「だから、クールー病でしょ」

 満足げに水口は言うが、人食いじゃないからやめてくれ。

「えー、じゃあねえ、アフリカ眠り病でもいい」

「なんだ、それ。そんなのほんとにあるのか」

「あるよー。ツエツエ蠅が媒介するやつでね・・・」

 ゲテモノと怪しい病気の話を嬉々としてするのもやめてくれ。


 清谷さんとは、なかなか話す機会がなかったが、ある日の体育の片づけで倉庫のマットを片づけてるとき、たまたま他に誰もいなかったので、清谷さんが、ちら、と俺を見て微笑んだ。

「あたし、やろうか?」

 そして、軽々と、一枚でも重いマットを数枚重ねてどーんと移動させてくれた。

「相変わらずなんだな。疲れたりしないの?」

「うん、特に。普通のお布団持ち上げるぐらいかな。でも最近、力の調節が難しくって困ってるの。在田君、そんなことない?」

「うーん、俺の場合は透明化だから、消えれば消えるほどいいわけで。調節ってあんまり考えたことないな。でも、怪力だと力加減、難しいんだろうな」

「そうなの。なんか壊しちゃうかもしれないと思って。時々、人前に出るのが怖くなっちゃうときもあって、いけないなあと思うんだけど」

 そんなこと言いながらも清谷さんの所作は相変わらず上品で、とても象使いを志願しているとは思えない。

「そうか。清谷さんとこの魔女は、その力について何にも教えてくれないの?」

「ああ、そういう話、したことなかったな。そういえば、前、在田君の言ってた魔神って、やっぱり旦那さんみたい。反省が全くないって怒ってたけど、何の話?」

 思わず心の中で笑ってしまった。あいつらしいな。適当にごまかしてダイジョブとか言って、真面目に反省しなくて怒られてるんだろうな。でも、何を?

「実は、最近、その魔神が俺のとこからいなくなっちゃったんだ。清谷さんの方は変わりない?」

「いなくなったの? どうして?」

「いや、よくわからないんだけど・・・」

 本当は、気になってることがある。最後に息子たちに紹介してくれたあの日、あいつは敵のことを気にしていた。もし、そうだったら自分の責任だと言っていた。理由なく俺の前から消えたのが、俺に迷惑をかけないようにしようという配慮だったら。

 確信がないので、それ以上言えなかった。

「どうしたんだろうね。うちの方は特に変わんないと思うけど。聞いてみようか、あの人にも」

「ああ、うん。何かわかったら教えてくれないかな。俺も気になってるんだ」

「うん、わかった」

 清谷さんの笑顔。ただのクラスメートであっても、今、この瞬間は俺だけに向けられたものだ。小さな幸せでもいい。じっくり味わおう。


―――――――――――――――――――


読んでくださってありがとうございます。






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